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3 中隊長面接

 人事発令通知が発せられる前日のお話です。

「稲葉軍曹、入ります」

「入れ」

 中隊長室のドアをノックすると、中から聞きなれたハスキーボイスが返ってくる。

 ドアを開けると、奥の机でお茶を啜る中隊長の姿があった。

 帰り支度はすでに済んでいるらしく、迷彩の戦闘服から、将校用の軍服へと着替えを終えていた。机の上には、すでにまとめられた通勤鞄と閉じられたパソコンしかない。

 中隊長は博人に室内中央の手前のソファを勧めると、テーブルを挟んで奥側に座った。

 まだ30半ばにして階級は中尉、柔道をやっていたとかで、餃子のように膨らんだ耳が特徴的で、坊主頭には大きな縫い跡が目立つ。声はドラマ俳優並みにイケメンだが、軍服を着ていなければヤクザにしか見えないようなこの人が、博人の所属する中隊の中隊長だ。

 原隊復帰した翌日、国旗降下の終わった終礼後、博人は中隊長の呼び出しを受けたのだ。

 長い話になるのでまず夕食を食べてから部屋に来なさいと言われ、博人は何事かと思いながらこうしてこの部屋を訪れたのだった。

 ソファに座ると、中隊長はおもむろに1冊の冊子をテーブルの上に置いた。昨日、例の中佐が取り出したものと同じやつだ。

「研究室ではよくがんばってたそうだね。いや、俺もこの論文読ませてもらったよ。教育や機動訓練の各種改善事項や、将来の展望、特に現地の地理学者と各種経路の特性を兵用地誌に組み込む試みは今後の大きな課題になるだろうな。」

「はい。ありがとうございます」

 褒められるのは、結構照れる。

「それでな、もうこれは決定事項なんだが……軍曹、栄転のお知らせだ」

「は?」

 今、なんつった? 決定事項? 栄転?

「じきに正式な文書で通知されるが、稲葉軍曹、第2懲罰大隊の大隊付銀輪指導官としてお前に白羽の矢が立った」

「え……、ええっ!!」

 懲罰大隊!? なんで? 俺、なんかやったっけ?

 懲罰大隊には、懲罰兵の他に、分隊以上を指揮する指揮官として一般の軍人が勤務している。しかしその多くは、軽微な服務違反者が多く、文字通りの軍隊における懲罰組織としての機能も持っている。懲罰兵に比べれば一般軍籍の兵隊は指揮官を務める以上マシな扱いではあるが、それでも懲罰大隊の駐屯施設の環境は劣悪であると名高い。

「期間はとりあえず4年。長くても+2年程度だろ」

「4年!?」

 それって……普通に懲罰兵じゃん。

 博人は、ふと人づてに聞いた噂を思い出した。


 27歳を迎えても結婚していない軍人を懲罰大隊に理由をつけて異動させ、結婚しない軍人の見せしめにしてやろう……って気運が最近あるんだってさ。


「ちょっと待ってください! 何で俺なんですか? 銀輪指導官なら、もっと適材いるでしょ! 3中の小森曹長とか、砲兵中隊の佐野軍曹とか? 大隊規模の指導官なら、曹長くらいの階級かある程度年配のベテランでないと勤まらないですよ!」

「そうは言ってもね……君、独身だし扶養家族いないから、転属させやすいんだよね。向こうさんも上級の銀輪資格持ってるのが欲しいって言ってるし、稲葉軍曹が一番適材なんだよね。それに、最近の気運というかね……まあ、言い方悪いけど人柱を立てたいわけよ。」

 結局最後のが本音だよな。

 博人のように、結婚しないことを目的に軍隊に入隊するものが最近増えてきており、軍としては悩みの種となっていた。

 何が悪いかといえば、単純に少子化の一因になりかねないということだ。

 陸軍歩兵の給料は一般的にそこまで低賃金ではないが、家族を養っていくにはギリギリの給与だ。しかし、生涯独身であろうと考えるなら、衣食住の保障された生活隊舎で暮らすものにとっては、多少の贅沢と十分な老後の蓄えを実現できる。博人もその考えを持つ一人である。

 仮に途中で除隊することになっても、軍から再就職の支援は受けられるし、しばらく働かなくてもいいだけの蓄えをもっている。

 ただ、生活ギリギリでも国の未来のためにも、忠勤をする者であっても子供を残して欲しいと思うのが政治家たちの考えのようである。

 というわけで、軍籍だからといって結婚もなにもしないなら、ちょっと苦しい思いしてもらうよ……という見せしめをしたいのだ。

「とりあえずもうこれは、『決定事項』だから。今月末までには異動完了になるだろうから、逐次準備していってくれ」

「了解……しました」

 中隊長の宣告に、博人はがっくりと肩を落としたが、かろうじてうなだれることだけはせず、現実を受け止めた。

 そんな博人に中隊長は励ますように言った。

「いやな、確かに向こうは劣悪なところだろうけどさ、悪い話じゃないと思うぞ。本来こういう人事ってさ、俺と中隊の人事係でよく検討して選抜して、今回はなかったけど本人とも検討してやるもんなんだが、今回はちょっと異例でな。あちらの副大隊長自ら、お前を指名してきたんだ。これすごいことだぞ。中佐殿の名指し、一本釣り、ヘッドハンティングだ。この論文がきっかけらしいが、それだけお前評価されてるんだよ」

 中隊長は言いながら立ち上がり、博人の横に座って励ますようにバシバシ背中を叩く。節くれだった大きな手のひらの平手は、服の上からでも紅葉ができそうなくらい痛い。

 まあ、いらないから死んでこいよりマシか。向こうのご指名なら、待遇の少しはマシだろうか……?

 博人はそっとため息をつきながらソファから立ち上がる。

 中隊長は、頑張れよ、と親指を立てる。

 いや、異動までまだ期間ありますよ。

「では……稲葉軍曹は用件終わり帰ります」

「うむ、ご苦労」

 博人は退室の敬礼をして、中隊長室を出た。




 生活隊舎の自室に戻った博人はふと、昨日申告後の階段で会った出来事を思い出す。

「……え? あれ? 中佐?」

この陸軍の階級についてちょっと説明します

下から

2等兵、1等兵、上等兵、兵長、伍長、軍曹、曹長、上級曹長、准尉、少尉、中尉、大尉、少佐、中佐、大佐、准将、少将、中将、大将、元帥

 ちなみに、後々登場しますが懲罰兵には階級はありません。


 今回は2話連続ですが、次の更新はいつになるかな?

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