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第6話

「あー遼君、違うって~。組み合わせはPじゃなくてCを使うんだって~」


 それは、何てことないいつもの放課後の放送室、


「あ、そうっすね」


 ……の、はずだった。


「わ~、中原さんの字って結構綺麗なんですね~」


 綾瀬さんが右隣で感心したような声をあげる。


「そ、そうかな?」


 一方左には、


「ほら遼君、集中して! もうテストまで時間ないでしょ!」


 ちょっぴり不機嫌な先輩が座っている。


「あ、はいすいません」


 なんだか今日はいつもと違ってやけに熱心だ。


「頑張って下さい!! 確立はちゃんと考えれば絶対できる分野ですから!!」


 それとは対照的に楽しそうに笑っている綾瀬さん。


「うん、ありがと」


 まさに『両手に華!!』って感じな状況なんだけど、僕はヘラヘラ笑っている訳にもいかず、


「全く気抜くとすぐ計算ミスするんだから~」

「通分は早めにやっておくといいですよ~」

「…………………」

「…………………」


 何故だか睨み合う二人。

 全く持って辛い状況だった。綾瀬さんの笑顔に釣られて頬が緩むと、何故か先輩のほうから殺気が……。


「あは、はははは…………」


 もはや、笑うしかなかった。





【視点:松本由美】


「寒いね………」

「そうっすね………」


 綾瀬さんは車(いつものベンツ、流石金持ち)で帰ったので帰り道、私は遼君と二人っきりになることができた。


「部員、増えましたね」

「……そうだね」


 今の私の返事はきっと、最高に不機嫌だったに違いない。

 全く放送部に入ってくるんなんて、私の考えうる最悪の手段を綾瀬楓は実行してきた。まあ遼君に近づくという目的においてはかなり効果的な手段だろう。


「これで映像とか、ラジオドラマとかもできるかもしんないっすね」

「……うん」


 遼君が少し嬉しそうなのも、また気に食わない。まあ彼が喜んでいるのは、単純に活動の幅が広がるということからのみだろう。

 でも、


「遼君」

「はい?」


 でも、もしそれ以外の理由で喜んでいるんだとしたら、


「………寒いね」


 そんなことを考えるだけで胸が不安で一杯になってしまう。


「え、ええ……」


 微妙な沈黙が流れて、それから遼君が口を開いた。


「雪でも降らないっすかね~。ね、先輩?」


 遼君は私に気を遣って明るく振舞ってくれているのだろう、そんな遼君の優しさが胸に染みてきた。


「そうだね~。何か雪って降ってくるだけでワクワクするよね」


 そうだ、今は、少なくとも今だけは遼君も私のことを考えてくれている。

 二人っきりでいることが出来る時間なのだから、目一杯楽しもう。さっきの時間があった分、今日のこの時間は格別だった。

 

 他愛のない話をしながら遼君と歩く。


 ああ、やっぱり私は遼君のことが好きなんだ。そう思うのと同時に、暗い気持ちも一緒にやってくる。

 この笑顔を、彼を独り占めしたい。他の女の子なんかには絶対渡したくない。

 私だけを見て欲しい。私だけに笑って欲しい。私だけ、私だけを……。


「………もう」


 ここまで考えて止めた。頭を振ってその考えを振り払う。

 自分は全く持って嫌な女だ。何て汚くて、自分勝手な感情なんだろう。


「どうかしましたか?」


 遼君が心配して声をかけてきてくれた。


「ううん、何でもないよ」


 心配かけないように、笑って言った。うん、遼君は優しい。

 そんな優しい彼に相応しくなれるように、私はいい女の子にならなきゃいけない。


 息を深く吸って、吸った分全部を白く吐き出した。ああ、この醜い気持ちも全部白い息と一緒に消えていってくれればいいのに。そんなことを考えて、ちょっと都合が良すぎるかなと思って、一人で苦笑いした。

 あたりはすっかり暗くなってしまっていて、頭上には星がキラキラ光っている。

 遼君は白い息を吐きながらそんな空を見上げていた。私もそれに続いて夜空に目を向ける。二人の息が白く空に昇って、混ざり合って、そして消えていった。


「星、綺麗だね」

「そうっすね~」


 そう答える遼君の横顔は楽しそうで、だけど何だか少し哀しそうだった。

 遼君はたまにこんな顔をする。どうしてだろう?


「星とか詳しいの?」

「えっ? 何でっすか?」

「何かそういう風にみえたから」


 私がそう言うと遼君は笑いながら言った。


「別に詳しいなんてもんじゃないっすよ」


 そう言ってから少し間を置いて、少しトーンの落ちた声で遼君は言う。


「ただ……ぼんやりと眺めるのが何となく好きってだけです」

「そうなんだ」


 また星空を見上げる遼君に私も続く。分かる星座は……オリオン座くらいだった。


「あはははっ」

「どうしたんすか、いきなり?」

「遼君、口ポカーンって半開きになってたよ?」


 その姿があまりにも無防備で、可愛くって、私は声を出して笑った。


「………人の癖っていうのは、やっぱり移るもんなんすかね」

「えっ?」

「いや、何でもないっすよ」


 恥っずかしいな~と、遼君が誤魔化すように笑う。その前に見えた一瞬、彼の顔は今まで見た中で一番寂しそうだった。


「…………………」


 理由が、とても気になった。だけど私は何も聞かなかった。聞いたところできっと誤魔化されてしまうだろうし、それにしつこい女は嫌われてしまうだろう。


 というか、


「…………………」


 聞けなかった、のだ。やっぱり私はとんでもなく臆病だ。


「寒いっすね……」

「そうだね……」


 北風が私たちの間を吹きぬける。きっとくっついて腕を組んだりしながら歩けたら寒くなんかないんだろうなあ、ってそう思って、そんな光景を想像した。


 ―――うん、いい。


「ねえ遼君」

「何すか?」


 でもやっぱりそんなこと言えるわけがない。


「ううん、何でもないよ」


 首を傾げる遼君。そんな彼に気付かれないように、私は静かにため息をついた。


「何か今日、二人とも『何でもない』ばっかっすね」


 笑いながら言う遼君。


「あはは、そうだね」


 それにつられて私も笑う。

 そんな、帰り道。


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