③彼と美麗
「明日香が外国人と知りあう機会なんてないんだから、異世界から来たって言われた方がリアリティーあるよな」
「そうそう、英語なんて喋れないし」
「ロマンチックだわ~」
色々な意見が飛び交うが、私の家族はリュートが異世界人であることを受け入れた。順応性ありすぎると思う。
「じゃあ、しばらくうちに滞在すればいいじゃない!」
「ちょっと、リュートは忙しいんだから」
「いえ、ぜひ」
アディスを放っておいていいのかと睨めば、ヴィルへルムにジュハもいるからと楽観的に返される。
「そもそも、ヴィルへルムが召喚を使わせないと帰れないだろ」
そうなんだよね、私もあっちで色々試しているけど、こっちで魔法はまだ使えない。だから、行き来は師匠が使うアルベール王子頼りだ。
そんなこんなで、リュートは我が家にホームステイをすることになった。
そして私は今、学校にいる。でもリュートのことを考えると落ち着かない。
父母に変なこと言われていないだろうか。母には前科があるからな。
「明日香、何をぼおっとしてんの?」
「まだ、落ち込んでるの? あっ、それはないか廉くんを振ったんだし」
不本意ながら廉に迫られた日、私はリュートの元へ呼ばれた。帰る時間は少しずれたため、廉は私が消えたと騒いだらしい。でも、すぐ私は戻ったから問題にはならなかった。
結果、振られた廉がそれを認めたくなくて私が消えたなどと言ったということになった。
「振ったもなにも、もう付き合ってなかったし」
「そうだった、浮気男なんていらないよね」
友人の言葉には実感が籠もりまくりだ。
「ご愁傷様です」
「うっー、ひどい聞いてよ。彼氏が美麗と遊んでた~!」
うげっ、また美麗か。おかしな噂も消えて、勢力を盛り返してきたらしい。
私はしばらくリュートのことは忘れて、友人の話に耳を傾けた。
「そろそろ帰ろうか」
一通り話終えれば、夕焼けが差しはじめた時間だった。まだそんなに遅くはないのだが、教室を締める時間が近い。
校門を抜けたところで、一際大きいでも見慣れた人物がいた。
「アスカ!」
「リュ、リュート! どうしたの」
私を見つけて駆け寄ってくるのは嬉しいけど驚きが勝っている。どうやって学校の場所を……お母さんの差し金だな。
「何よ~、明日香ってばいい男捕まえたの!」
「イケメンじゃん」
友人の羨望の眼差しが痛いくらい突き刺さってくる。
「いつもアスカが世話になっている」
日本流の挨拶を淀みなく使いこなすリュートはなんか違和感がある、が友人にはなかったようで喜んでいる。
「それで、リュートはどうしたの?」
「明日香を迎えに来たに決まってるじゃん、もう熱いわね」
「そうそう、今度は美麗に気を付けて。じゃあね」
不吉な言葉を残して友人は去っていく。リュートは美麗になびかないと知ってはいるけど、想像するだけで嫌だな。
「ミレイに気を付けるとは? また何かされたのか?」
心配そうにしてくれるリュートの瞳には私しか映っていない。美麗とどうにかなるなんて想像、失礼だったな。
「ううん、何でもない。それより本当に迎えに来てくれたの?」
「そうだ。ホウカゴデートとやらをしてこいと言われた」
「放課後デートね……ごめん、待ったよね」
「いや、地図を見るのが難しかったからちょうどよかった」
こういう、気遣いができるリュートが好きだな。私はもう一度謝ってからリュートの腕をとる。
「じゃあ、行こうか」
「あぁ、アスカに任せた」
デートスポットか……どこがいいかな。頭を捻って、楽しいことを考えていたのに、いつものように邪魔が入る。しかも、最悪な相手だ。
「明日香……それに、その人」
リュートが異世界から来たと知っているっていうのも厄介だ。
「あれはミレイか」
「……そう」
私が肩を落としたことなんかお構いなしに、美麗は大股で近寄ってくる。あぁ、友人の元彼さんもこんにちは。
「なんでここにいるの!」
なんでと言われても、美麗の元婚約者がドアになってますとは言えない。
「私もあのセレブ生活に戻りたい」
「アルベール王子にそんな甲斐性はもうないよ」
「……ならいいわよ!」
潔いくらいの変わり身の早さだな。
「じゃあ、そういうことで」
どういうことか意味はないが、私はさっさと別れたくて適当に切り上げようとする。でも、美麗はまだ納得がいっていないようだ。
「明日香ばっかりずるいじゃなかった……異世界人なんて合わないわよ」
本音が駄々漏れだ。美麗の隣の男は私たちの会話に首を傾げているぞ。
「証明してあげる。私よりいい男ゲットなんて許さない、幻滅させてあげる」
だから小声で言っても聞こえてるから。うん、でも完璧に男には聞こえてないみたい。さすが美麗クオリティだ。
「いや、証明とかいいから……」
「楽しいデートを教えてあげる。レンリュートさんはこちらのことよく知らないでしょう」
「まぁ、だが……」
リュートは私の方を見て困っている。こっちのこと知らないのは事実だからね。ここは私がびしっと断らなきゃ。
「私たちは私たちでやるからいいよ、じゃっ行こうリュート」
リュートの腕を引いてこれで終わりと思ったが、美麗は私の想像の上を行っていた。
「じゃあ、行くわよ」
なんでついてくるかな? ここまで強引だと、私はもう何も言えなかった。
「アスカ、こっちへ」
「んっ?」
ふいに私の腕がぐいっと引かれて、リュートと立ち位置が入れ替わる。
「こちら側は危なそうだ」
どうやら車道側が危ないと言っているようだ。こちらのことを知らなくても、リュートは大切なことをわかっているな。
「ちょっと、私もこっちを歩くわ! 気を利かせてよ」
美麗は苛立った様子を隠さない。これでも苦笑いで許されるんだからすごいよな。
さらに私たちは街の中を歩いていく。
「邪魔そうだな、それ」
リュートが示したのは乙女の必需品、ミニバッグ。ちなみに中身はお弁当と色気はない。
「邪魔じゃないよ?」
「手を繋ぐのには邪魔だろ」
別に繋いでいる手とは反対の手に持っているから問題ないように感じる。
私が首を傾げている間に、リュートはバッグを簡単に奪っていく。
「あっ……」
文句を言う前にリュートの右腕が腰にまわされて私の右手をとる。
密着した状態になるため、確かに左手に荷物があるとリュートにぶつかって邪魔だ……が、恥ずかしいよ、この体勢。リュート、何気ない顔して、美麗に見せつけてる?
そうだとしたら作戦通り、美麗はいらいらしている。自分も彼氏といちゃつけばいいのに、人のことばかり見ているからカリカリするんだよまったく。
まぁ、何事も一番じゃなくちゃ気が済まない女王様気質だから仕方がないか。
「美麗……顔が怖いぞ」
「何ですって! 私のこと可愛い、綺麗って褒めてたじゃない。前の彼女より自慢でしょ」
「そ、そりゃ可愛いけど……」
続く言葉はわかっている。こんな性格だとは思わなかった、だろう。美麗は普段猫を被っているからな。
「何よ」
「い、いや、そうだ! ゲーセンでも行ってパァッーと遊ぼう」
彼氏はこの最悪な雰囲気をなんとかしようと頑張っている。でも、二人でなんとかして欲しいな。
「ゲーセンとは?」
「うーん、若者の遊び場」
私が適当に答えると、美麗が割り込んでくる。
「恋人は一度くらい一緒に行かないと。明日香、かわいそう」
どうしてみんなリュートに嘘ばかり教えるのだろう。私は帰ろうと口を開きかけたが、リュートはまんまと美麗に乗せられた。美麗は何を企んでいるんだろう。
「ほらっ、早く」
「アスカ、行こう」
いきなり上がった美麗のテンションに警戒しつつ、私たちはゲーセンまで付き合うことになる。
「アスカ、これは?」
「うわっ、動いた……落ちた」
リュートが一喜一憂するのはクレーンゲーム。美麗の彼氏は得意らしく、いくつかぬいぐるみをゲットしている。私は邪魔だからいらないんだけど、リュートがやりたそうだから付き合っている。
ちなみにリュートはどこから手に入れたのかお金を持っていた。ちぇっ、前と立場逆で奢ろうと思っていたのに。
「レンリュートさんは下手ですね。ふふっ」
美麗がとても嬉しそうだ。そういえば目的はリュートの駄目な部分を私に見せることだったか……無駄なのに。
格闘ゲームのコーナーでもリュートは美麗の彼氏に叩きのめされた。現実なら再起不能になるのはあっちなのに、ぼこぼこにされるリュートを見て笑えてきた。
「ははっ、ふふっ、ははは。リュート、面白い?」
「興味深いな」
真面目にゲームに取り組む様子がまた楽しい。こういうデートも悪くないかも。美麗に感謝だ。楽しんでいたが、リュートが急に眉を寄せる。
「アスカ、帰ろう」
「えっ、急にどうしたの?」
リュートは有無を言わせず私を半ば抱えるようにして歩きだす。
「できないことばっかりで逃げるのね、格好悪い」
美麗が勝ち誇っている。
「ここは空気が悪い。これ以上はアスカをここに置きたくない」
確かにタバコの煙が充満しだしたかな。にしても、逃げるリュートか。そんな珍しい姿、見てみたいな。
どんな格好悪くても私はリュートに幻滅したりしないのに、美麗は本当にバカだな。
完全に敗北した美麗は立ち尽くしたまま、唇を震わせている。
「なんで、アスカばっかり大切にされるのよ!」
私は振り返って、美麗に教えてあげる。
「それは、私もリュートを大切に想っているからだよ」
美麗も、自分ばっかりじゃなくて相手も見なよ。最後の言葉は飲み込んだ。美麗が聞く耳を持つはずがない。
「帰ろっか」
「あぁ」
私たちは美麗に勝者の貫禄を見せ付けるべく、しっかりとお互いの手を握りその場を去った。




