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三倍返しのお約束  作者: まほろ
三倍返し
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更新するか? 人生最悪の日

本編最終話です

 大泣きした私を三人の兄たちは慌てて迎えてくれた。

「明日香、どうした? あの馬鹿な彼氏は俺がとっちめてやる」

 体の大きな一番上の大和お兄ちゃん、大兄ちゃんはどこから私と廉の情報を手に入れたんだろう。

 私にとっては昔の話だが、お兄ちゃんにとっては私が泣く原因は廉とのことなのだろう。

「大兄は正面から行きそうだから、俺に任せなよ。証拠もなく、消し去ってあげるから」

 クールな涼雅兄ちゃんは、背が高くて線は細い。だから、頭脳プレーを得意としている。今回の情報源はここからだろう。

「男なんて、他にもっといるさ」

 軽いノリの颯兄ちゃんはこれでも慰めているつもり。三人ともいつもは容赦なく組手をしてくるのに、私の涙には弱いんだ。

 強いからこそ、自分よりも弱いものに加減するのが敏感になる。私は滅多に弱さを見せないため兄たちの庇護対象に普段はならないが、ごく稀に泣きつくことがある。

 そんな時、兄たちは全力で私を助けてくれる。自慢の兄なのだ。そうなのだけど、今回ばかりはどうにもできない。

 私は誰にも何も言わないまま、泣き疲れて眠りに落ちた。


 一日の始まり、清々しいはずの朝も私にとっては眩しすぎるだけだ。

「……おはよう」

「あら、明日香。最近どうしたの? 元気ないわよ?」

 覇気のない私の声に母が首を傾げる。

「母さん、明日香は振られたばかりだからだよ」

「……」

 そんな昔の話と笑い飛ばしてやりたいが、異世界なんて説明できないし到底信じてもらえないだろうから押し黙る。

 結果、私は彼氏に振られたせいで元気がないとみんなに認識されてしまった。

「母さん、行って来るよ」

 朝ごはんをしっかりと平らげて、父が立ち上がる。

 行って来ると言っても家の隣の道場だ。習い事ブームで生徒さんは多いが、父はどんなに忙しくても母のご飯を三食食べる。

 昼に帰って来るときは、子どもがいないからとイチャイチャしている。うっかり半日授業で帰った日、玄関で固まったのは忘れられない。

 父はいつものように母の腰を引き寄せている。見慣れた光景のはずなのに直視できない。

「いってきます」

 私は立ち上がった父よりも先に家を出た。

 憎たらしいほど晴れ渡った中をとぼとぼと登校すれば、何人もの友人に声をかけられる。

「廉くんと別れたんだって?」

「うん」

「美麗のせいなんでしょ?」

「きっかけは美麗だけど、それはもういいんだ」

 ため息混じりにいつだったかの最悪な出来事を語れば、友人たちは私が心を痛めていると解釈してきてそれ以上聞かれなかった。

「でも、美麗と言えばさ昨日……」

「あぁ、おかしな格好で職員室に行ったんでしょ?」

 そういえば、あっちの世界の服のまま送還したな。

「どうしてあんな格好していたのか先生たちに聞かれても意味不明なこと言ってて、ちょっとおかしくなったんじゃってみんな噂しているんだ」

「コスプレにしてもやりすぎだからね」

「私は姫よってアピールしたいのかな?」

 思った通り、美麗はこっちで痛い子扱いだ。ざまぁみろ……全然、胸がすかないや。喪失感の方がよっぽど強い。

「噂をすれば、あれ」

 通学路で好奇の視線を受けている美麗を見つける。苛立っているのが遠くからでもよくわかるから近寄らない方がいい。

「でもさ、明日香。あんた振られたのに、綺麗になってない?」

「思った! なんか一皮剥けましたみたいな」

 色々と大人の階段登りました、とは言えないので曖昧に笑っておく。

 そんなこんなで、私の波乱に満ちた日々は一転し、なんの変哲もない日に変わったのだ。


 足取りの重い放課後、部活が休みだったのがありがたい。私はそうそうに帰ろうと荷物を纏める。

「明日香!」

 馴れ馴れしく私を呼んだ男は、元彼である廉だった。

「何? 美麗ならいないよ」

「違う、俺は明日香に用事があったんだ」

 今さらぬけぬけとなんの用事があるというのだ。私は冷たい眼差しで続きを促した。

「美麗とのことはさ謝るよ。でもさ、あれは事故みたいなものなんだ。昨日の事、知ってるか? 美麗はちょっとおかしいんだよ」

「いいよ、謝らなくて」

「じゃ、じゃあ許して――」

「私もせいせいしたから。じゃあね」

 許すとかもうどうでもいい、こっちのレンには何の感情も残っていないから。

「そうやって俺の気を引こうとしているんだろう? これみよがしに可愛くしてきてな」

「まさか、バカじゃない」誰が廉のために可愛くしてくるか。最悪だ、こんな誤解を受けるなんて。

 それなのに、廉は勘違い妄想を止めないで近づいてくる。

「美麗とのことを気にしていないなら、俺たちもう一度やり直そう。俺、明日香との方が上手くやれると思うんだ」

 私はまったく同意できない。だから、顔を近づけてくるな! この行動の意図はあれだろ。この男に迫られるなんて、人生最低の出来事を更新するくらい嫌だ。

「あんたとキスなんてできるかーー!」

 叫んだ瞬間、私の体は暗闇に落ちていった。あれ、これどこかで同じことがあったような。

「きゃぁぁぁーーーー」



「成功ね」

「当たり前だ、誰が召喚したと思ってる」

 懐かしい声と、この前叩きのめしてやった奴の声が聞こえてくる。

「大丈夫か、アスカ」

「アスカー!」

 ぶつかってくる小さな体と、骨が軋むんじゃないかと心配してしまうくらい強く抱き締めてくる腕は私の見ている夢だろうか。

「……師匠? ロウ……アルベール王子?」

 一番会いたい人の名前は何だったっけ。

「アスカ、俺もいる」

 ちょっと待って、今思い出すから。本当は忘れていないから。あまりに突然のことで混乱しているだけ。

「……リュート」

 もう会えないかと思った人物が目の前にいる。その存在を確かめるように、私はリュートの背に手を回す。

「感動の再会ね。アスカ、約束通りあなたがどうにもできないことに師匠として助けを入れたわ」

 そんな約束を確かにした。でも、師匠が私を呼べるなんて知らなかった。

「師匠! 召喚できるなら、教えてくれればよかったじゃないですか。私の嘆きを返してください」

 こんなにあっさり戻ってこられるなら、悩んだのだって無意味だ。

「わたしは使えないわよ。この子にやらせたの」

「異世界から人を呼ぶなんて高度な魔術、俺くらいしか使えない!」

「……なんでアルベール王子がここに? しかも協力してくれたとかありえない」

 邪魔はすれども、協力なんてするような奴じゃないよね。

「イクス様もいるよ!」

 ロウが指差す方には苦々しい顔をしたイクス王子がいる。

「一体、どういうこと?」

 私の疑問には、ようやく密着させていた体を解放してくれたリュートが答えてくれる。

「この二人はアスカが取り付けてくれた約束を破ろうとしたんだ」

 この世界の時間軸と地球との違いがわからないけど、そんなに月日が経っていないよね。舌の根も乾かない内とは最低だな。

「そ・こ・で、わたしが登場。悪い子たちを教育し直すためにキッスをしてあげたの」

「……師匠、最強じゃん」

「いやん、二人とも消耗していたから従わせられただけよ。ミレイって子、相当心労を与えてたみたいね」

 つまり、アルベール王子が師匠に従うようになり、私を召喚できるようになったのは美麗のおかげってこと? それは複雑な思いだけど、便利なドアができたとでも思っておこう。感謝はしないぞ。

「ところでアスカ、誰とキスできないんだ?」

「えぇっ!」

 聞こえていたの、私の叫び?

「えっと、それは、その……」

 悪いことしていたわけじゃないのに弁解が出ない。

 しかも、師匠! 変なところで気を使って人を下がらせないでいいよ。ジュハも、誘導しなくていい!

 私の思いもむなしく、リュートと二人きりになってしまう。

「あれは廉が勝手に……」

「またレンか……助けに行けないのが歯痒いな。いつかアスカの心まで離れるんじゃないかと――」

「それは私も一緒だよ! 色気ムンムンのお姉さんとか出てきたら勝ち目ないよ」

 私は思わずうつむいてしまう。そうすれば、ない胸が目に入りさらに落ち込む。

「そんな心配するな! 俺はアスカだけだ」

 強い口調で宣言されると頬が熱くなる。

「アスカは俺に助けられたとたくさんのものをくれた。それなのに、俺は何も返せていない」

「だって助けられたのは私だし……」

 私がリュートを救ったのはどう考えても偶然だ。

「そう、アスカはそうやって拒むだろう。だから考えたんだ、アスカがくれたこの気持ちを何倍にも育てて返そうと。こんな俺の勝手な想いは嫌か?」

「……ううん、嫌じゃない。いっぱい返して!」

「三倍と言わずいくらでも」

 たった一日離れただけだが、もう会えないかもと絶望した。だから、いつも以上に素直になれた。

 便利なドアもいることだし、私とリュートの間には何の障害もない。

「私も……私ももらう分、返さないといけないね。いつまでも終わらないね」

 人生最悪の日は更新されなかった。そして私は、毎日更新される最高の日々を手に入れた。


これにて本編は完結です。

あと5話だけ、後日談がありますのでよかったらもう少しおつきあいください。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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