第7話
「はい、止め。鉛筆置いて~」
チャイムと同時に教師の言葉が発せられて、期末テスト二日目は終了した。さして出来た訳ではないんだけれど、それほど出来なかったという訳でもなく、まあ詰まるところいつも通りということだった。
「問3の答えってさ……」
「ああ、34通りだろ?」
答えの確認のため話しかけてくるクラスメイトと適当に会話する。
「ああ、よかった~。当たってたよ」
「ああいうのって不安になるよな~」
手早く帰り支度を済ませて席を立つ。
「じゃ~な~」
「おう、またな」
辛い試験期間だけど、唯一の救いといえば早く帰れるということだろう。今日は十二時丁度に全ての試験が終了した。
テスト期間中は部活動は禁止されているので、放送室に行くことはできないし、恐らく連絡放送の依頼もないだろう。
さあ今日も早く帰って昼寝と行くか、と思って席を立ったところだった。
「あの……中原さん」
綾瀬さんだった。言うまでもなく今日も可愛い。声かけられるだけでドキッとするじゃねえかこの野郎。
「どうしたの?」
「いや……あの、えっと」
言いにくそうな、ためらっているようなそんな感じ。一体どうしたんだろう?
まさかチャックでも開いていただろうか!?
急いで確認。
よし、開いてない!
じゃあ何だ? もしかして、鼻毛か!? それはまずい!!
いくら鼻の下を伸ばしたって、そればっかりは確認できない。
くそっ、鏡!! 鏡はどこだ!!
「……これから、何か予定とかありますか?」
「ふぇ?」
鼻の下を伸ばした状態の僕には、そんな間抜けな返事しか出来なかった。
「……こ、ここが『幕怒鳴る度』」
「いや、何か変換間違ってるけどね」
綾瀬さんは緊張した面持ちで、おなじみの赤地にMの看板を眺めていた。
「こういうとこってやっぱ、初めて?」
綾瀬さんは恥ずかしそうに頷く。
彼女のようなお嬢様をこんなところに連れて行くのも気が引けたけど、僕の財布の中の状態を考えるとこういう安いところしかない訳で。
「ほんとにいいの? こんなとこで」
「も、もちろんです!!」
やっぱり綾瀬さんみたいな人を連れて行くのは高い店……ロイ○ルホストとかがいいんだろうか? てか高い店って言ってロ○ホぐらいしか思いつかない自分が嫌になった。
「それじゃあ入ろっか」
「は、はい!!」
そんなこんなで、僕らは昼ごはんを食べに来たのだった。
「い、いただきます」
綾瀬さんは丁寧にそんなことを言ってから、ハンバーガーの包みを開ける。
「このまま、かぶりつくんですよね」
「う、うんそうだよ」
もちろんこんな所にナイフもフォークもあるはずがない。
そしてハンバーガーを口に運ぶ。
真剣な顔でハンバーガーを味わう綾瀬さん。
そんな様子を黙って見る僕。
ファーストフード店ではまず見られないような奇妙な構図。
「…………ど、どう?」
ハンバーガーを飲み込んだ綾瀬さんに僕は恐る恐る尋ねた。
「はい、とても美味しいです!!」
いつもの太陽のような笑顔を見て、僕はやっと安心した。
「初めてだったから少し心配してたんですけど、すっごくおいしいです!!」
そう言って綾瀬さんは二口目を食べた。
「よかった~」
そう言って僕もようやくハンバーガーを食べ始めた。
綾瀬さんはポテトを食べては感動し、コーラを飲んではびっくりし、さらにここまで安い値段に疑問を持ち(というかいつも食べてる物が高級すぎるのだ)、とにかく見ていて飽きなかった。
「……こういうのって、テレビとかで見て憧れてたんです」
うっとりしながらそんなことを言う綾瀬さん。
「俺なんかにしたら、こんなんしょっちゅう何だけどね」
「えっ、そうなんですか!?」
何だかショックを受けたように綾瀬さんは言った。
「そりゃあ、俺らにしたらマ○クなんて普通だしね」
僕がそう言うと綾瀬さんはホッとしたように、
「そ、そういうことですか。もうビックリさせないでくださいよ」
そう言って一息ついた。僕にはさっぱり分からない。
「どゆこと?」
「そ、それはですね、つまり……」
「つまり?」
「こ、こういう風に、中原さんみたいな人と………で、デート……するのに憧れてたんです」
「………………………………………」
言葉を失う。
思考回路がまともに働かない。
ただひたすら『デート』という単語が頭の中をぐるぐる回って、綾瀬さんの反則なくらい可愛い仕草が目から離れない。
え? デートってあれ? 「date」? 日付とかそういう意味だよな。うんOK、合ってる合ってる。これくらい中学知識さアハハハ。うん、もちろん日本語でのアレとは違うよね。まさかまさか、そんなことって、ねえ? え、でも待てよ。綾瀬さんのあの言い方はどう見ても………あは、あはははは。
「あ、あの中原さん?」
「え? あ、ああごめんごめん、ついボーっとしちゃって」
これって、もしかして僕は本当に綾瀬さんに、その……そーゆー風に見られてるってことなんだろうか? いや、綾瀬さんって何だかんだで世間知らずっていうかそんな感じだし、そういう意味で言ったわけじゃ……。
頭の中で必死にその可能性を否定する。だってこんな可愛い娘が僕のことを好きになるなんて考えられないし………それに何より勘違いしてしまうのが怖かった。
臆病、とでもいうのだろうか。そうなのかもしれない。だけど、どうしても僕は慎重にならざるを得ないのだ。
格好悪いけど、やっぱり思い切ることは出来ない。
「………それで、中原さん」
「は、はい何でしょう!?」
何て考え事をしていたから、僕の返事はこんなものになってしまった。そんな僕をみて綾瀬さんがクスリと笑った。その笑顔はやっぱり天使みたに温かくて、陳腐な比喩だろうけど、僕にはその表現しか出てこなかった。
「それで、中原さんはそういうのには慣れてるんですか?」
いつになく真剣な顔で綾瀬さんは聞いてきた。
「えっと……」
その態度を見て、思わず答えあぐねた。記憶を辿って綾瀬さんの問いへの回答を探す。
―――少なくとも、こういうところに女の子と来たことはない。
「慣れてなんかないよ」
―――そう、こういうところに来たことは、ない。
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん」
笑って、心の中を見透かされないように、にこやかに笑って僕は答えた。
嘘は言ってないのだから、問題はないだろう。
「そうなんですか……、よかったあ」
「そもそも、俺がそんなにモテるように見える?」
「は、はいもちろん!!」
「そ、そう……」
何かこの娘といると妙に照れるっていうかドキドキするっていうか、心のどこかが落ち着かなかった。でもそれと同時に、このくすぐったさに楽しさを覚える自分もいて、―――でも、怖さを覚える自分もいて、やっぱりどうにも複雑だった。