恩も恨みも三倍返し(前)
「ふぅ。一仕事終えた」
「相変わらず暑い国でした」
私とジュハは額に滲む汗を拭って息をつく。
「この後は頼んだよ」
「そちらも上手くいきますように」
ゆっくりと休む暇もなくジュハは、どこからか調達した馬に乗って駆け出す。
私たちは誰よりも早く行動しなければいけない。少しだって時間は無駄にできないんだ。
それなのに、ニヤニヤと笑いながら近づいてくる師匠と目が合ってしまった。
「あら~、アスカったら浮気~」
ジュハとの秘密のやりとりを歪曲して見られたようだ。
「違うから」
「本当に? レンちゃんとジュハ、両手に花でいいじゃない。あぁ、それと変態王子は元気だった?」
否定すれば、つまらなさそうにする師匠。しかも、私とジュハがどこに行っていたか知っている。そうなれば、何をしに行ったかもわかっているのだろう。
この人って本当に謎だよな。
「わかっているなら、師匠も協力してください」
「んっー、そうね。アスカがどうにもできないとき、師匠として助けてア・ゲ・ル」
かわした投げキッスを受けたのは、私に後ろから近寄ってきていたロウだった。
「うげぇ~」
相変わらず、はっきりと嫌がるロウを腕に抱えるとリュートもやってきた。
ちょうどいいタイミングだ。
「……ジュハと仲がいいんだな」
拗ねているリュートは可愛くてもう少し見ていたいという欲求に駆られるがここはぐっと我慢だ。
「ジュハにはこれからのことのお手伝いを頼んだの。リュート、まだ約束を果たしていなかったよ! 一緒に仕返ししに行かなきゃ!」
「えっ、あっ? 今か?」
「もちろん、今! イクス王子には仕返ししたのにアルベール王子と美麗に何もなしじゃ不公平だよ」
突然元気になった私に戸惑うリュートだが、断ることがないのはわかっている。
「でも、戦がはじまりそうな中に突っ込んで行くのは危険なんじゃないか」
「ジュハが今は足踏み状態だって」
「またジュハ……」
リュートがロウに見える。そう思っていたら、腕の中のロウがもぞもぞ動く。
「男のシットは醜いぞ、リュート」
「うるさい」
リュートとロウの掛け合いに和みながら私は出発の準備を整える。
「よーし、じゃあ行くね。師匠、何かあったらよろしくね」
「はいは~い。いってらっしゃい」
手を振る師匠に私も同じように返すが、リュートはまだ納得がいっていないようだ。
「待て、もっと安全を考えてだな――」
「大丈夫! いってきます」
私は問答無用でシディアンへと移動した。
「勢いで行動するな、無謀すぎる」
「善は急げって言うんだよ。私たちがしようとしていることが善かはわからないけどね」
このシディアンにいる美麗とアルベール王子よりは善だと私は信じているけどね。
「……それで、どうするんだ?」
「色々考えはあるんだけど、まずは目的の人物を見つけないとね」
「なら、僕が役に立つよ」
狼姿のロウは久しぶりに見る。ちょっと毛が乱れているな、後からお礼にブラッシングしてあげよう。
「あれ? アスカが前にあったミレイ? が近くにいるよ」
「えっ、どこ?」
ロウが答えてくれる前に、私の視界に相変わらず綺麗な美麗が現れた。
「明日香! やっと来てくれたのね。私、暇だったのよ。ケータイもないなんて耐えられない……あら、そちらの方は?」
美麗は魅力的な笑みを浮かべる。私には聞こえるぞ、イケメンゲットと叫ぶ美麗の心の声が。
「あんたには王子がいるでしょ」
「なぁに? 明日香。早く私に紹介してよ、私は美麗よ」
ぼそっと呟いた私の声を聞き流す美麗はやっぱりいい神経していると思う。
「別に。この人はレンリュート。えっと……元シディアンの騎士?」
「えっ、ここにいたの! 残念、私が明日香より先に会っていればよかったのにね」
リュートのことをなんと紹介したらいいのか迷って、とりあえず前職を言ってみた。そうすれば美麗は浮足立つ。しかし、リュートはそれが不満だったようだ。そうか、シディアンに仕えていたなんて思い出したくもないか。
「アスカ、もっと大切なことを言い忘れている」
「えっ? 何――ぐえっ」
私の高い鼻が潰れたぞ――嘘です、鼻は高くないです。ってこの状況は何!
「あっ、リュートまたアスカを抱っこしてる! 最近、多い」
ロウの指摘通り、なぜか私はリュートの腕の中。こういう展開多すぎて飽きませんか?
「いいだろう。何せ、俺とアスカは想い合っているんだから」
「んあぁぁぁ――」
恥ずかしい、羞恥プレイってこういうものか。よく、美麗と廉は私の前でいちゃいちゃできてたものだな。
「想い合う? 明日香の彼氏ってこと?」
美麗の形のいい眉がぴくりと動く。美麗ってば、イケメンはすべて自分のものだって思っているんだろうな。
「深い……深い関係だ。俺はアスカのもの、アスカだけに従う」
「ちょ、ちょっと、リュート」
暴走しているリュートを止めようとしても、止まるものではない。まったく、言葉に偽りありだよ。私になんて従うつもりないじゃないか。
「どういうこと? 明日香、廉はどうしたのよ」
美麗のおかげで目が覚めて別れましたが何か?
「そっか、わかった。レンリュートは良い人なんだね。困っている明日香を助けたんでしょ? 御苦労様、また騎士団に戻っていいわ。私が特別に引き立ててあげる」
美麗ってこんなに嫌な奴だったっけ? ちょっと我が儘だったくらいだと思ったけど、権力持ったとたんこれか。
「アスカ、ミレイは何もわかっていないようだな」
「まぁ……」
曖昧に頷けば、なぜかリュートの顔が近づいてくる。この後の展開はなんとなく想像できるぞ……。
さすがに危機回避能力がついた私は全力でリュートを両手で阻む。
「俺たちの関係をわからせる」
「わからせなくていい」
「シディアンに仕えるなんてごめんだ」
「だからって、これの意味がわからない」
「レンとやらの名前が出されて、俺が苛立ったからだ」
自分勝手だ。やっぱり、私になんて従わないじゃないか。でも、こういう風に私相手に自己主張してくれるのは嬉しいか――って油断した!
「私を無視しないで!」
なんとか口への直撃は避けて、リュートの唇を頬で受けた時にすっかり存在を忘れていた美麗が叫んだ。
「どうして私を見ないのよ。明日香に負けた?」
ぶつぶつと呟き、怒りを顕わにする美麗を見て、私は胸がすっとした。
当初の予定とは大分違うけど、これはこれでよしとしよう。美麗への仕返しとしては十分だ、私をどれだけ馬鹿にしていたのか考えると腹立たしいが私は今満たされている。
「何の騒ぎだ?」
ちょうど良いタイミングでアルベール王子の登場だ。私は今まで使ってなかった運を使っているのかな。
「アル! アスカが……」
さっきまで熱っぽくリュートを見ていたのに、変わり身が早いことで。
「な、なに! アスカ、それにレンリュートか」
にしても慌てている。読み通り、シディアンが戦の準備に手間取っているのは何らかの深刻な原因がありそうだ。
「まだしぶとく生き抜いていますよ」
「な、何しに来た! この忙しい時期に……くそっ。ミレイの魔力が底上げだとわかっていればこんなことには……」
ふーん、ミレイの魔力が思っていたより少なかったってわけか。にしても、底上げを馬鹿にすんなよ。あれには大変お世話になっているんだから……底上げパッドは偉大だって話はどうでもいいや。じゃあ、はじめようか。私とリュートの華麗なる仕返しを。
「他人を当てにして戦しようなんて小さい男だよ。あっ、他人じゃなくて妻だっけ? 妻を戦に巻き込むわけね~。どう思う?」
「戦! 何それ!」
案の定、美麗は何も知らなかった。毎日遊んで暮らしていたからね。
「知らないの? 危ないこともあるかもしれないよ。美麗なら狙われる可能性も高いかもね」
脅しの言葉は面白いくらい美麗に効く。
「危ないのなんて嫌よ。私、帰りたい。明日香、帰れるって言ったよね? 帰らせてよ!」
「うん、いいよ☆」
上手く行き過ぎて浮かれてしまう。
私は元の世界へ戻るため、必死で覚えた魔法を発動させる。ちゃんとできるかな? 一応、これは動作確認でもあるからね。私が帰る前に試せてよかった。
「ま、待て! ミレイ」
「アルと離れるのは寂しいけど、危ないのは嫌なの。戦とか面倒なことが終わったら、また呼んでくれてもいいよ」
恐るべし、美麗の上から発言。もう、美麗と関わるのは止めておこう。精神衛生上よろしくない。
「じゃあね、美麗」
決別の意を込めた別れの言葉と共に美麗の姿が消えた。上手くいったかな?
ちなみに私はここでもちょっとした仕返しをした。
あのブリブリドレスと盛った髪、ごてごて化粧で帰る先は職員室だ。可愛い仕返しだよね?
「これで有利なことがなくなった……まだ少しは魔力が残っていたのに」
魅力は魔力だけだったのかな。アルベール王子だってはじめは美麗のこと気に入っていたのにこの言い方はないや。
「何言ってるの? あんたは不利になったんだよ」
私は間髪入れずに追い討ちをかける。すべてはこのときのために準備したんだから。
「もし今、私たちがトルンカータに力を貸したらどうなると思う?」
「トルンカータにだと! 止めろ! 報酬でもなんでもやるから止めてくれ」
すべてを失うくらいなら、国のほんの一部くらい差し出してくれるよね。
「じゃあ、取り引きだよ。元アルディスの地である火山の麓の一角をちょうだい」
私は今日二回目になる言葉を紡いだ。一回目の交渉はもうすでに成立している。さて、シディアンの王子はどうでるか。
隣に立っているリュートが驚いているけど、楽しみなのはまだこれからだよ。私は緩んだ頬を引き締めるように口の端を上げて不敵な笑みを作った。




