①彼とお兄ちゃんず
さっそく、番外編です!
最近、部活のない放課後や休日にウキウキしている私を兄たちが疑っている。
何を疑っているかと言えば、新しい彼氏ができたのではないかということだ。
涼兄ちゃんは、中々しっぽを出さないなと悔しがっているし颯兄ちゃんは同じ高校のため校内を探っている。
見つかるはずがないんだよね、何せリュートはアディスというこことは違う世界にいるんだ。
「明日香! 彼氏ができたのか?」
「うん」
耐えきれなくなって聞いてきたのは、やっぱり小細工の苦手な大兄ちゃんだった。
私は別に隠すつもりはないのであっさり頷く。お兄ちゃんたちが勝手にこそこそしているのが悪いんだ、世の中素直が一番だよ。
「本当にか!」
「どこの誰?」
自分たちが見つけられなかったからって食い付きがいいな。でも、どこの誰という質問は難しい。
「うーん」
考え込む私の肩を大兄ちゃんが掴んで揺らす。このバカ力め、酔うじゃないか。
「言えないような男か! 今度はちゃんとした男が俺が見きわめてやる。まず、俺たちより強くないと認めないぞ」
「そうだな、痛い目に合わないためには必要なことだな」
「アスカのためだよ」
普通だったらこの三人を倒して私を手に入れるのは難しいだろう。でも、リュートは違うんだよな。
「お兄ちゃんたちより強いよ」
問題は異世界に住んでいるというところにあるが。
「何! ちょっと連れてこい」
「うん、それは無理」
「本当に強いの?」
「本当だって!」
みんなが私の言うことを信じないのはよくわかる、だってリュートみたいなハイスペックな人間いないもん。やばっ、お兄ちゃんに構っていたらもうこんな時間だ。便利なドアが開く約束の時間だ。
「絶対、お兄ちゃんたちより強くて、優しくて、格好良いから。じゃっ、行ってきます!」
「今度の休みは、明日香が行くんじゃなくて連れてこい!」
兄たちの要望を無視して、私はアディスへと旅立った。
「いやー、参った。お兄ちゃんたちどこまでも追い掛けてきそうで疲れた」
乱れた息を整えて、お気に入りのカウチになだれ込むように体を投げる。
そうすれば、リュートがさっとコップを差し出してくれる。一応、王様なのに威厳がないよね。
「ありがとう」
私は柑橘系の香りがほのかにする水を一気に飲み干すと、今朝のお兄ちゃんとのやりとりを愚痴る。
「アスカの兄ね~見てみたいわ。いい男?」
師匠に身内は売れないや。絶対大兄ちゃんとか気に入られるもん。
「僕もアスカと一緒に出かけたい!」
私と一緒にカウチに転がっていたロウが立ち上がっておねだりをしてくる。このキラキラ目に私は弱いんだよな。
「うーん、犬……じゃなかった狼姿ならいいかなぁ」
子どもを連れて歩くと、ご近所さんや知り合いに合ったとき面倒だが動物ならなんとかなるだろう。
「やった!」
「ジュハ、手土産は何がいいと思う?」
ジュハに尋ねたのはもちろんロウではない。私は一言も誘ってない人物だ。
「ちょっと、どうしてリュートが手土産の心配しているの?」
「挨拶は大切だと、この前シリスに忠告されたからな」
「……余計なことを」
シディアンで知り合った騎士、シリスとゲイルは表向きは視察に出たアルベール王子の護衛としてアディスに来ている。
しかし、実際王子は師匠の下僕なので彼らは客人として扱われている。アディスの人たちはリュートを王子や王として見るので、二人の存在はリュートの息抜きになっている。
「大切なことだろう? 兄上たちも俺が来るのを待っているのだろう」
「待っているっていっても、難癖つけたいだけなんだよ!」
「いくら文句を言われようとも、認められるまで努力しよう」
誠実なのはいいことだが、お兄ちゃんたちにリュートを会わせるのはやはり気が進まない。だって、めちゃくちゃになるのがわかっている。伊達に十六年妹をやっていないのだ。
「いいわ~。アスカったら羨ましい。そして妬ましいから行ってきちゃいなさい!」
「な、なに言っているんですか」
「そうだ、手土産もまだ用意していない」
リュートの主張は間違っている。
「会いに行くことが手土産よ。アル坊、やりなさい」
「待って!」
私の制止にアルベール王子はにやりと笑う。ちくしょう、こいつ性格悪いんだった。師匠に従っている振りして、完全に私への嫌がらせだな。
「ちょっと行って来る。留守を頼んだぞ」
リュートは何、冷静に挨拶しているんだよ。私がいくら叫んだって誰も聞いちゃくれない。気が付けば、もうそこは家の前だった。
「あっ、服!」
急いで確認したが、リュートの服はここでもそう違和感はない。シャツにズボンなら大丈夫か。
「アスカ?」
「……はぁ、来ちゃったものは仕方がないしどっか行こうか」
「俺は挨拶に来たんだが」「会わせられるわけないじゃん――おっと、静かにしないとな」
私が勢いよく拒否すれば、リュートは悲しそうな顔をする。
「俺は会わせられないほど駄目か……」
「ち、違うっば。お兄ちゃんたちがありえないからで……リュートは自慢できるから」
「なら行こう」
切り替え早っ!
「だーかーらー、お兄ちゃんたちなんかに会わなくても――」
「なんだ、明日香か。騒がしいと思えば――んっ? そっちの男は?」
「もしかして彼氏? 涼兄も来てみろよ!」
玄関から顔を出した、大兄ちゃんと颯兄ちゃん。そしてすぐ涼兄ちゃんも来るだろう。
みんな揃ってなんで家にいるんだよ。私は頭を抱えてしまう。
「何だよ……って明日香の彼氏か!」
「はじめまして、レンリュートです」
リュートが礼儀正しく挨拶をする。騎士の名残なのか、背筋を伸ばして直角に腰を曲げる姿はとても優雅で美しい。
「外国の方?」
外の国というのは間違いない。ただ、地にはない国だが。
「アディスから――んぐっ」
「お兄ちゃんたちがどうしても会いたいって言うから来たんだよ! もういいでしょ」
私は余計なことを言おうとしたリュートの口を塞ぐ。
「明日香、言っただろう。俺たちより強くて、優しくて、格好良いって。確かめてやる」
「アスカ……俺はアスカの思い通り、負けない」
「こちらだって、負けないぞ! アスカはどっちの味方なんだ」
そんなこと決まっているじゃないか。いちいち聞かないでほしい。
「リュート」
「こうなったら、いざ勝負!」
何だかんだ理由をつけているがお兄ちゃんは私が強いと評価したリュートと戦ってみたいのだろう。
「ごめん、適当に相手をしてもらっていい?」
「もちろん、俺も楽しみだ」
こうして、お兄ちゃんず対リュートが道場で実現することになった。
父は生徒さんの大会ということで不在。よかった、余計ややこしくなるところだった。
「よし、明日香の彼氏! 何が得意だ?」
大兄ちゃんは柔道、涼兄ちゃんは合気道、颯兄ちゃんはボクシングを得意としている。ちなみに私は道場で空手をやっている。
「何とは……剣――」
「あっー! リュートは剣道に興味があるんだよ。でも今回は武器なしね。ルールなしの組み手でいいじゃん」
剣なんて持ち出したら危険すぎる。大体、銃刀法違反だ。
「いいのか、それで?」
「俺は何でも構わない」
たった一言それだけをかわした後、まずは颯兄ちゃんが相手になった。
……結果だけ言えば、リュートの圧勝。颯兄ちゃんとリュートは体格差がありすぎた。
颯兄ちゃんが間合いを詰めるために近づいたところをリュートが軽々投げてしまった。
次は涼兄ちゃん。見たことがない動きにリュートは多少戸惑っていた。それでも涼兄ちゃんは力がそんなに強くないから、多少の攻撃でリュートはびくともしない。結果はリュートの粘り勝ち。
「ほらね、強いでしょ」
「確かに……がたいもいいし、体力もある。羨ましいね」
涼兄ちゃんは潔い。
「でも明日香には色々大きすぎるんじゃない?」
色々って何だよ、私はリュートの体が大きいことしか知らないぞ。負けたからって下品なことを言うな、大兄ちゃんが燃えてるじゃないか。
「休んだ方がいいか?」
「いや、いつでも」
熱い男、大兄ちゃんはスポーツマンシップに則って休憩を提案するがリュートは断った。これで颯兄ちゃんが煽った以上に大兄ちゃんは熱くなった。
「では、いくぞ!」
掴み合った二人はほぼ同じような背格好。勝負はいい線いくかもしれない。
……あれからしばらく、二人はまだ掴み合ったまま。お互い、勝負をかけるタイミングを計っているのだろうが、お兄ちゃんと彼氏が密着している様子をずっと見ているのは気持ちが悪い。
「早く決めちゃってよ……」
ぼそりと呟いた私の声にまさかね反応を見せたのはリュート。見事な一本を決めた。
リュートは柔道を知らないはずなのに、その動きは大兄ちゃんも認めるものだったようで固い握手をかわしている。
「これで一件落着だ」
私がようやく終わったと安心したときだった。
「ちょっと待った!」
面倒な人物が帰宅してしまった。




