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第2話

「ありがとうございましたっ!! 本当にありがとうございました!!!!」


 あれから何回この台詞を言われただろうか。感謝されるのは別に悪い気分じゃないんだけど、なんだかくすぐったい。

 強盗も警察に連れて行かれて、僕はコンビニの奥の事務室らしき所にいた。どうやらあの男は麻薬をやっていたらしい。警察の人にそう説明をうけた。確かにあの狂い様は、正常な人間とは思えなかった。


 それで、終始腰をぬかしていた店長らしきおっさんは警察と一緒に店を出て行って、事務室の中は僕とあの店員さんの二人だけだった。


 ―――密室で二人っきり!! ってバカか。

 自分で自分に突っ込みをいれる。


「いやまあ、別にそんな……」


 でも、こんなにもくすぐったい理由にはやっぱり、


「あなたがいなかったら、私はどうなっていたか分かりませんし」


 この娘が、とても可愛いからってこともあるんだろう。

 こういう娘に、ひたすら感謝されるっていうのは何だか照れる。それに、一度は見捨てようとしていたのだから、少し罪悪感もある。


「でも怪我がなくてよかったよ、ホントに」


 こんな可愛い娘に傷なんかが付かなくて本当によかったと思う。


「……はい、あなたのお陰です」


 あのまま見捨てていたら、きっと僕は僕のことを嫌いになっていただろう。そうならなくてよかった。


「でも、あなたの方に怪我をさせてしまって……」

「ああ、こんなのただのかすり傷だって」


 僕は笑ってそう答えた。あの後左腕の傷は消毒して包帯を巻いてもらった。これだけやってもらえば問題は無いだろう。


「制服代はこちらで弁償させてもらいますから」

「いいって、これぐらい。裁縫は得意なんだ」


 この嘘もきっとカッコ付け過ぎ。だけど、それくらいの嘘を今は格好良く言いたい気分だった。


「あの……本当にありがとうございました!!」


 そう言って店員さんはまたペコリ。きっとこのままじゃ堂々巡りだ。そう思って僕は、


「それじゃあ俺、帰りますね」


 そう言った。こういうときはあまり長居せず、すぱっと帰るのが格好良いのだと思う。


「はいっ、ありがとうございました!!」


 最後に彼女の顔を見たかったけれど、頭を深く下げたままだったのでそれは叶わなかった。

 



 コンビニを出ると外はもう真っ暗で、そして寒かった。しばらく暖房の効いた室内にいたので、冷たい風に当たって身体がぶるっと一つ、大きく震える。


「さむっ………」


 吐く息は、当然のごとく白い。

 冬は、僕の一番好きな季節だ。

 冷たい風、白い息、石油ストーブの匂い、張り詰めた空気、全部好きだ。そして一番好きなのが、空。


 僕は空を見上げる。雨はもう止んでいた。

 冬の夜空は、空気が澄んでいるので他の季節と違って星が良く見える。

 別に僕は星座に詳しいとかそういうのじゃない。北斗七星と、あとはオリオン座くらいしか分からない。


 だけど僕は、冬の夜空が大好きだ。

 星の光が、好きだ。


「あはは…………」


 口、半開きになってらあ。それに気付いて、一人で哀しく笑った。






【視点:松本由美】


 いつも通りの放課後、遼君は私に昨日の強盗騒ぎのことを話した。


「てな訳で、俺の華麗なアクションで強盗を撃退したんすよ!!」


 彼は少し興奮気味でそのことを私に話した。


「ふ~ん……」


 感心したような態度を見せてから


「嘘でしょ?」


 そう言ってみる。


「な、嘘じゃないっすよ~。まあ、多少の脚色はしてますけど……」


 遼君はそう焦る。その姿が面白くて私は笑った。


「コンビニ強盗の件なら私も今朝クラスの子に聞いたよ。お疲れ様~」

「知ってたんじゃないっすか~!!」


 ―――私は遼君が、好きだ。


 いつから好きになったのかは、はっきりとは覚えていない。気付いたら、彼に強く惹かれている自分がいた。


 遼君は素直で、面白くて、そして優しい。

 だからこうやって彼と過ごすこの時間は、私の生活で一番大切なかけがえのない時間なのだ。他の人から見るとこのダラダラと過ごす時間は、下らなくて無益な時間に見えるかもしれないけれど、私にとっては何よりも大事なものなのだ。


 彼も、遼君もそう思っていてくれていることを、私は願っている。


「あれ? 遼君、その上着どうしたの」


 彼の制服の上着の左腕の部分に、とても雑で、糸のほつれの酷い縫い目を見つけた。


「ああ、これっすか……昨日の強盗にね」


 苦笑いしながら遼君はそう答えた。


「だ、大丈夫!? 痛くないの!?」


 強盗と戦ったときに怪我をしたなんて話は、クラスメイトからも、もちろん彼からも聞いていなかった。


「え、ええ。まあ、かすり傷っすから」

「そう、よかった………」


 それを聞いて安心してから、自分が明らかに取り乱していたことに気付いた。恥ずかしくて、顔が赤くなりそうだった。


「それで、自分で縫ったんですけど………あんまり上手くいかなくて」


 またしても苦笑。私は彼のこういう仕草もたまらなく好きだったりする。


「貸して……」

「え?」

「直してあげるから、ほら」


 もうちょっと優しい言い方でも良かったかもしれないと、言ってから後悔した。


「裁縫セットがあったはずだから」


 ここの放送室には色々なものが置いてある。裁縫セットの他にも、大量の割り箸だとか、ビンゴゲームに使うカード、ギターの弦、調理道具一式、星座早見盤……とまあ役に立つものから立たないものまでいろいろなものが揃っている。恐らく卒業生たちが置き忘れていったものだろう。


 裁縫セットはすぐに見つかった。


「ほら、早く脱いで」

「あ、はい」


 遼君から上着を受け取る。受け取った上着には彼の体温がまだ残っていて、私の鼓動は少し速くなった。

 手早く上着の縫い目を直して、遼君に上着を返した。


「どうもありがとうございました!!」


 そう言って遼君は頭を下げた。こうやって素直なのも彼のいいところだ。


「どーいたしましてー」


 わざとそっけない態度で言ってしまう。ここが私の素直じゃないところ。分かってるけど直せない。これはもうどうしようもない。


「いや~、だけど先輩って器用っすね~。ホントに何でも出来る」


 そんなことはない。好きな男の子に自分の気持ちを素直に伝えることも出来ない不器用で臆病な人間。それが自分。


「そんなに褒めたって何にもでないよ」


 それでも、彼といるときは他の人といるときに比べて、素の自分でいられると思う。気兼ねもなく、楽で、心地いい。


「え、そうなんすか? 損したなあ~」

「全くも~」


 出来ればもう一歩先に踏み込みたい。だけど、その勇気が私にはない。今の関係を壊すのが怖い。もし今みたいに一緒に居られなくなったら………そう思うと、なかなか一歩が踏み出せない。ああ何だかこの思考はホントに『恋する女の子』みたいだ。実際恋をしているから間違いじゃないんだけど、何故だか滑稽に聞こえてしまう。そんなことを考えながら、私は遼君をみて微笑んだ。


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