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三倍返しのお約束  作者: まほろ
100万PV記念中編
52/58

はじまり

「これ、絶対に面白いからやってみて!」


明日から夏休みとみんなが浮き足立つ終業式に私は友人から一本のゲームを半ば無理矢理押し付けられた。


「明日香もこれにはまったら一緒に語れるから! ちゃんとクリアしてね、期待してるから」


友人はいい笑顔を残して爽やかに去って行った。

私はリュートのところに夏休み中いるために、出された課題を夏休み前にすべて終わらせていて時間が多少あった。

これは幸か不幸か。


「あれだけ勧めるんだし……暇潰しにやってみようかな」


私は渡されたゲームをカバンにしまうと家路に着く。そう、それがすべてのはじまりだった。



「えっと、なになに……? これは乙女ゲームってやつなのね。うん、なんとなくわかった」


私は綺麗に纏めた荷物の横でゲーム機を起動させる。説明書も開いてみたが、とりあえず実践あるのみだ。


「主人公は異世界に呼ばれた女子高生……なんかデジャブが」


私がゲームに向かって眉を潜めている間にもオープニングは進んでいき、主人公は異世界へと旅立っていた。


それから――

必要な基本情報が与えられた後、私はコントローラを握りしめ画面に釘付けだ。


「うわっ、いきなり王子登場はやっぱり王道なの? げっ、イケメン……声もいいとか反則でしょ」


たかがゲームと思っていたが、私は知らない間に熱心に選択肢を選んでいた。


「ここはどう答えるべき? 私だったら断然Aだけど、可愛い主人公ならB?」


「明日香――! 飯だぞ」


「はーい。ちぇっ、今いいところなのに」


私は渋々ゲームの電源を落とした。



もぐもぐ、もぐもぐ

ひたすら無言で食事をする私に家族が首を傾げているのはわかる。でも、私は説明する時間すらも惜しんでいた。


「明日香ちゃんたら、きっと早く寝て早くリュートくんに会いたいのね。いやん、夏休みの長い間ずっと一緒。ひと夏の思い出ね」


ピンク色な思考の母にいつもにらつっこむが、私の脳も今はピンク色だった。


「……うーん、そうかもね。ご馳走様でした」


手を合わせてしっかりと挨拶すると、食卓の空気が氷ついていた。


「じょ、冗談……そうだ、そうだな。よし、大和ちょっくら組み手をして落ち着こう」


「お、おう」


お父さんと大兄ちゃんが出ていって、


「明日香、正しい情報と知識はカバンに入れておくよ」


涼兄ちゃんの情報に間違いはないので、私はとりあえず礼を言っておく。それなのにすっごく苦い顔を返されてしまった。


「ヒュー、暑いな。まっ、頑張れ」


楓兄ちゃんは私の頭を軽く叩き、シャドウボクシングをしながら去っていく。


「みんな、何? まっ、いっか。ゲーム、ゲーム」


「ふふふ、楽しみね。明日香ちゃん」


母親の意味深な笑顔に見送られて私はようやくゲームの前に戻ってくることができた。


「明日の出発までにクリアできるかな……?」


あちらの世界にゲームはない。こちらですべてクリアしていかないと、これからずっと気になることになる。


「よしっ! スタート」


私は気合を入れてゲームを再開した。



王子様に騎士、魔法使いに傭兵、はたまた敵とおもっていたあいつが!?

そんな笑いあり涙ありのストーリーと、キャラとの甘い会話に私はどっぷり浸かってしまった。


「ここでAを選ぶと間違い、戻ってBに……これでラブラブ……」


眠たい目を擦って、私は必死でゲームを攻略する。


「あっ、ちょっと待って! 今のセリフをもう一回……格好いい……リュートにも言って欲しいなぁ」


最後の一人を気力でクリアした私はそのままベッドに倒れ込む。


「明日香ちゃん、もう行く時間でしょ? 挨拶もしないで行く気? いくら恥ずかしいことしようとしていて親に合わせる顔がないにしても挨拶なしはダメよ!」


「んっ……う~ん、ごめんなさい?」


何を言っているのかよく理解しないまま私は謝ってしまう。


「明日香! 顔を出せないようなことをするつもりか!」


「あなたたちは黙っていて! 明日香ちゃん、ちゃんと挨拶して行くなら私たちは何も言わないからね」


うるさい父と兄三人を母が黙らせてくれたところで、私は部屋を出る。


「いってきます」


「ちょ、ちょっと明日香ちゃん! その顔は何?」


「……寝不足で」


「遠足の前に眠れない子どもか? 大丈夫か?」


ショックを受けるのと同時に走り出した母の代わりに兄たちが心配して頭を撫でたり、肩を揉んだりしてくれる。


「これで少しは良くなるわ」


走り去ったのは台所で蒸しタオルを作るためだったらしい。あぁ、目が気持ちいい。このまま寝てしまいたい。

私は強くなってくる欲望を押し殺してあちらからの迎えを待つ。


「リュートくんが優しいからって安心しちゃダメよ。綺麗になってびっくりさせるくらいしなきゃ。それなのにこんな顔にして……」


母は文句を言いながら、化粧まで施してくれる。コンシーラーに化粧下地、ファンデーションを塗り、ついでにチークを頬に乗せれば血色の悪さも解消されて見られる顔に変わる。


「よし、これでいいわ。すっごく可愛い。明日香ちゃん、明日も寝不足になっちゃうかもね。うふふふふ」


意味深な母の笑いに首を傾げたところで迎えがきた。思考力が鈍っているため、結局母の言葉の意味を理解することはできなかった。


「いってきま~す」


重たい身体に鞭打って手を振る。

私は光の中に包まれる。

そういえば、あっちの世界も乙女ゲーみたいなだ……イケメン多いし。そうなると、私はリュートを攻略したってことになるのか。

ぼんやりとそんなことを考えながら、私はリュートが待つ地へ降り立った。


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