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第19話


【視点:松本由美】


「あ、あのさ遼君」


 放課後の、放送室で過ごすこの時間は私にとって宝物だ。


「はい何すか?」


 何といったって、好きな男の子と二人っきりで過ごせる時間なのだから。

 何故私は遼君のことが好きになったのか、その理由は正直言ってよく分からない。はっきりとしたきっかけだとかは特に思いつかないし、どこがどのように好きだ、とかも上手く説明できない。でも、別にそれでいいと私は思っている。


 いつ、どこで、どのように、どんなところを好きになったのか、そんなことをちゃんと言えるほうがおかしいし、何だか嘘臭い気がする。

 だから、私の『好き』はこれでいい。


「遼君てさ……好きな人とか、いる?」


 勇気を出して、そんなことを聞いてみた。遼君ともっと近づきたいから、彼にとっての『特別』になりたいから。


「え?」


 キョトンとした顔で遼君は私を見てきた。確かにいきなりこんなことを聞かれたらビックリするだろう。


「いやっ、別に、そのっ、ちょっと気になっただけで、深い意味はなくって」


 思わずしどろもどろになってしまった。きっと遼君よりも、私のほうが動揺しているだろう。顔は赤くなっていないだろうか。なっていたとしたら、かなり格好悪い、年上の面目丸つぶれだ。


「……特に、いないっすけど」

「そ、そっか」


 嬉しいような、ちょっと残念なような、複雑な気持ちになる回答だった。


「………………………」

「………………………」


 それきり遼君は黙ってしまって、私も何となくそれにつられてしまって、放送室は静まり返った。

女の子がこういう質問をしたら、『そっちはどうなんですか?』とか言って聞き返すのが普通じゃないだろうか。それもしてこないってことは、遼君は私にちっとも興味がないということなんだろうか。


「はあ…………」


 そういうことを考え出すとため息が出てきてしまった。遼君を見ると、何だか遠い目をしていて、表情は心なしか沈んで見えた。


「遼君?」


 そんな彼の表情が気になって、声をかけてみた。


「はい?」


 いつもの顔だ。見間違いだったのだろうか、


「ううん、何でもないよ」


 ―――――遼君が何故だかとても寂しそうに見えたのは。









 目を開くと、コンクリートの天井が最初に目に飛び込んできた。殺風景な、必要最低限のもの以外何も置かれていない部屋で、私は目を覚ました。夢を見ていたようだ、とてつもなく幸せな夢を。胸が温かくって、切なかった。


 ―――――留置場の中は、寒い。もちろん最低限の暖房は付いているのだが、それでもこの施設にはそれ以外の寒さが存在した。

 この場所に来て、はや三日が過ぎた。何度か取り調べのようなものを受けたが、別にドラマなどに良く出てくるようなカツ丼なんかは出てこなかったし、刑事さんが私に対して怒鳴るようなこともなく、ただそれは淡々と行われた。もし私がたてつくような態度だったりしたらそんな風な取調べだったのかもしれないけど、そんな気力は私の中のどこにもなかった。これから私は検察に送られて、その後家庭裁判所で審判を受けるらしい。少年犯罪者はそういう手順で裁かれるみたいだ。そこでどのような決定が言い渡されるのか、それは分からないし、どうでもいいことだった。


 ―――――私は、人を殺そうとした。


 その事実は揺らぐことはないのだから。


 遼君と彼女が繋がっているのを見て、嫉妬に狂って、その炎に身を焼かれて、放送室にあった包丁を持ち出して、綾瀬楓を殺そうとしたのだ。それを寸前で止めてくれたのが、


「りょうくん…………」


 ―――――そう、彼だった。


 名前を呟いてみても、その声はただ虚しく部屋に響くだけだった。いつものような返事は返ってくるはずもない。

 彼は大丈夫なんだろうか、無事なんだろうか、そのことだけが気がかりで他の事は、自分の処分でさえもどうでもいいことだった。

 遼君が崩れ落ちていくところを、意識を失っていくところを思い出すと、全身に鳥肌が立って、身体はガクガク震える。

 ―――――冷たくなっていく身体、弱くなっていく呼吸、止まらない血、それでも笑っていた遼君。


「いやだ……いやだよお……」


 嫌だ嫌だ嫌だ、どうしてあんなことを、私は何で、好きなのに好きなのに大好きだったのに、どうして?


「お願いです、神様…………」


 今の私に出来ることは何もない。せいぜい遼君の無事を祈ることくらいだ。だから私は指を組んで必死にいのる。


「…………遼君を、遼君を助けてください」


 もし遼君が助からなかったら、そんなことを考えただけでぞっとするけれども、もしそうなったら私も自殺しよう。そう考えていた。


 そうしてしばらく目を閉じて祈っていると、突然扉の開く音がした。また取り調べだろうか、もう話すことなんて何もないのに。


「荷物を持って出なさい」


 中年の男は、ただそう言った。


「え?」


 どういう、意味だろう。別の場所に移されるのだろうか。


「釈放だ」


 全く予想していなかった言葉が、男の口から発せられた。









 呆然として、私は建物の外に立ち尽くした。意味が分からなかった。何を聞いても職員は答えてくれないし、これからのことの説明も何もない状態で、私は外に放り出された。


「…………………………………」


 空は雲一つない晴れだった。それをただぼんやり眺めながら、頭の整理をしようと試みる。

 本当だったらこれから私は検察に送られるはずで、でも何故かこうして釈放されて、ああそうだ遼君は無事なんだろうか、まずそれを確かめないと。


「あ…………」


 でも私は遼君がどこにいるのか知らない。アレだけの怪我なんだから入院しているに違いないけど一体どこの病院だ? そもそも生きているのだろうか?


 思考はあちこちに飛んでいって、なかなか纏まってくれない。最初にすべきことが分からなかった。いきなり与えられた自由に、頭はただ混乱するだけだった。



「こういう時って『あ~シャバの空気はうめえなあ~』とか言いながら煙草を吸うもんじゃないんですか?」



 聞きなれた声が背後から聞こえた。振り返るとそこには、


「こんにちは。ご機嫌いかがですか、松本先輩?」



 綾瀬楓が、立っていた。





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