またしても王子
「だ、誰?」
この状態で目の前の少年が子犬だと疑いようもないのだが、私は間抜けな質問しかできない。
「僕? アスカの使い魔だよ」
とことこと足元に寄ってくる少年は犬ではないが、これまた可愛い。柔らかだった毛と同じ毛質の髪がふわふわと揺れていて撫でたくなる。
「おぉ、上級使い魔だね」
「王子も持っていたな」
シリスとゲイルは珍しげに見ているだけだが、リュートは明らかに不機嫌そうな顔をしている。もちろん原因はわかっている。私が忠告を無視したからだろう。
「あ、あのさ。リュート、ごめんね言うこときかなくて。でも、危なくなさそうだったしさ」
「アスカは謝らなくていい。こいつを使い魔にしたいのなら、俺は反対できない。その代わり安全のため徹底的に調べる」
そう言ったリュートは少年の前に立って威圧的に話しかける。大人げないねというシリスの呆れ声も届いていない。
「お前の元の主人は誰だ? 何の目的でアスカに近づいた?」
「目的はさっき言った、聞いていなかったの? 馬鹿だな」
「な、なに!」
口が悪い少年はリュートの殺気などものともせずに飄々とした態度。
「リュート、落ち着こう。ねぇ、君はどうしてここに来たの? 私が敵か味方って誰が調べているの?」
「アスカはちゃんと聞いてくれているね。僕は王子に命じられてここに来たんだよ」
私の脳裏にあの最低な王子が思い浮かぶ。敵か味方かなんて、敵に決まっている。ちっ、しっかり見張りを付けていたようだ。
「王子? どこの王子だ」
「トルンカータ」
聞いたことがない地名? が紡がれる。
「隣国か……なぜ」
「――聞くまでもないだろう? 隣国が召喚をおこなったと聞いて偵察しないわけがないだろう?」
「えっ、誰!」
この部屋にいる誰のものでもない声に周囲を見回すが、いる人数はもちろん変わらない。「ロウ、説明しなさい」
「嫌です、説明なら自分でしてください」
「なっ……」
あっさりと断られた声は絶句している。
「僕、アスカの使い魔になったから! もうイクス様の使いはしません」
「何だって、この私から使い魔を奪う……余程の逸材を呼びだしたのか……いや、それともこれも私への挑戦……」
よりにもよって選ばれなかった私を監視するとは、間抜けなのか運がいいのかなんともいえないところである。
「私、別に奪ったわけじゃないし」
「――無意識か、末恐ろしいな。アルベールはやはり領土拡大を狙っているのか……私の国を襲おうとしているのか」
話が大きくなってきている。私は戦いなんてまっぴらごめんだ。困ったようにリュートを見上げれば大きく頷いてくれる。
「アスカはシディアンの国のために動くことはない。よって監視は不要だ」
そうそう、だから謎の声はさっさと帰れ。私をこれ以上おかしなことに巻き込むな。
「ふ~ん、シディアンがいらないならうちにこない?」
「行きません、王子なんてこりごりです」
きっぱりと断ったのに、何が楽しいのか笑い声が響く。
「何かおもしろいことがあったようだな」
「おもしろくなんてない! 私はあのいけすかない王子に仕返しするんだから」
私の言葉にリュートは頭を抱えている。言ったらダメだったのかな?
「仕返し……良い響きだ。その仕返し、手伝ってやろうか? だからこちらにこないか?」
この人はどうしても私を引き込みたいらしい。でも私の答えは決まっている。
「お断り! 国同士のことは勝手にやって」
私の答えにリュートは満足らしく頷いている。
「せっかくの面白い話なのに」
国が絡めば戦争になるかもしれない。私はあくまで個人レベルの仕返しを望んでいる。
誰から逃げるというわけではないのに、私は一歩後ろに引く。
「大丈夫だ」
肩がすぐ後ろにいたリュートにあたると力強く支えられる。
「あっ、ずるい。僕もアスカの味方!」
後ろにイケメン、足元に美少年、これってどういう状態よ。
「ロウは戻ってくる気はないということか」
「あたりまえー」
「……なら、仕方がない。ロウは諦めるにして、今後の展開を見物させてもらうことにする。アルベールがどんな仕返しをされるか楽しみだ。うん、楽しみ……」
意外とあっさり引いたため、私は拍子抜けしてしまう。それにしてもずいぶんと仕返しに食いついている。
「もういいの……?」
「なんだ? 強引にでも連れ去られたいのか? それもいいか、恨みを買って仕返しされる。……うん、良いシュチュエーションだな」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。あまり深くかかわり合いにならないのがいい。絶対に。
「あっー、なんか疲れたね。あっ、みんなお昼だよ、お昼!」
無理に話題を変えてみたが、みんなの顔は引きつっている。乗ってくれよ、知らないフリしようよ。
「ほう、無視とは高等技術を使う……」
「今日もまずいパンかなー? ねぇ、リュート?」
「あ、あぁ……」
ダメだ。役に立たないなみんな。
「イクス様は苛められるのがす――」
「ダメ―――――! そんなこと言っちゃダメ!」
私はロウの口を両手で押さえる。こんな小さな子どもに何を言わせるんだまったく。大体、国のトップの性格としては明らかに不適切だ。さすがに戦で負けて喜ぶ性格でないことを祈るが――ってどうして私がよく知らない国の心配をしているのだ。あぁ、話が逸れた……これからどうしよう。
「良い……やはり私の国に来ないか? あぁ、こんなちんちくりんを口説くようになるとは、私はやはり自虐的――」
「誰がちんちくりん? どこを見てんのよ――――! 消えろ、この変態!」
この国の人たちは、日本にいれば絶対に捕まっている。消えろ、消えろ、いや、それだけじゃ足りない。ぶっ飛ばしたい、実態がここにいないのが歯がゆい。でも、あれ? 静かになった。
「見事です!」
ロウが足元で手を叩いている。
「あれじゃ、きっと吹っ飛んでいるぜ」
「すごいね」
口々に褒められるので、私は何のことか首を傾げてしまう。
「相手の魔力を追いだした。拒否の威力が強かったから、今頃衝撃で吹っ飛んでいるかもな」
リュートの説明で、ようやく私は自分が魔法とやらを使ったことがわかった。
「もっと、こう……光がピカーとか、音がバーンとか派手な演出があってこそ魔法って気がするんだけどな」
想像していた魔法と違って地味な演出に私は少しだけがっかりする。
「にしても、他国の王子とは面倒だね」
「うちの王子だって面倒なのに、さらにその上変態とはツイテないな」
改めて言われると落ち込んでくるから止めて欲しい。
「一刻も早く仕返しをして、帰る方法も見つけなくちゃ」
私は信念を曲げるつもりはない。
「ならすぐに発つか」
「えっ?」
リュートの決断に私は驚いてしまう。だっていきなりのことだ。
「何を驚いている? 見つからないか、心配していただろう? 夜に出発するつもりだったけど、今でも問題ないな」
リュートの中では半日程度のズレらしい。私はそんな予定聞いていないぞ。
「僕はいつでも準備万端!」」
ロウも着いてくる気満々だ。置いていかれているのは当事者の私だけか。しかし、リュートもロウも出会ってきた人の中でかなりマシな人材だ。それが仲間なら私の旅路も上々ではないか。楽観的に考えなければやっていけない。
こうして私は、騎士と使い魔を仲間にし旅に出るというファンタジーのはじまりを迎えることになった。