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第24話


【視点:松本由美】


「もしもし、遼君!! 遼君!!!!」


 突然、彼との繋がりが絶たれる。受話器からは虚しい電子音だけが、一定の音程でなり続けていた。

 もう一度掛けなおそうか、だがしかし向こうは公衆電話からだった。掛けなおすことが出来ても、彼が出るとは限らない。


「遼君…………」


 切なくなって、彼の名前を呟いてみる。だけどその中に、先程までの絶望感は混じっていない。むしろそこにあるのは、希望、彼の暖かさや優しさ。それらが私を一杯に包み込んでいた。


『―――――俺も、先輩のことが好きだって』


 この一言は、私の絶望を打ち砕くのに十分な、いやそれ以上の力を持っていた。床に転がる包丁が目に映る。もう私には、こんなもの必要ない。だって彼が私を心配していてくれたのだから、私のことを拒絶などしていなかったのだから―――――そして、私のことを許してくれていたのだから。


「会いに行こう……」


 会いに行こう、彼に。おそらく彼が最後に言いかけたのは、桜が丘の総合病院、だろう。

 彼の言葉を、信じよう。こんな私のことを心から心配してくれていた彼を、まだ私を先輩と呼んでくれる彼を、許してくれた彼を、遼君を信じて進んでいこう。


「よし…………」


 ほんの少し前まで遼君と繋がっていた受話器を、ぎゅっと握り締める。もちろんそこに彼の温もりなんかあるはずはなくて、あるのは自分の手から移った生温い感触のみ。それでもそれは、私の心を暖めてくれる。どんな暖房器具なんかよりも、ずっとずっと暖かくしてくれる。


 空は相変わらず曇っていて、街の色は冷たい。それは私のこれから進む道の困難さを象徴しているようで、ひたすらに重苦しかった。だがしかし、それでも私は進むのだ。


「遼君………頑張るよ、私」


 決意の言葉を、口に出す。

 目の前の道に光は見えない。

 でもそれは悲観することじゃない。

 目の前の道にそれは無くとも、私の目指すところに光はある。

 確かな光が、暖かな光が。

 だからそう、私はそれに向かって進めばいい。


「突撃っ!!!!」


 ―――――それだけだ。








【視点:綾瀬楓】


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」


 屋上までの階段を全力で上る。体中に私を突き動かす何かがあった。そうでもしないと私を壊してしまうような、そんな何かが確かにあった。

 原因は、決まっている。それ以外にありえない。


『俺はさ、楓………』


 ―――――――――どうして、どうして遼さんはあんなことを?


『先輩のことが、好きなんだ』


 ―――――――――嫌だ、そんなのは嫌だ。何で、どうして、私だけを見てくれない、何であんな人のことを、好きだなんて、遼さんにあんなことをしたのに、包丁で刺したのに、考えられない、私の何がいけなかった、私は遼さんのことが大好きで、一番大事で、遼さんも私のことを好きって言ってくれて、キスしてくれて、抱いてくれて、なのに何で、何で何で何で何で何で何で何で何で何で何でなんでなんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ????????????


「はあ………はあ………はあ………」


 重い鉄製の扉を開くと、目の前に広がったのは灰色の空だった。あたりに人影は見当たらない。季節や天候から考えても当たり前だろう。そこで私はようやく走るのを止めた。


「げほっ、げほっ!!」


 久しぶりに全力疾走したからだろう、思わずむせてしまった。呼吸が苦しくなって、その場に座り込んだ。


「くっ…………!!」


 地面に思いっきり拳を打ち付ける。ありったけの怒りを込めて、右手を振り下ろす。


「った~………」


 当然のことだけれども、痛かった。拳に乗せた怒りは、そのまま自分に返ってきた。アホみたいだ。結局胸の中に渦巻く感情は消えることなく、未だに体中に残っている。


 松本先輩を助けてあげたときに感じた、どうしようもない不安の正体はこれだった訳だ。あの二人は、お互いに相手のことを想っていた。自分のことより、まず相手のことを。その証拠が松本先輩を心配していた遼さんのあの瞳、遼さんの無事を知ったときの松本先輩のあの涙。悔しくて悔しくて仕方がなかった。


「遼さん………」


 ―――――――――私はこんなにも、こんなにもあなたのことが好きなのに、なのにどうして私だけを見てくれないんですか? 私は遼さんさえいてくれればそれでいいのに、それなのにどうしてあんな女が好きだなんて言うんですか? そんなの不公平じゃないですか納得できる訳ないじゃないですか。


「………どうしたら、いいんですか?」


 その問いに対する回答は、当然返ってこない。冷たい風が木々を揺らす音だけが、私の耳に響いていた。



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