①現実では中々いないが、ファンタジーにおいては定番な男
「到着~、うえっ~酔った……」
どんなに鍛えても三半規管はどうにもならないもので、少し具合が悪い時に魔法移動すると結構な確率で酔う。まっ、私が具合悪いときは少ないんだけどね。
「呼んでやって早々その言葉とは。俺の魔法に文句をつけるとはいい身分だな」
大国シディアンの王子であり、今は師匠の下僕のアルベールが私を睨んでいる。
「文句はないよ、今回は私の体調管理が問題。いつもありがとうね」
アルベール王子がいないと私はここに来ることが難しいため私は一応彼に感謝しているのだ、まさか文句なんて言えない。
私は顔を上げてちゃんとお礼を言う。挨拶はしっかりしなさいという家の指導の賜物だ。
「も、文句がないならいい。どうせ俺は断れない下僕だからな」
私が礼を言ったのがそんなに意外だったのか、アルベール王子が慌てている。失礼しちゃうな。
「そろそろ国に帰りたいよね?」
師匠がいつまでアルベール王子とイクス王子を下僕にしておくつもりなのかわからないが、いつまでも王子が国にいないのは問題だろう。
「俺が帰りたいと言っても仕方がないだろ」
「師匠に頼んであげようか?」
約束を破ろうとしたことが師匠の下僕になった原因だが、今度こそ違えないと誓ってくれるならそろそろ解放してもいいかもしれないと私は思う。
そもそも師匠のキッスを受けた時点でかなりのお仕置きになっていると思う。
「そうしたらお前はどうやってここに来る? リュートに会えなくなるぞ」
師匠の教育の賜物なのか、傍若無人でかつて私を始末しろと言ったアルベール王子が人の心配をしている! つい、成長したねと近所のおばさんのような発言をしたくなる。
「なんだ、その目は。不快だ」
私の生暖かい視線にアルベール王子が悪態を着く。恥ずかしがり屋だね、うん。
「夏休み……って言ってもわからないか。えっと、私今回は結構長い間アディスにいられるんだ。だから、その間に特訓すればいいかなって」
「滞在が長いのか……だからリュートは飛んで戻って来なかったのか」
「飛んで戻って来なかった? リュートいないの?」
聞いていなかったため、私はアルベール王子に詰め寄ってしまう。
「少し帰りが遅くなっているだけだ。二・三日で戻るだろ」
「ふーん……そっかぁいないのか。じゃあ、特訓しよっか」
まずはリュート優先でと思っていたのにいないと知って私は少し拗ねてしまう。こうなったら本気で魔法を極めてやる!
「アルベール王子、私に魔法を教えて」
はじめは師匠にと思ったが、よく考えてみればアルベール王子の方が適任だ。
「まったく……俺がこんな娘に魔法を教えるとは、安くなったものだ」
「あぁ、そうですね。貧相だって言い切ったもんね」
私は過去の恨みを根に持ってネチネチ文句を言う。
「パッと見はな」
私は思わず自分の胸を見下ろす。残念ながら、じっくり見ても質量は変わらない。
「……やっぱりさ、男の人って……その、大きい方がいいよね。アルベール王子が美麗に即ファイナルアンサーだったみたいに」
「ファイナルアンサー?」
不思議そうに首を傾げるアルベール王子を見て、私は我に返る。
「あっ――! 何を聞いてるのよ私。今のなし、取り消しで! やっぱり魔法も師匠に習うね。解放の話もしておくから、じゃあ――」
「ちょっと待て」
とんずらしようとした私だったが、背後から襟を捕まれてしまう。背中をとられるなんて不覚だった。
「確かにお前の身体は貧相だ……だがミレイは身体ではなく……そういうことだ」
ふむ、ボロを着てても心は錦ってやつね。
アルベール王子にしては良いこと言うと思う。けど、母じゃないけど私だって見た目もすんごくなってリュートを驚かせて喜ばせたいと思うわけ。
「ありがとう……でも、はぁー」
私は無意識に胸に触れながらため息をついてしまう。ここぞとばかりに落ち込んだ私を見るに見兼ねたのか、アルベール王子がらしくない行動をとる。
「気分転換も兼ねてシディアンに行くか? あそこにはいい魔法書が揃っているし、それに……」
「それに?」
アルベール王子は迷うようにしてから、覚悟を決めたように吐き出す、
「ミレイが気に入っていたエステもある。あれには豊胸効果がある」
これってセクハラに入るかな? 入るよね? でも珍しいな、私はセクハラにカウントしちゃったけど、きっとアルベール王子の中では精一杯の優しさなのだろう。
「はっ! これはフラグってやつ? リュートがいない間、私を誑かそうとしている?」
「はぁ?」
何を言っているんだという顔でアルベール王子は私を見ているが、私の乙女ゲーム思考は止まらない。
「ここは絶対にいいえを選ばなきゃ……えっと、行くわけないでしょ、敵国に! 帰りたかったら一人で行きなさい」
「ぐえっ」
ついコントローラを押す要領でアルベール王子を押してしまった。よしっ、これでフラグは折れたな。
私は自分の仕事に満足して笑う。
「……相変わらず暴力的な女だな。まぁ、いい。なら、お前の特訓とやらにここで付き合ってやる」
あれ、これで好感度が下がったはずなのに。
ピロリロリン♪
幻聴だろうか、ゲームでの好感度が上がる音が聞こえる。
「なぜ上がる――!」
「はぁ? さっきからわけがわからんな。ほらっ、特訓するぞ」
アルベール王子に引きずられるように私は魔法を心おきなく使える場所に移動する。
さっきまで感じていた眠気はいつの間にかすっかりなくなってしまった。
「違う……まったく、センスがないな。ほらっ、次」アルベール王子の特訓はスパルタだった。さすが自身を至宝の魔術師と恥ずかしい名前で呼ぶだけある。
「……私の魔法ばっかり見ていていいの? 師匠が探してない?」
「トルンカータの王子がいるだろ」
休みが欲しくて道を探したが、どうやらこの特訓はまだまだ続きそうだ。
それからしばらく――
「今日はここまでにするか」
ようやく終わりの言葉が聞けて、私は身体を投げ出す。
「疲れたー」
寝不足に追加して疲れが溜まり私はもう動けないと草の上を転がる。
「汚い女だな……」
「いいじゃん、もう動けないよ」
アルベール王子を見上げて私は口を尖らせる。
「っつ……仕方ないな」
放っておいてくれるのかと思ったが、アルベール王子が私に近づいてくる。
「えっ? えっ?」
私はいきなり近くなった顔に動揺する。
「少し揉んでやる。楽になるだろう?」
あのアルベール王子が私に奉仕? ありえない、今日は一体どうしちゃったんだれう。
「ねぇ、いいよ……んっ、気持ちいいけど……後が怖いし」
何をいくら要求されるかわからない、ぼったくりの店のように警戒した私は必死で制止の声を上げる。
「リュートが喜ぶようにしてやるか? 何も城に行かずともできる」
「ちょ、ちょっと!」
アルベール王子の手が怪しくなってきた。これはダメだ。というかどうしてこの世界の王子ルートはエロなんだ!
私は以前のイクス王子との攻防を思い出してさらに怒りを冗長させる。
「「いい加減にしろ!」」
私の声ともう一つの声が重なり、アルベール王子を突き飛ばしたのは、私の質量の少ない可愛らしい場所が危険に差し掛かったときだった。




