カントリーロード
来週どころか、一分も経たないで私は捕まった。でもギャラリーからは逃げられたからよしとしよう。元々、こうなることは予想していたんだ。
「待ってくれ、アスカ」
リュートは私にお願いしているようだが、これは拘束だ。私に拒む余地はない。
しっかりと後ろから回された腕が私の体に巻きついて離れることはない。
「……逃げないから放して」
「本当にか?」
私ってば信用されていないみたいだ。それもそうか、こう何度も逃げていたら仕方がないことだ。
「本当。目の前に誰もいないのに話をするのって、嫌。ちゃんとリュートと向き合いたい」
リュートの気配というか温もりは嫌というほど感じているが、顔は全く見えない。恥ずかしさは紛れるかもしれないが、やっぱりこういうことはちゃんと目を見て言いたい。
要するに、私は腹を括ったのだ。
「わかった」
リュートの腕から力が抜けて、私の体が解放される。それが寂しく感じるなんて、まったく私は恋する乙女だね。
「リュート……」
いざとなると言葉が震える。試合前に相手と対峙するのとは違った緊張感がある。
「私ね、流されやすくないよ。だから、これは私の本当の気持ちだから」
リュートは私がリュートの気持ちに流されて困っていると解釈している。だから、この気持ちはそんなものじゃないと伝えたかった。
「好きなんだ。お人よしに私を助けたことも、過保護になるところも、仲間とじゃれ合う姿も、見守っていてくれるところも、助けてくれるところも……私を利用しようなんて欠片も考えないで想ってくれるところも全部」
悲しくもないのに、今までのことを思い出して涙が溢れてきた。
この世界に来て、結構時間は経った。大変なことも、痛いことも、楽しいこともいっぱいあったけどそのどの場面にもリュートがいてくれた。惹かれる理由なんて多すぎて、どうしてこうなったか逆にわからないくらいだ。
「都合のいい夢かと思っていた」
リュートが呟いた言葉に首を傾げる前に、私は前方へ引き寄せられていた。
「アスカが何か言いかけるたびに俺は期待した。でもいつもちょうどいいところで邪魔が入る」
ごめん、私が逃げたのもあるね。私はリュートに抱きよせられているのに、心の中で謝る余裕がある。なんでだろう、こうしていることに違和感がなくなってしまったのだ。
「夢じゃないよ」
「あぁ」
言葉を噛みしめるようにして頷いて、リュートは現実を確かめるように私に触れる。
「アスカはここには居られないか? …………嘘だ。もう言葉ももらえたんだ、十分さ。アスカは帰るべきだ」
「それは危ないから? 私は結構強いし、リュートだって守ってくれるじゃん」
勝手な話だが、突き放されるのは嫌だ。
「そうだな、それはあるが実のところたいした障害じゃない」
「なら……」
「故郷を失うという思いをアスカにはして欲しくない」
そうだ、リュートは一度故郷を失っている。
「……アディス」
私が呟いた国の名にリュートは目を丸くする。
「急にどうしてアディスの名を? 知っているのか?」
「うん」
リュートはあまり驚かず、そうかと一つ頷いた。
「俺はアディスの王族としてできたことは少ない。それでも国を誇っていたことは間違いない」
「うん」
私は小さく相槌を打つ。
「目の前で大切に思っていたものが奪われた。あの気持ちをアスカには経験させたくない。何より、俺がアスカから故郷を奪いたくない」
リュートは泣いていなかったけど、私には大粒の涙を流しているように見えた。
「大丈夫、大丈夫だよ。リュートは私の故郷を奪わない」
言い聞かせるように繰り返し、私はリュートを抱き締める。さっきまでとは逆、私が包み込んであげる。
どれくらいそうしていただろう。ふいにリュートが笑った。
「待っている。ロウのように、アスカがあちらから戻ってくるのを信じて」
必ず戻ると私はロウに約束した。でも、あちらに戻って魔法が使える保証はないのだ。
「っつ……でも」
もう決めてしまったリュートの意志は固い。私だけがぐらぐらと不安定に揺れている。
私がもし故郷なんかより、リュートと一緒にいることが大事と手を伸ばせば、リュートはその手を掴んでくれるだろう。
でも本当にそれでいいのか? 絶対に後悔しない覚悟が私にあるのか?
一度でも後悔した素振りを見せればリュートは傷つく。
「俺がいると決心がつかないよな……うぬぼれか?」
リュートを感じていれば、この温もりから離れられない。私は力なく笑って首を振る。
「うぬぼれ……じゃない」
「そうか。じゃあ、少し離れている。何かあったらすぐに呼べ。一応、ヴィルへルムが警備を強化しているが、絶対に安全とは言えないからな」
相変わらず過保護なのが嬉しくて、私の頬が自然に緩む。
「勝手に帰ろうとはするなよ」
前科があるため、しっかり釘を刺されて私は一人になる。
「故郷か……」
自分が暮らしていた街を、国を、世界をそんな風に考えたことはなかった。
ふいに、頭の中にある歌が流れる。
本当は外国の歌だけど、映画で使われた日本語バージョンはみんな一度くらい聞いたことがあるだろう。
リュートはずっと寂しさを押し込めていたのだろうか、でもそれって強いことにはならない。
泣いてもいい、でも諦めないで欲しい。私はいつか、リュートに故郷と同じよう懐かしみ、諦められ、遠い日の出来事にされるのが悲しい。
「私の道はどこに繋がっているんだろう。リュートの道は本当に途絶えたの?」
私は思い立って、すぐに走りだす。きっと近くにいるはずだ。
「ジュハ」
「……俺たちから逃げたのに、今度は追ってきたんですか」
「うん、聞きたいことがあって」
私たちがいた場所から少し離れた場所にジュハはいた。きっと護衛のつもりなんだろう。
「何ですか?」
答えてくれるらしいジュハに私は深呼吸を一つしてから尋ねてみる。
「アディスの国はもう跡形もないの?」
「なぜその話を? レンリュート様から聞きましたか?」
「うーん、聞いたと言えば聞いたんだけど……トルンカータで今までのことを照らし合わせて思いついちゃった。そこから本を見てね……」
「そうですか」
やっぱりジュハもこのくらいの反応だ。もっと驚くと思ったんだけどな。
「それで、質問の答えですね。アディスの国の跡は一応ありますよ。シディアンとトルンカータに分けられてしまったアディスはそれぞれの国に染まり変わってしまいましたが、火山の麓の一角は昔のままです」
「今もそこには人がいるの?」
「はい。ですが、シディアンとトルンカータの分けた場所の境にあるため大変な思いをしています」
両方からの圧力を受けて尚、アディスを守る人たちを想像する。
「みんな、待っているの?」
何をとは言わなかったが、ジュハには伝わる。
「レンリュート様が望まないなら余計な苦労はかけませんよ」
「でも……リュートは故郷を望んでいるよ」
「それが本当なら、アディスをシディアンとトルンカータから取り戻してまた新たにはじめたい……ですが、戦いになるのは――やはり難しい話ですね」
肩を竦めてみせるジュハの顔を見ていて、私はピンときてしまった。勉強とかでも急に苦手だったことが閃くときあるよね、あんな感じ。
すべての道が見えた!
「ジュハ、お願いがあるんだ」
私の何か企んだ顔にジュハは怪訝そうにしながらも耳を近付けてくる。そして表情がみるみる悪い笑いに変わる。
「それは……上手くいけば素晴らしい」
「うん。最後は派手に行こう! やっと果たされるときがきた!」
私とジュハは、思い立ったらすぐ行動と動き出す。
さっきまで悩んでいたのに、力がわきあがってくる。そりゃそうだ、だって乙女の原動力は恋愛絡みと相場が決まっているのだから。




