食べ物の恨みが深い訳ではないけれど
「とりあえず、自己紹介かな?」
すっかり仕切り役になっているシリスに反対する理由もないため私はまず口を開く。
「私は、アスカ。十六歳の華の女子高生です!」
「女子コーセー?」
リュートがしたのと同じような反応が返ってくる。
「女子コーセとは魅惑の生き物で、世の中にいる大半の男がありがたがる存在らしい」
真顔でリュートが説明したため、私は思わず吹き出してしまう。
「ぶっ……ちょっと」
半分冗談で言ったことを真面目に披露されて私は慌ててしまう。
「なるほど、魅惑の生き物……」
「おいおい、その前にお譲さん十六って本当かよ」
意味深なシリスと、疑惑のゲイルの視線が痛い。
「あの……その、正しくは女子高生って職業というか学生で、学生ってわかる?」
「うん、わかるよ。理解した。女子コーセーとは若い女性の学生だね。こちらでもその年齢の女性たちは魅力的とされているよ」
分析も得意らしいシリスがフォローしてくれて、私はようやく胸を撫で下ろす。自分で魅力的とか言ってたらただの痛い人だ。せっかく説明したリュートがどことなく面白くなさそうだが気にしない。
「その前に本当に十六かよ」
「女性に年齢のことをしつこく聞くべきじゃないね。だからゲイルは子どもなんだ」
明らかに少年然としたシリスが体格の良いゲイルに偉そうに講釈したため、私は笑みを浮かべてしまう。
「あれ? 何が面白かったかな? もしかして僕がゲイルを子どもと言ったから? それなら僕はゲイルより年上だよ。ついでに言うとこの中では一番年上の二十五歳。あぁ、名前はシリスだから好きに呼んで」
「えっ、二十五歳……」
いくつか年上だとは思っていたが、まさかこれほどとは思わず私は目を見開いてしまう。
「こいつの童顔は犯罪だよな。まぁ、お嬢さん――いやアスカもそういうことか……。俺はゲイル、リュートと同じ二十二歳だ」
「リュートって二十二歳なんだ……」
「まだ何も話していなかったんだね、じゃあ何からはじめようか」
異世界に来てまだほんの数時間。何からはじめていいか正直さっぱり思いつかない。
「帰還方法は王子が鍵を握っているから慎重にいくとして、これからの生活のことだな」
リュートは保護してくれると言ったが、投げ出されたら私は生きていけないだろう。急に不安になってリュートを見上げてしまう。
「そりゃ、ここにいれば大丈夫だろう」
楽観的な答えをくれたのはゲイル。
「しばらくは安泰だろうけど、状況は日々変わっていくからね。とりあえず、今は基本的なこの国のことを教えてあげて序所にどうするか考えていくのがいいかもね」
「そうだな。アスカは魔法もわからないようだったし」
あちらの常識はこちらでは通用しないことは重々承知した私は、三人に行く末を任せることにする。どうせ、一人ここを飛び出しても生きることはできないなら信じてみるしかない。
「魔法を知らないのは大変だね……見たところ魔力もないようだし。でも悪用される心配もないから良いことかな? とりあえず、この国の魔法で一番重要なのは――」
「緊急招集だ、王宮中庭へ集合。緊急招集――」
床が抜けるのではないかと思える乱暴さで駆け抜ける足音と共に、リュートたちは仕事へ行かなくてはならなくなったらしい。
「ちっ、今度は何だ」
ゲイルが立ちあがり呆れ顔でため息をつく。
「アスカ、詳しい話は夜だ。昼飯はそこにある。それと一つだけ重要なこと……魔力の強い者は自分よりも弱い者を強制的に従わせる力を持っている。だから……気を付けろ」
「気を付けろって言ったって」
「とりあえず誰にも会うな。大人しくしていろ」
結局きちんと話をする暇もなく、リュートたちは部屋から去ってしまう。不吉な話を残して言って、まるで私が誰かに従うようになるフラグじゃんと文句を言っても聞いてくれる者はいない。
「ひーまー」
ものの数分も経たない内に、私は寝ころんでしまう。ここはホームシックにでもかかるべきところかもしれないが、本来ならまだ学校にいるであろう時間なので家に帰れないという実感が沸かない。
「ケータイもカバンも行方知れずだしな……」
王子に召喚された際、私も美麗も手ぶらだった。暇つぶしができそうなものは何もない。
さっき部屋を勝手に物色したが、これと言って面白いものもなく本に至っては読めなかった。言葉が通じるのは幸いだ。
「今何時だろう……リュートは昼って言ってたっけ?」
考えてみればお腹が空いた気もする。
「せっかくだし、頂こうかな」
出かける間際に残したリュートの言葉に昼飯というフレーズがあった。そしてそれらしきものは部屋を物色したときに見つけている。
「いただきまーす」
私は大口を開けてパンに齧り付いた。だってまさかこんなに……うっ。
「まずい」
まず堅い、そしてようやく噛み切れたと思ったらなんだか酸っぱい……。
「せめて何か付け合わせ的なものはないの? 騎士って体力勝負でしょ、これじゃあ足りないわよ……絶対王子とかは良いもん食べてるくせに」
考えてくると王子に対する怒りがむくむくと沸き上がってくる。本当にロクな奴じゃない。どうしてリュートが王子に従っているのか疑問に思えるほどだ。
「どうして……それが人を従わせる魔法?」
リュートの忠告を思い出して私は恩人の不遇に立ち向かうことに決めた。王子はいつか懲らしめることにして、今はできることからはじめる。
「まずは……この部屋からね」
別段とリュートが部屋を汚している訳ではないのだが、古い造りの建物はどうしても湿気が多いようで壁や床にところどころカビがある。仕事が忙しいリュートはここまで掃除するのが難しいのかもしれない。微々たることではあるが、この私が一肌脱いであげよう。
決して、この部屋で過ごすのが汚くて嫌という私欲からではない。あくまで、綺麗にしてあげようという好意だ。まぁ、私だって綺麗な方が好きだけど。
部屋の隅に置かれていた掃除用具を手に私はカビ取りに勤しんだ。
「ふふふっ、後はこのまずい食事ね」
私は満足気に笑って部屋を見回す。そして目の前にはいつの間にか部屋の前に無造作に置かれていた夜ごはんらしきもの。各部屋の前に置かれている様子はまるで囚人に対する扱いのようで気分が悪い。しかも衛生的にどうかと思う。
「パンにベーコンチーズにスープか」
質素だが、昼よりは量の多いそれをなんとか改造できないか私は頭を捻る。これでも一応家事全般はできるのだ。勝手に使うのはどうかと思うが、見るだけと部屋に備え付けの簡素なキッチンを覗く。
「たまごかな? これ」
食べ物は私のいた世界とほとんど変わらないと思うので、今手の中にある白い楕円形の物体はたまごだと予想できる。
「一個くらいならいいよね……」
調理器具も洗えば大丈夫だと私は食事改善に乗り出した。
「まったく、くだらないことで呼び出さないで欲しいな」
「新しい玩具の披露なんて正直どうでもいいよね」
自分の部屋ではないはずなのにゲイルとシリスまで戻ってきた声がする。
「アスカ、大丈夫だったか――んっ? 部屋が……」
「おかえり~、とりあえず恩を返してみました!」
すちゃっと手を額にあてて敬礼してみせれば、リュートは驚いたままシリスが感心した声を上げてくれる。
「へぇ、これが三倍返しかい?」
「あっ、そういうことになるね! でも部屋だけじゃないんだな」
私はちょっと胸を張って答える。これから披露するものにはちょっと自信があるのだ。
「なんか良い匂いがするな」
最初に気が付いたのはゲイルだった。私はさっそく出来上がったものをリュートの前に突き出す。
「こんなのも作ってみました」
堅いパンはサイコロ状に切り油で揚げる。よく油を切って皿に盛り、その上によれよれしていたベーコンをもう一度カリカリに炒め直してのせた。あとはポーチドエッグを真ん中に乗っけてチーズを細かく切って振りかければ完成。たまごを崩しながら食べれば絶対においしいことは間違いない。堅いパンを生まれ変わらせた私は得意顔でリュートの反応を待つ。
「すごいな」
「でしょ!」
「じゃあ、これで歓迎会でもやるか」
ゲイルの提案にシリスも乗ってくる。来たくて来た世界ではないが、この人たちに罪はないし何より心遣いは嬉しい。
「報告できることもあるし、国のことや魔法の説明もあるから夜ごはんにしよっか」
「俺の飯をみんなで食べる気か……」
リュートの分はしっかり確保してあげよう。それくらいしてあげなくては恩返しとは言えないなと私は小分けの皿にさっさとリュートの分を取り分けはじめた。