②成長期の少年
「「いい加減にしろ!」」
突き飛ばしたアルベール王子の行方と安否は不明。魔法使いって体力なさそうだけど、まぁ死にはしないと思う。頭のネジが緩んでいたんなら、もしかしたらこれで治るかもしれない。
「あっ~びっくりした。こっちの世界がゲームみたいになったかと思った」
いきなりの好意はゲームでは違和感なくても現実では警戒してしまう。しかも、今まで色々あった相手だから尚更だ。
「まっ、主人公は私だしどうにもならないけどね……それで、どちら様?」
「アスカ! 僕がわからないの?」
中々に良い声……じゃなくてこの喋り方と、誰かが大きくなったような容姿……。
「も、もしかしてロウ?」
「そうだよ! おっきくなったでしょ」
「おっきくなったってレベルじゃないわよ! 成長期? そんな可愛いものじゃない!」
私の目の前にいるのは、少年を過ぎた立派な青年。これがロウだとはにわかに信じ難い。
「おっきくなったらダメなの?」
人型なのにシュンと耳を垂れ下げて姿が想像できてしまって、私は慌てて否定の言葉をかける。私はどうにもロウには甘い。
「ダメじゃないよ、びっくりしただけ」
もはやびっくりで済むのかわからない成長ぶりだが、もしかしたら使い魔では普通のことなのかもしれない。私はさりげなくを装って探りを入れてみる。
「ねぇ、ロウ。ロウの友達もおっきくなったの?」
「友達? んーん、僕だけ!」
自慢気に胸を張るロウ。どうやら使い魔の特徴ではないらしい。
「それより、アスカ褒めて!」
「あっ……うん。助けてくれてありがと」
「アスカ大好き」
「うげっ、重っ……」
アルベール王子を倒したことを褒めれば、嬉しそうにロウが圧し掛かってくる。小さい時はこれも可愛いものだったが、大きくなったロウからされると潰れてしまいそうだ。よくもまぁ、こんなに成長したものだ。
「アスカ、アスカ?」
私が苦しんでいるのにようやく気付いてくれたロウが腕の力を緩めてくれる。
「ふうっ、苦しかった。ロウ! 大きくなったから抱きつくのは禁止ね」
「えぇぇぇ――――――」
どうして、どうしてと涙目でしがみついてくるロウはかわいそうだけど私だって潰されるわけにはいかない。
「じゃあ、こっちだったら?」
以前は子犬のような狼姿だったのに、今はスッとした気高い狼の姿だ。
「かっこいい!」
「本当!」
「うわっ」
大型犬に憧れたこともあった私は素直にロウを褒めたのだが、それが悲劇を生んだ。
私の身体とそう変わらない大きさの狼にじゃれつかれるとさすがに恐怖心も芽生える。思わずのけ反ったところにロウが乗っかってきて、私は押し倒されてしまう。
「どうしたの? アスカさっきから弱くなったの?」
ロウの言葉に私はピクリと青筋を立てる。弱くなったとは聞き捨てならない。それに、自分の体格を考えないで私に抱きついてくる無邪気さが腹立たしくなってくる。
「見た目は大人、中身は子ども……性質悪い」
それでも、小さい姿のときよく抱きついてきたロウを受け入れていたため怒っているのに邪険にできない。
「ねぇ、アスカ小さくなった?」
ロウの肉球が当たっているところが悪かった。
「なーにーがー小さいって?」
私はありったけの殺気を込めてロウに問う。動物の本能は危険を瞬時に察したらしく、重かった身体が軽くなる。
「えっとー、む――じゃなかった全体的に?」
少しは空気を読むことができたらしいが、残念ながら私は“む”という単語を聞いてしまった。
“む”からはじまる場所なんて、あそこしかないよね?
そう胸しかないだろう!
「ロウみたいに爆発的に成長なんてしないんだから! まだまだこれからなのに、やる気を無くさせるような発言はしないで!」
「ごめん~、アスカ怒らないで」
無邪気な振りをして抱きついてきてももう許してやらない。まったく、さりげなく触っておいてなんたる言い草だ。しばらくは、口を聞いてやらないと私は大人げなく決める。
成長した少年が颯爽と助けに来てくれる。
ここまでは結構王道なストーリーだったと思うのに、その役目はロウでは幼すぎて重すぎたようだ。
「アスカ~、許して~」
泣き続けるロウを見ていると、さっきまでの決心が鈍ってしまう。
馬鹿な子ほど可愛いというのは本当だ。私は、ロウを結局許してしまった。
「もう、わかったから……でも、その姿で抱きつくのは禁止。大きいと苦しいの」
「でも、リュートは大きいのにアスカをぎゅーってする。だから僕も大きくなりたかったのに」
「あ、あれは……手加減というか力任せじゃないからというか……」
上手く説明できないのと、恥ずかしいのとで私は赤くなってうろたえてしまう。
「優しくすればいいの?」
首を傾げてくるおねだりのポーズは健在だが、私はここで選択を間違えてはいけない。
「ダメ。大きい人でいいのはリュートだけ」
「えっ、そうなの! じゃあ、僕は元の大きさに戻りたいよ。そうしたらぎゅってしてくれる?」
「まぁ、小さければ……というかロウはどうやって大きくなったの?」
一番の疑問点に遠回りしてようやく辿りつく。
「んっ~、う~ん……う~ん。わかんない」
「じゃあ、いつから?」
「アスカが戻ってきたって聞いた後!」
これは確実に成長ではないとわかる。だって私がここに来てまだ一日も経っていないのだから。
「魔法でそういうのあるのかな?」
とりあえず、普通で起こりそうにないことは魔法を疑う。
「僕、大きくなる魔法が使えるようになったのかな?」
使った自覚はないらしい。これでは解決方法は見つからない。
「やっぱ、専門家に聞かなきゃダメだね。師匠に聞いてみよっか」
「ヴィルに聞くの? じゃあ、こっち」
臭いを辿ってロウは間違いなく私を師匠の元へと導いてくれる。
いつもなら繋いで歩く手は空いている。手を伸ばせばきっとロウは喜ぶだろうけど、この青年の姿のロウとは一線を引いた方がいいと思う。下手なフラグは立てないに限る。私はゲームのしすぎですべての行動に疑心暗鬼になっていた。
「あら~アスカ戻っていたの? それにロウったらどうしたの、そんなに大きくなっちゃっておませさんね。でもわたしの好みよ
大きく成長したロウよりも遥かに大きな身体を持ち、豪奢なドレスに身を包んだ美女は相変わらずだった。
「師匠……好みなんですね。それより、ロウが突然大きくなっちゃったみたいなんです。戻せませんか?」
「えっ~、このままでいいじゃない。中々いい男よ。身体付きもいいし」
「ダメ~! それだとアスカとぎゅっができない」
ロウが真面目な顔で戻りたいくだらない理由を喋ってしまう。まずい、これなら師匠は自分の欲望のために元に戻る方法を教えてくれないかもしれない。
私はなんと説得しようかと、師匠の機嫌を窺うべくおそるおそる顔を上げた。
「……ぎゅっ」
師匠の抱きしめるポーズは絞め殺しているようにも見えて怖いです。
私が恐怖に慄いているのに気付いてか、師匠は満面の笑みを見せる。
「アスカったらリュートしかりロウまで。こんないい男たちを独占なんてずるすぎるわ。だから、ちょっとお裾わけしてちょうだい」
「へっ――うぐぐ」
私は返事をする暇もなく、師匠に抱きすくめられてしまう。
「あっ、ずるい! 僕も」
「ロウは小さくなってからなんでしょう。ちょっとわたしに譲りなさい。ほらっ、元に戻る魔法よ。そのうちしぼむわよ」
「しぼむって師匠、どういう……」
押し付けられた硬い胸の間からロウを見れば、風船のようにゆっくり小さくなりながらふわふわと飛んでいる。
「ふふふ、これで邪魔はいなくなったわ」
「師匠が抱きつきたいのはリュートや大きいロウでしょ! 私じゃない」
「でも~わたしの好みの男が寄ってくるのはアスカなのよね。その秘密を探ろうかと思って~」
力加減はちゃんとしているから苦しくないが、この状況は明らかにおかしい。
「リュートでもロウでも、誰でも貸してあげるから離してくださ~い!」
身代わりを立てようとしたが、私の身が解放されることはなかった。




