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1 人事発令通知

 私ごときに近未来が書けるだろうか?

 見切り発車の暴挙、どうか暖かく見守ってください。

「かしら、中! 直れ」

 桜が咲き始めたとはいえ、まだまだ肌寒い3月半ばの朝。0800の国旗掲揚は、先ほど終わったばかりだ。

 駐屯地本部隊舎屋上では、遠く陸軍大学校から任務を終えた3人の下士官が部隊長に原隊復帰の申告を行っていた。

「申告します。陸軍軍曹・稲葉 博人、他2名の者は、複律20年9月10日から、21年3月15日までの間、陸軍大学・銀輪機動運用研究室に特別研修生として研修中のところ、研修課程修了につき、原隊復帰を命ぜられました。

 かしら、中! 直れ」

 横隊の最右翼、3人を代表して申告するのは27歳の若手軍曹・稲葉 博人だ。寒さでガチガチと鳴りそうな歯を何とか制御しつつ、お決まりの申告をどうにか済ませ、もっと暖かい格好をすれば良かったと一人脳内で後悔する。

 駐屯地屋上から見て西に4キロの山系には、百周年続く風力発電所の風車が何十台と見える。そこから吹き降ろされる強風は、容赦なく博人たちの体温を奪っていく。せめて空がほぼ快晴で、風さえやめばポカポカ陽気であるだけマシだったといえる。

「休め」

 部隊長だした指示に、博人は他2名にすかさず号令を出す。

「せいれーつ、休め!」

 事前にした予行どおりに、三人は揃って足を肩幅に開いて手を後ろに組み、続けて部隊長を注視する。

 清々と整った動作に、部隊長はとても気持ちよさそうにうなずくと、おもむろに口を開いた。

「約半年間の任務、ご苦労だった。君たちが参加した研修、特に銀輪機動は歩兵部隊にとって…………」

 正直なところ、申告が終わったらとっとと帰りたかった博人たちであったが、部隊のトップに立つ人間というものは、任務や訓練を終えた隊員に対して訓示や指導、労いの言葉をかけるという仕事がある。

 たとえそれが隊員たちにとってウンザリするようなことであっても、その仕事は全うしなければならない。

 そして博人も、部隊の中の一下士官として、自分たちの部隊長の今後の方針や指導を聞き取り、事後との訓練や作戦に生かしていかなくてはならないのだ。

 若干小刻みに震えだした体をどうにか抑えながら、唇を青くしつつ拝聴する博人だが、……早く終わってほしい。

「……今回の任務で貴重な経験を得た諸君らの活躍に大いに期待する。終わり」

 数分間の訓示がようやく終わったのを察して、博人はすぐさま不動の姿勢をとり、号令を出す。

「気を付け! かしら、中! 直れ」

 部隊長が付き添いの下士官を連れて屋上を去るのを横目で見やり、扉から隊舎に入るのを確認すると、博人は他の2名に向き直った。

「事後の行動にかかれ、別れ」

「「分かれます」」

 一同はそれぞれの中隊に申告終了を報告すべく、屋上の出入り口の扉に向かう。

 階段を下りる途中で、博人はギョッとしてすぐさま不動の姿勢をとった。

「敬礼!」

 先に発したのは、博人の前を歩いていた伍長だった。

 博人も慌てて、彼に向かって敬礼をする。

 そこにいたのは、中佐の階級章をつけた、50半ばくらいにみえる初老の男だ。

 下士官以下の軍人は、通常将校を認めた場合、すぐに敬礼をするのが規則だ。ましてや相手は、先ほど申告をしていた部隊長と同等の階級章を付けている。

 部隊長の来客だろうか? 駐屯地では見たことのない将校だ。

 この初老の将校は、3人に答礼を返すと同時に、ふと興味深いものを見つけたとばかりに目を細めた。

 視線の先は、博人である。

「君が、稲葉軍曹かね?」

「はっ!」

 名前を呼ばれ、博人は改めてその将校に正対し、不動の姿勢で答える。

 それにしても、なぜ名前がわかったのだろう? 確かに博人の軍服の胸元には名札がついているし、襟には階級章もついている。だが、目算でこの将校殿とは5メートルは離れており、名札は小さい上に、背中には屋上扉からの逆光を浴びている。それでも見えるというのなら、この爺さんは相当目がいい。

 て、ゆうか、この人、君が……って言ったよね。俺のこと知ってるのか?

「中佐殿は、私をご存知で?」

 つい首を傾げそうになるのを押さえつつ、博人は将校の反応を待つ。

 彼は博人をまじまじと見つめながら、そばに控えていた伝令の鞄から1冊の小さな冊子を取り出した。

 それは、陸軍大学の広報室が発行している文集で、博人が研修員の課題として論文を投稿したものだった。

「君の論文、読ませてもらったよ。実に興味深い内容だった。」

「光栄です。」

 見ず知らずの将校とはいえ、中佐ほどの上官から褒められるのは喜ばしいを通り越して緊張を催すほどの衝撃を受けた。

「ところで、稲葉軍曹」

 中佐はふと、何かを思い出したかのように一瞬目を見開いたかと思うと、なにやら神妙に問うた。

「君、年齢は」

 なぜ年齢?

 意図の見えない質問に一瞬思考が停止したが、すぐに気を取り直し答える。

「27です」

「ふむ……独身かね?」

 なぜそんなことを聞くのか? しかし、今度は間を置くことなく答えた。

「はい。」

「結婚の予定は?」

「ありません」

「彼女は?」

「いません」

「そうか……、さみしくないかね?」

「いいえ、とくには」

 何を聞いてきてるんだこの中佐は?

「う~ん、そうかそうか。いや、ごめん。変なことを聞いて悪かったね。」

 中佐はなにやら一人でウンウンと頷きながら、階下へと降りていく。行き先は、部隊長のいる大隊長室だろうか?

 3人は呆然と彼を見送った後、ふと前にいた伍長が何かに気づいたように目を見開き、博人を見た。

「稲葉軍曹、27なんですね」

「まあ、今年で28だけどね」

 何のこっちゃ?と、博人は首を傾げたが、隣に立つもう一人の下士官、同じく伍長が、何かに気づく。

「軍曹、あの噂、知ってます?」

 隣の伍長の言葉に、目の前の伍長の顔がひきつる。

 その反応をみて博人はある不吉な噂を思い出す。

「いや、ないない。俺は何にも悪いことはしてないよ。こうして、きちんと国家のために忠勤してるじゃないか。」

 バカバカしいと鼻で笑い、博人は歩き出す。

「しかし、噂はどうあれ、軍曹、そろそろ結婚したら?」

「そうですよ、軍曹。27で独身、予定もなしなんて、さすがに寂しすぎですよ」

 後ろが騒がしい。そういえば、2人とも既婚者だっけ?

「何のために俺が軍隊入ったと思ってんだよ。だいいち、あの噂が本当なら、俺のタイムリミットはとっくに過ぎたっつーの」

 余計なお世話だといわんばかりに、博人は歩く速度を上げる。


 しかし数日後、博人は自分の耳を疑うことになる。


『人事発令通知

 陸軍軍曹・稲葉 博人。第2懲罰大隊付銀輪指導官に任ず

 移動完了、複律21年3月30日』

 この小説のメインである近未来事情については、次回から書いていくよていです。テーマがテーマなので、多大な矛盾やご都合主義が出てくると思いますが、なにとぞご容赦ください。

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