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第1話

 それは、何てことないいつもの放課後。


「ねえ遼君」

「何すか?」


 別に特別なことは何一つなくて、


「もうすぐ冬休みだね」

「そうっすね」


 ただ、放送室の中はひたすらに寒かった。


「何か予定とかあったりする?」


 由美先輩は外の景色を眺めながら、そんなことを尋ねてきた。


「別にないっすけど」


 僕も窓から外を見る。

 雲量10、どう見ても曇り。どんよりとした雲が空を覆っている。雨でも降るだろうか。


「そっか」


 今年の初雪は、まだ。

 別にそれも普通で、例年通り。先輩が何だかよく分からないけど嬉しそうに笑っているのもいつも通り。


「何かないっすかねー」

「何かって?」


 今年の冬もきっといつも通り、これといって変わったことはないだろう。

 でも、


「何かは………何かっすよ」


 心のどこがで『何か』が起こることを、僕は期待している。その『何か』は、具体的なものじゃなくて、もっと漠然としていて、とにかく『何か』なのだ。

 この日々をほんの少しだけでもいいから変えてくれる、『何か』。

 それを僕は待っていた。


「何それ? 訳分かんないよ」


 先輩は笑う。僕も笑う。とにかく変わったことは特にない。

 でもまあ別に―――それもいい。





 うちの高校の放送部の部員は二人。部長の松本由美先輩と僕――中原遼。通常業務は連絡放送、集会時のマイクセッティング。放課後は大抵、放送室でだべってる。そんな感じ。


「そろそろ帰ろっか」


 校舎がロックされる時間が、僕たちの帰る時間である。


「そうっすね」


 荷物を持って僕らは放送室を出た。下校時刻間際の校舎の中は静かで、僕と先輩の足音が廊下に響いていた。


「あ、雨降ってる」


 僕より先に昇降口から出た先輩が言った。


「ホントだ、雨っすね」


 やっぱり、雪にはならなかったみたいだ。別にそこまで残念という訳でもないけれど、少し期待外れだった。


「遼君、傘持ってる?」

「ええ、折りたたみ持ってますけど………」


 僕がそう答えると、先輩はため息をついて、


「残念、相々傘は出来ないみたいだね」


 なんて、鞄から傘を出しながら冗談めいた口調で言った。


「ほんと残念っす」


 ―――僕と先輩は別に、付き合ってる訳じゃない。ただの先輩後輩の間柄で、そういうのは一切ない。


「あー、心から思ってないでしょー」

「そんなことないっすよ」


 先輩のことは嫌いじゃなくて、好きか嫌いかで言えば、多分好きの方。だけど、僕は先輩に『恋』はしていない。

 その理由の一つは、先輩が美人だということ。っていうか美人なだけじゃなくて、スタイルも良くって、性格もいいし成績もいい。まさに完璧、ミスパーフェクト。

 それに対する僕はまあ、パッとしない、いわゆるフツーの男の子。こんなんじゃ、先輩には到底釣り合わない。恋心を抱くなんて恐れ多い。


 先輩は僕のことをどう思っているんだろうか?

 …………分からない。とりあえず嫌われては、いないと思う。

 だからといって、恋愛感情なんかは持ってないんだろうなあ。


「…………何考えてんだか」

「どうしたの?」


 隣を歩く先輩が傘の下から覗いてきた。この構図も、由美先輩だからかなり絵になる。


「何でもないっすよ」


 笑って誤魔化す。先輩は「ふーん」とつまらなさそうにまた歩き出した。

 そうだ、これだって別に悪くない。

 僕は今のままだって構わない、いや今のままでいい。


 そうだろ、僕?





 帰り道、先輩と別れた後僕はふとコンビニに立ち寄った。

 漫画の立ち読み、主な目的はそれ。


「いらっしゃいませー」


 僕にそう挨拶をした店員さんは見ない顔だった。新しいアルバイトの人だろうか、見たことがない。別にそんなに気にすることでもないのかもしれないけど、その新しい店員さんがなかなかに―――いやかなり可愛い女性だったから、自然とその人に目がいった。


 うん、『可愛い』でいいと思う。先輩を『美人』と言うなら、この人は『可愛い』だろう。背はそんなに高くなく体つきは小柄なほうだけど、お人形さんみたいに整った顔立ちに可愛らしいツインテール。そして、こんなコンビニには似合わないほどの存在感があった。

 ―――と、


「………あ」


 目が合って、僕は思わず声を出してしまった。彼女は不思議そうな目で僕を見ている。僕は目を逸らして、雑誌コーナーに足早に向かった。恥ずかしくて仕方がない。やっぱり人をジロジロ見るのは良くないことだろう。


「は~………」


 ため息をついてから、僕は発売したばかりの月刊漫画誌を手に取った。

 巻頭カラーは、よくある学園ラブコメディー漫画。冴えない主人公が複数の美少女に好かれまくるっていう、現実的に見るとメチャクチャな物語。こんなの有り得ねえよな~、なんて思うのだけれどついつい読み進めてしまう。


 そして、大体目的の漫画を読み終えた頃だった。


「静かにしろ!!」


 ドアが勢いよく開かれる音と同時に声が聞こえた。その方向を見ると、


「レジに入ってる金をおとなしく全部渡せ!!」


 ―――強盗だった。レジの、あの『可愛い』女の子に包丁を向けている。そいつの容姿はジーンズ、黒いジャンパー、そして目出し帽。笑っちゃうくらい典型的な強盗さんだった。

 おいおいマジかよ。こんな夕方の、人気の多いコンビニに押し入る強盗ってなんだよ。頭悪いんじゃないか? 

 非常時にもかかわらず、意外に僕は冷静だった。


「早くしろ!!でねえと、こいつでぶっ刺すぞ!!」


 間近でそんなことを言われている店員さんは僕と正反対で、顔は青ざめてブルブルと震えていた。

 強盗の興奮具合は異常で、目はメチャクチャに血走っていたし、呼吸も妙に荒かった。


「てめえ、聞こえねえのか!? 早く金を出せって言ってるんだよ!!」


 包丁はますます店員さんに近づく。


「い、いや………やめて……」


 震える声で彼女はそう言った。恐怖で体が動かなくなっているのだろう、要求通りにレジから現金を出すことさえ出来そうになかった。


 ―――これは、マズイかもしれない。あの異常な強盗さんは、興奮のあまり彼女を本当に刺してしまうかもしれない。店の中には女子高生が二人、おばさんが一人、そして残りは僕。もう一人のコンビニ店員のおっさんは、腰をぬかしておにぎりの棚の辺りで倒れていた。店員二人があの様子じゃあ、きっと交番に通報だってできないだろう。


 ―――こうなったら僕が……。


 そう思ったけど、『おいおい、俺ってそんな勇敢な少年だったっけ?』と、心の中の僕が言った。


 ―――………そうですね。


 正直にそう答える。

 第一あんな奴に立ち向かっていって無傷で済むだろうか? それに僕はそんなに強くない。

 きっとこういうとき、あんな漫画の冴えない主人公君だったら、間違いなく店員さんを助けようとするんだろう。助けられた美少女はそんな彼に一目惚れ、そして始まるラブコメディー。

 だけど、これは漫画じゃなくて、現実。刺されたりしたら物凄く痛いだろうし、もしかしたら死ぬかもしれない。正義感に任せて特攻!! なんて出来やしない。


 だからゴメンね、店員さん。

 僕は黙ってことの一部始終を見守ることにした。

 ヘタレだな、僕。


「早くしやがれっつってんだよお!!」


 強盗の興奮状態はもはや最高潮に達していた。店員さんに刃が届くまで、あと数センチ。彼女の目からは―――涙が流れていた。

 

―――その涙が、僕の気持ちを変えた。


 なんて、この言い方はちょっとカッコ付け過ぎかもしれないけど、確かに僕の気持ちは変わった。

 近くの壁にモップが立て掛けられていた。僕はマンガを置いて、そのモップを手に取る。


 『一撃必殺』


 僕の狙いはそれだけ。こっそりあいつの背後に回って、この聖剣でトドメをさす。卑怯かもしれないけど、それが最良で最強の選択肢。あわよくば気絶なんかしてもらって、それでK.O。それが理想。


 奴の死角を通るようにして、僕は静かに近づいていく。脈拍数がどんどん上がっていくのがはっきりと感じられた。モップを握る掌に汗がにじむ。


「早く金ぇ、金をだせよおおおお!!」

「お願い、許して、許してぇ………」


 後一歩で僕の間合いに入る。僕はモップを振り上げた。


 ―――喰らえ、正義の剣をっ!!!


 心の中でそう叫んで、僕がエクスカリバーを振り下ろす直前、


「あ?」


 強盗がこちらを振り返る。それに驚いて僕の手元が狂った。


「うぎゃあ!!」


 モップは彼の後頭部ではなく、右肩にヒット。一撃必殺は失敗。僕の頭を絶望が掠める。

 強盗はすぐさまターゲットを店員さんから僕に変更。狂気に満ちた目が僕に向けられる。なるほど、こんな目に睨まれれば身動きも取れなくなるだろう。店員さんの気持ちが今になって分かった。


「この野郎!!」


 僕が第二撃を放つ前に、強盗は僕に突っ込んできた。反応が遅れて、僕は完璧にそれをかわすことが出来なかった。


「っつ………」


 包丁が左腕を掠った。鋭い痛みが走る。強盗から僕は急いで距離を取った。


「早く!! 交番に連絡して!!」


 僕はレジで腰を抜かせてしまった彼女に叫んだ。


「は、はい!!」


 僕の一言で、ようやく彼女は動き出す。


「死ねやああああああ!!!!」


 強盗が僕にもう一度駆け寄ってくる。それを僕はモップの先端で突き返す。こちらのほうがリーチは長い。近寄らせなければいいのだ。


「うおっ!」


 僕に押し戻された強盗はバランスを崩して壁際の冷蔵庫に激突した。

 ―――チャンスだ。

 今度こそ僕は渾身の一撃を奴の脳天にぶちかました。


「ぐへえっ」


 間抜けな声を出して、そいつは倒れた。


「ふう………」


 これにて、一件落着!! なんつって。

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