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第11話

 それはただの、ありふれた恋の話。世界中を探せばどこにでも転がっていそうな、格好悪くて最低な男の、なんてことのない失恋の話。

 

 あるところに、仲の良い男女のグループがいた。

 中学生活をずっと一緒に過ごしてきたその彼らは、三年生になって、高校受験を、それぞれの別れをこの先に控えていた。

 その中に僕がいて、彼女も―――藤田朋子もその一人だった。


「あのさ………俺、ずっと藤田のことが好きだったんだ。良かったらさ、その………俺と付き合ってくれないでございませんか!?」


 その十一月、僕は思い切って彼女に告白した。生まれて初めての女の子への告白、僕は緊張でガチガチだった。場所は体育館裏。なんてベタなシチュエーションで、なんてアホな初めて失敗。


「何、その『付き合ってくれないでございませんか』って?」


 緊張のあまり、変な言葉を使った僕を彼女が笑う。


「あ、あ~もうそんなことどうでもいいだろ? ………で、どうなんだよ?」


 照れる僕をまた彼女は笑った。全く彼女はいつもこうだ、人の話を真面目に聞いてるのか疑わしい。


「……うん、いいよ中原。あんたと付き合ってあげる」


 その言葉を聞いて、その笑顔を見て、体中に弾けるような歓喜が訪れたのを、今でも僕は覚えている。


「マジで!? 本当に!?」

「嘘ついてどーすんのよ」


 嬉しかった。多分これまでの一生の中で一番嬉しかった瞬間だったと思う。

 




 その日の夜、僕はそのことを親友だった健二に電話で話した。もちろん健二も、僕や朋子とよく一緒にいるグループのメンツだった。


「ようどうした、何かあったか?」


 親友なんていっても別に僕らはしょっちゅう電話をしあう仲ではなかったので、健二は意外そうな声で電話に出た。


「あのさ……、俺藤田と付き合うことになった」


 この喜びを誰かに伝えたかった。誰かにおめでとうって言って欲しかった。こいつなら、健二ならそうして僕らを祝福してくれるって、そう思っていた。


「―――えっ?」


 それだけ言って、健二の声が止まった。

 まあ無理もないか。今までそんな相談とかも一切してなかったし。


「………そっか、おめでと」

「おう、サンキュ」

「どっちから告ったんだ?」

「俺」


 その時の僕はとにかく彼女が出来たことに浮かれていて、健二の声の調子が普段より微妙に低かったことに、全く気付けていなかった。






「よっ」


 次の日の朝、日に日に肌寒さの増していく十月の通学路で、僕は前を歩く健二を見つけて声をかけた。


「あ………よう」


 それから並んで一緒に学校に行く。

 もちろんその時の話題は、


「付き合うって言っても、一体何すりゃいいんだろうな?」


 昨日報告したことについてで、


「さあ、俺も付き合ったことなんかないから良く分かんないな」


 僕の興奮は未だに冷めてなんかいなくって


「だよな~………あー今日はどんな顔してアイツと会えばいいんだろ」


 ――――今思うと、凄く酷なことをしていたんだと思う。


「普通でいいだろ、普通で」


 健二のその苦笑いの中の苦悩に、僕はまたしても気付けていなかったのだ。






 それから数日経ったある日の晩、僕と朋子は電話をしていた。


「だからあのアーティストは容姿と代表曲しか皆知らないだろ? 本当は、ただクサイことを怒鳴り散らしてるだけじゃなくて、結構いい曲も作ってるし、言ってることもこう………何か分かんないけど心に響くっていうかさ」


 会話内容は別に大したことじゃなくて、お互いの音楽の趣味についてのことだった。


「アハハ……でもあのギターの位置はないと思うんだけどなあ~」


 僕らの関係が変わったからといって、話していることは別に前と同じだった。


「ロックはそういう見栄えでやるもんじゃないんだって」


 それでもやっぱり、その背景にあるお互いの気持ちは昔とは違うから、僕は楽しかった。


「……はいはい、大事なのはハートなんでしょ?」


 朋子は半ば呆れ気味な口調でそう言った。何となく歯切れが悪い気がするのは気のせいだろうか。


「そう!! ソウルミュージックってやつだよ」


 それでも、僕はこうやって彼女と話していられるのが嬉しくって、格好悪いけどハシャギまくっていた。





「それじゃあ……そろそろ寝るか」


 楽しい時間が過ぎるのは早いって言うのは本当で、もう夜も大分遅くなっていた。


「うん……………」


 こんな長電話は多分生まれて初めてだろう。本当に、生まれて初めて。生まれて初めて出来た長電話、生まれて初めてした夜更かしの仕方、生まれて始めての―――彼女。


 今まで生きてきた中で、女の子を好きになったことが無かったという訳ではない。だけど朋子は、初めて僕の『好き』に、『好き』で返してくれた女の子だった。

 そんな初めて出来た彼女を、僕は全力で大事にしてあげようと、そう思った。


「……………あのさ、遼」

「ん、どうした?」


 電話を終わらせようとしていたとき、朋子がためらいがちに口を開いた。


「あの、ね……」

「うん」


 どうしたんだろう? 様子が変だ。いつもの朋子ならこんなことはないのに。


「私たちのこと……、みんなには秘密にしとかない?」

「え? それってどういう……」


 朋子の口から出た意外すぎる提案。どうしてだ? 僕はむしろ思いっきりみんなに見せびらかしてやろうと思ってたのに。残り少ない中学校生活を、彼女と一緒に楽しもうと思っていたのに。


「昨日ね……、大須賀君に告白されたの」

「え………」


 健二に? どうして? アイツは僕らを祝福してくれたじゃないか、おめでとうって。それなのに、どうして?


「遼と付き合ってるのは分かってるけど、ダメもとでって」


 健二も実は朋子のことが好きで、でも僕が先に彼女に告白してそれで付き合い始めて………それでそれを知っていて朋子に告白した。


 突然聞かされたその事実はまず僕に衝撃を与えて、そして徐々に怒りを僕の中に生み出していった。

 あの野郎ふざけんなよ、他人の彼女横取りしようとするような真似しやがって、何考えてんだよ、意味分かんねえ。

 ふつふつと怒りが込み上げてきて、今すぐに健二をぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。


「………ゴメンね、遼。私のせいでこんなことになっちゃって」


 受話器の向こうから聞こえる朋子の、その泣きそうな震えた声が、僕を正気に戻した。


「何言ってんだよ、朋子のせいなんかじゃないって!!」


 そうだ、今僕がやらなくちゃいけないのは怒りに身を委ねることなんかじゃない。


「だって二人は親友なのに……私の、私のせいでこんなことになっちゃって!!」


 確かにこれは友人関係に大きな打撃を与える出来事かもしれない。

 でも、


「誰のせいでもないんだよ」


 そうだ、誰も悪くなん健二にも僕にも、それに朋子にだって悪いところなんてどこにも無い。健二だってきっと沢山悩んだに違いない。あいつは真面目な奴だから。朋子の泣きそうな、いやもう泣いてるかもしれない声が、僕にそう思える程の冷静さをくれていた。


「……うっ、ごめんねえ、遼……ごめんねえ……」


 今僕がしなくちゃいけないのはこの娘を、世界で一番大切な僕の彼女を、大事にすることなんだ。泣かせてちゃいけないんだ。


「俺と健二なら大丈夫だから。そんなんで壊れちゃうような関係じゃないから」


 とは言ってもやっぱりしばらくは気まずくなるのは確実だった。それでも僕は格好をつけて、精一杯強がる。


 受話器の向こうから聞こえるのは、洟を啜る音や時々漏れる嗚咽、返事だって返事じゃなくなっていた。もし電話じゃなかったら、すぐ隣に朋子が居たのなら、頭でも撫でたりして、そうやって安心させることが出来たのかも知れないな、なんて恥ずかしい妄想まで頭をよぎった。


「朋子が秘密にしたいって言うなら、俺は何の文句もないよ」


 もうちょっとでみんな卒業して、進路もバラバラになる。それなのに、もう時間は残り少ないのに、こういうことでみんなとの関係を壊すのは(まあもう一部壊れかけてしまったけれども)、それは辛いことだろう。中学生活をずっと一緒に過ごしてきた友人たちだ、僕だってその関係を悪戯に壊したくはない。


「うん……うん……ごめんねえ」


 さっきから何度も何度も彼女はそう繰り返していた。きっと最初の頃から微妙に歯切れが悪かったのは、このことを抱えていたからなんだろう。朋子は一人でこんな辛いことを抱えていたのに、僕といったら馬鹿みたいに舞い上がっていて……全く持ってダメなやつだ。


「気にしなくていいから、ね?」


 だから笑ってくれ。

 

 僕は君の笑顔が好きなんだから。


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