②彼と父母
乱入してきたのは、大会に行っていた父。もう帰ってくる時間だったらしい。
「息子たちを負かすとは面白い。だが、兄を負かしただけで娘を手にできると思うなよ」
父は絶対、ただリュートと戦ってみたいだけだ。
「アスカの父とも戦えるのか。ぜひともお願いしたい」
リュートが父の挑戦を受けてしまう。
これで家族全員がバカだってばれたな……別に隠してないけど。
「無理しなくていいんだよ」
リュートにやんわり断れと含んで伝えてみるが、伝わらない。
「アスカの国の風習はいいな。親兄弟を倒して娘を手に入れる。家族が娘を大事にしている証拠だ」
ごめんなさい、そんなに褒めてもらったのに悪いけど日本にそんな風習はない。この間違えを正さなくては!
「その通り! 大事な一人娘をかけて、さぁ早く戦おう!」
早く強い相手と組み合いたくて、父はうずうずしている。私はあの微妙な光景をまた見なくちゃいけないんだ……。
「では、よろしくお願いします」
リュートが丁寧に礼をしたため、慌てて父も礼をする。
私が否定する前に父が肯定してしまったために、リュートは日本におかしな文化があると信じてしまった。リュートが勝ったら私、攫われるよ? リュートには勝って欲しいけど、微妙な感じになったじゃないか。
「さて、親父はどうかな」
「興味深いね」
「負けたら、明日香を奪われるね」
兄たちは止めるつもりなんてさらさらなく、観戦の姿勢に入っている。
颯兄ちゃんが冗談で言った言葉が私には笑えない。
「どうしよう、勝っても負けても複雑すぎる……大体この後、なんて紹介すればいいの!」
まさか異世界から来ましたと正直に教えることもできないため、私は頭を抱えリュートと父の対決を上の空で眺めた。
集中していなかったが、兄たちの感嘆の声が聞こえるので良い試合がなされていることがわかる。
結局、始まってしまったものはどうしようもない。私は顔を上げてリュートと父を見た。
「へぇ、やっぱ父さんて強いんだ」
リュート相手に善戦する父を見て、私は改めて父を尊敬する。
「当たり前だろ、明日香は親父をなんだと思ってるんだ」
「お母さんにベタぼれな中年?」
「……否定はしないけどさ」
婿養子に入っちゃうくらい母を愛している父を毎日見ているから、どうにも威厳がないのだ。
「お前たち、ちゃんと見ていろ勉強になる」
大兄ちゃんに注意されたところで、リュートと父が大きく動いた。
「でた、親父と明日香の得意技!」
派手なこの技を披露すれば子どもたちがいつも沸く。颯兄ちゃんはまだまだ子どもだな。
「はっ、やぁっー」
「くっ……とおっ」
父の足が描く軌道はリュートに読まれていた。攻撃自体は当たったものの完璧にガードされていた。
「……楽しかったよ、ありがとう」
「こちらこそ」
勝負がついていないにも関わらず、父は一人納得してリュートと握手している。
「親父? ケガでもしたか?」
「いや、彼が花を持たせて勝負を長引かせてくれていたんだよ」
「……そんなことは、お強かったですし」
まぁ、父が勝てなくても仕方がない。リュートは元騎士だし、若いもん。それにーー
「お父上とアスカの動きは似ているため、軌道を予測できました。俺の方が有利だったんです」
そう、私は何度かリュートの前で戦っている。私のこっちでの師匠は父だから、動きは似ていて当然だ。
「それでも君は強い」
父は心底楽しそうに笑っている。
「それで、俺はアスカを頂けるのですか」
「あぁー、それは冗談なんだって」
「いいだろう」
はぁっー! 何言っているの父さん。私、まだ高校生だから。
「良い時期がきたらだがな」
「それはもちろん承知しています」
二人で勝手に約束しちゃってさ、私のこと無視して決めるならもう知らない。
「どうした? 明日香?」
聡い涼兄ちゃんが顔を覗きこんできたので、私は頬を膨らませて思ったことをそのまま言葉にする。
「親父相手に嫉妬するなって。おーい、リュートさん? 明日香が拗ねているぞ」
「アスカ? どうした」
ぷいっと顔を背ければ、慌ててリュートが走り寄ってくる。
「なんだ、俺がリュートくんと仲良くしていたから妬いたのか。安心しろ、俺は鏡花一筋だ」
「キョウカ?」
「あぁ、俺の妻だよ。明日香たちの母親だね」
私の母の名は鏡花、母が今日で娘が明日。なんとも前向きなネーミングなんだろう。
「呼んだかしら? みんなで楽しそうにして、私をのけものにするなんてひどいわ」
「あぁ、そんなつもりはなかったんだ。怒らないでくれ」
父は母に駆けよる。なんだか、さっきのリュートみたいだな。
「ふんだ。じゃあ、私にも明日香の彼氏と仲良くさせて! 一緒に夕食を食べましょう」
我が家で最強の母の意見に逆らえる者など、誰もいないためリュートの夕食招待は決定事項になった。
「明日香、手伝いなさい」
「は~い」
リュートをお父さんとお兄ちゃんに預けておくのは不安だが、母には逆らえない。こうして私の料理の腕は鍛えられたんだから感謝すべきか。リュートにも料理、褒められたしね。
並べられた料理をみんなで楽しみながら、和やかな時が流れる。
「でっ、リュートくんは明日香とどこまでいっているの?」
「ぶふっ――お、お母さん!」
雰囲気をぶち壊したのは、天然では済まされない母の発言だ。思わず色んなものが口から飛び出してしまった。みんなも固まっている。
「娘さんは大事に、大事にしています。何も心配なさらず、ですがもし許しが出るなら――」
「真面目に答えるな――!」
食卓はちゃぶ台じゃないのが残念だ。もしちゃぶ台があったなら、見事なちゃぶ台返しを披露できた自信がある。
「あら、大切な話じゃない。ねぇ、リュートくん」
「はい……アスカ、やっぱりちゃんと話しておこう」
「おい、ちゃんと話すってなんだ」
リュートが真剣に私の目を見つめる中、お兄ちゃんたちが盛り上がっている。
「セオリーとしては子どもができたとか?」
「それじゃあ、計算合わなくない?」
「そ、そんな不埒なことをする奴は認めないぞ」
勝手な推測だけで、話が大きくなっていっている。
「まぁ、妊娠! 私、おばあちゃん? あら、若いおばあちゃんですねお母さんかと思いましたって言われたいわ」
母よ、頬を染めて何を言い出すんだ。
「お前たち、ちょっと落ち着いて話を聞け」
お父さんが一家の主として今日はじめて威厳をみせてくれた。
「そうだよ、リュートが話たいことは違うこと」
「じゃあ、何?」
何と言われると答えるのは難しい。
「長い話で、信じられないようなことですが聞いて頂けますか?」
リュートが私たちの不思議な出会いを語り出し、夕食の席の雰囲気はまた一変した。




