④忠誠と情熱の間
図書館に着いた私は早速目当ての魔法書を探す。
「これじゃない、これでもない」
私は勢いよくページをめくり中和の方法を探る。
人の身体に変化を与えるような魔法薬など作り方は限られているだろうから、見つけることは、そう難しくないだろう。
「あった!」
私の予想通り、中和剤の精製方法はほどなく見つかった。
「後は私の腕次第……」
私は見つけたページを必死で読み解く。内容は、さすが師匠も間違えるほど難しい。
「これ、できるの?」
魔法はある程度使える自信はあるが、薬草に関しての知識はないに等しい。以前は、リュートとロウに手伝って貰えたのでよかったが、今回は自分でどうにかしなくてはいけない。
「あつー、うっー」
私は唸りながら格闘を続ける。
師匠が探しにこないか不安だったが、今のところ大丈夫そうだ。
「どうぞ」
「えっ、ありがとう」
突然渡されたグラスには、冷たいレモン水が入っていて、熱くなっていた私の頭を冷やすのにはちょうどよかった。さすが、リュートの忠実な部下であるジュハだと感心する。
図書館で飲食はいいのかという細かいことは気にしない。
「そういえば、ジュハはリュートに付いていかなかったんだ」
「えぇ、すぐに戻るからと。アスカ様を迎える準備もありましたし」
ふむ、私のせいか。申し訳ないな。
これは、リュートがいない間に問題を解決しておかないといけない。ジュハは、留守を預かっていたのにって気にするからね。
私は、グラスの水を一気に呷ると再び魔法書に立ち向かった。
だが、必死にやれはやるほど魔法の難解さか複雑に絡み合い、苛立ちと焦燥感が募る。
「もう、嫌……」
髪をイライラとかきあげて、私は癇癪を起こす。
どうして私がこんな目に合わなくてはいけないのか、思えばアディスに着いてから不幸続きだ。
胸が苦しいのは焦りのせいか、胸筋が増えていっているためか……。
「ははっ、本当に胸が大きくなってる気がする。師匠の言う通り胸筋があれば、胸が小さくても気にならないのかなぁ」
ヤケクソになって笑ったが、ちっとも楽しくない。そして、こちらに来た一番の目的を思い出した。
「リュートに嫌われるかな……ううん、リュートは外見だけで人を見ないよ。でも、師匠の好みの身体……うっ、やっぱりダメかも」
リュートなら大丈夫と信頼する一方で、ムキムキマッチョになった自分を想像すると絶望感が溢れてくる。
「やっぱり、嫌われる」
「一体どこを嫌われると思うのですか?」
ふいに声をかけられて、私は驚いて顔を上げる。そこには、まだジュハが控えていた。
「あ、はは……なんでもないよ。大丈夫」
格好悪いところを見られたと、私は慌てて取り繕うが、ジュハはすべてお見通しだ。
「一人で抱えこまないでください」
弱っているところに優しい言葉をかけられて、私は我慢していたものを決壊させる。
「師匠に変な薬を飲まされた。すごい身体になっちゃうの……だから、リュートに嫌われる」
ちょっとした混乱の中にいる私は、めったに流さない涙をポロポロ零す。
「すごい身体……」
気のせいか、ジュハの視線が私の胸元にある気がする。
もしかして、人から見ればもうムキムキマッチョになっているのかもしれない。
「うっ~、もうやっ!」
深く物事を考えられず、泣き続ける私を温かいものが包み込む。
「俺はいいと思いますよ……もし、リュート様が嫌だと言ったら――」
「何をしているのかしら? この脇役騎士は」
私とジュハを引き離したのは、この騒動の現況である師匠だった。
「ヴィルヘルムどの、邪魔しまいでください。俺は今、傷ついたアスカ様を慰めているのですから」
「どうしてあんたが慰めるのよ。脇役は引っ込んでなさい」
「本編ではあまり目立たなかったキャラが、じわじわと人気が出て番外編では大活躍するというのはよくあることですよ」
もっともなことで、確かによくありそうなことだがそれをジュハが言うと違和感がある。
「そんなこと知らないわよ。アスカの身体を狙って近づくなんていやらしいわぁ」
「お、俺はそんなことはない!」
「どうだか~」
私の身体が目当てって、ありえないけど……もしかしてジュハって師匠と同じような嗜好の持ち主なのかな。
私は悲しい気持ちを忘れて、茫然と二人のやりとりを眺めている。
「あぁ! こんなこと話している場合じゃなかったわ。アスカ、早くこの薬を飲みなさい。そうしないとセクシーボディーになっちゃうわ!」
「へっ?」
私の聞き間違いだろうか、師匠は今セクシーって言ったような気がする。ムキムキじゃないのかな?
「わたし用のを間違えちゃったの。いや~ん、アスカの小さな胸がふくらんでいるわ!」
ふくらんでいると言われて私は自分の胸を見降ろす。
そこには、見たこともない山ができていた。
「何、これ!」
「だから、セクシーになる薬だったのよ。はい、こっち飲んで」
師匠はまた、おどろおどろしい色の小瓶を押しつけてくる。
「それを飲む必要はない! せっかく貧相から脱出したのだ!」
「アスカ~、小さくなったからまたぎゅってして~。あれ? いつもよりも柔らかい?」
どこから現れたのかアルベール王子とロウまでが乱入してきて、静かにしなければいけない図書館は騒然となる。
ここは私がなんとかしなければ……思いついたのはヒロインらしい、普通では絶対に使わない言葉だった。後から考えるとこっぱずかしい、明らかにゲームの影響を受けた台詞だった。
「みんな、私のために争わないで!」
辺りが水を打ったように静かになる。逆に気まずい雰囲気だよ、なんで、なんで?
「なんだ、この騒ぎは?」
私の恥ずかしい発言で固まっていた空気を破ったのは、仕事から戻ったリュートだった。
「リュート! 大変だったんだよ。よかった、帰ってきてくれて」
「アスカ、迎えてやれなくて悪かったな。何か問題でもあったのか?」
「あったというか、なかったというか……」
私は自分の胸を見降ろして悩む。どうでもいいことと言えばそうでもあるが、問題と言えば問題だ。
「大丈夫だ、アスカは心配することはない」
リュートは私の身体をちらりと見たが、大した反応をせず、頭を一撫でしてくれると軽々と抱き上げてくれる。
「すべてすぐに解決する」
リュートの言葉にもうすべてにおいて疲れてしまった私は素直に頷いて、身を任せた。




