つづきは来週で
「アスカ-!」
私の胸に飛び込んできたロウによろめくが、後ろからリュートが無言で支えてくれる。でもこんなことくらいで許してやらないんだからな。乙女の羞恥心を知れ!
あのあと散々師匠に笑われて、ジュハも生温かい目を向けてくれた。さらに恥ずかしかったのは、周りの子どもたちが私に自分たちにもキスしろとせがんだことだ。
リュートの行動は子どもの情操教育にはよろしくないということがよくわかった。だからしばらく反省してもらう。
「ロウ、心配かけてごめんね」
「アスカが無事ならいいの。よかった」
抱きついてくるロウは純真で可愛いな。
「それでさ、この子たちって何?」
子供たちがロウと同じように私の足元に纏わりついてくる。ちなみに師匠の足元には女の子が集まっている。あぁ、今まで気にしていなかったけど師匠が女装していない。また異世界でのイケメン率が上がってしまったな。
それにしても、師匠と幼女……ちょっと危ない雰囲気だな。
「みんなイクス様にもう使えたくないの」
「それで私と師匠に?」
「うん!」
そんなに期待した目で見ないでよ、そしてリュート背後から殺気を出すのをやめてよ心臓に悪い。
「もう~、仕方がないわね。解放はしてあげるけど、連れてはいけないわよ」
師匠は諦めたように、近くの少女に口を寄せている。あぁ、私の師匠が犯罪者になる。
「ダメ――――!」
私はロウを後ろのリュートに預けると、走り出した。
「えっ? なぁに、アスカ」
「そんな何かわかりませんって顔してもダメ! 犯罪です」
「この子たちは使い魔よ」
わかっているけど、じゃあ師匠とロウがキスしていてもなんとも思わないかと聞かれたら答えはノーだ。だから私は全力で阻止する。
「邪魔しないで」
「そうよ、ヴィルヘルム様に仕えるの」
「おばさんは黙ってて」
おばさんと呼ばれる女子高生がこの世に何人いるだろう。私は一瞬立ちくらみにあった。
「わたしに仕えなくてもいいわよ。家にも置いてあげられないし」
「じゃあ、遠くで見守っています!」
「……まぁ、好きにしなさい。それと、そうねぇみんな動物型になってちょうだい。弟子に犯罪者呼ばわりは悲しいわぁ~」
私が衝撃を受けている間にも話は進んでいき、若くてぴちぴちな少女たちは子犬やうさぎ、鳥なんかに姿を変えている。ふふっ、別に恨んだ発言じゃないさ。
「ヴィルヘルムに任せておけばいい」
近づいてきていたリュートは暗に誰ともキスするなと言っている。
でもそれっていいのかな? 一応みんな、私を助けてくれようと動いてくれていたんだよね。
「私も動物型で、そして仕えないっていう条件なら……」
「アスカ!」
「じゃあ、お願いしま~す」
「僕も、僕も」
ロウのポメラニアンみたいな狼姿も可愛いけど、猫も可愛いな。
リュートは怒っているかと思ったが、思ったよりも感情をむき出しにするでもなく呆れているといった感じだ。もはや飽きられたのか、私?
しばらくすれば、師匠の方も終わったらしい。
「それじゃあ、帰りましょうか」
「ヴィルヘルム様……」
切なそうに師匠を見つめる少女たちよ、もっと広い世界を見たまえ。君たちが今まで見てきた者たちは変な者ばかりだよ。
「アスカ、またね」
「何かあったら助けに行くよ」
「ロウも元気でね」
私が担当した使い魔たちは元気に見送ってくれる。うん、また会えたらいいね。彼らになら素直にそう思えるのに、リュート相手だとこうはいかない。どうにも切なくなるんだ。
私は複雑な思いを抱えたまま、師匠の魔法に包まれて懐かしい森へと帰還した。
「そういえばさ……。イクス王子、シディアンが攻めてくるって焦ってたけど今すぐどうにかなりそう?」
私が大暴れした後の収拾が大変でトルンカータが大敗ってのは後味が悪い。悪いのは国民じゃなくて王子だ。
「あくまで俺が調べたことなので、どこまで正しいかわからないですが」
ジュハは不確かな情報と前置きをしてから私の質問に答えてくれる。なんか、前より対応が丁寧になっていないか? 浚われたから気を使ってくれているのかな?
「思っていた戦力が得られなくて、戦の準備はしたものの足踏み状態だとか」
勝ち目が確実でないなら、今のままでいいというのが王の考えらしい。そもそも戦を従っているのは自分の力を見せつけたい王子の考えらしい。
「ふーん。よかったかな? 私としてはどっちの国が得をするのも避けたいし」
「こんな目にあったのに……アスカが優しすぎる」
リュートは私の手当てを甲斐甲斐しくしてくれている。
「レンちゃんたら、アスカのどこが優しいのよ。あんなに王宮をめちゃめちゃにして、しかもイクス王子の急所を――」
「師匠!」
どこから仕入れた情報なんだよ、ずっと一緒にいたはずなのに師匠は私の知られたくないことを知っていた。
「急所?」
「なんでもない。こっちの話。それよりもみんな、助けに来てくれてありがとう」
慌てて誤魔化してから私は改めて礼を言う。
「遅かったがな」
「アスカはさすが私の弟子ね~と思える結末だったわ」
リュートがいて、師匠が笑う。ロウが甘えてきて、ジュハが離れた場所から見守っている。あぁ、戻ってきたなって感じがする。
戻ってきた……そう思って本当にいいのだろうか。私が帰る場所はここではないのに。
私の顔が曇ったのを察したのか、リュートが顔を覗きこんでくる。
「何を考えている?」
「うっ、えっ……エスパー?」
私が悩んでいることなんてリュートにはお見通しなのか。
「エスパー? 俺はアスカのことを考えているだけだ」
それが何を考えている? っていう有無を言わせない質問に繋がるのかい。そうかい、そうかい。
「どうせ帰る場所についてだろう? そして悩んでいるなら俺はつけこむ」
「えっ、うっ……」
なんか顔が近い……近いってば。
「アスカ、帰るな」
いきなりストレートなんてずるい。
リュートはずるい。
勝手に好きって言って答えを求める前にどんどん自分の気持ちばっかり伝えてくる。
怒りは同時に悲しみでもある。
私の答えはいらないの?
「困らせたいわけじゃない」
リュートが苦笑して私の頭を撫でてくれる。
そうじゃない、そうじゃないと伝えたいのに上手く言葉が紡げない。
「悪かった――」
「違う! 困ってはいるよ、でもそれは帰りたい帰りたくないより前の問題。どうしてリュートは私に帰って欲しくないって思ったの? 好きだから? じゃあどうして私が迷うかだってわかるじゃん! なんで聞いてくれないの?」
私を引き止めたいなら、どうして私の気持ちを確かめてくれないのか。結局、リュートは去り行く私に哀愁を感じているだけなんだ。
「聞いてもいいのか? 聞くことを許してくれるか。俺は想っているだけでも十分だったが……」
見つめてくる瞳は真摯に私を捕らえていて逃げられない。
ここで嘘なんて付けない。でも、衆人環視の中で告白なんてできない。さっきからみんなの視線を痛いほど感じている。
「わ、私だって……私だってリュートのこと――っつ、やっぱ無理……次回に続くで」
いい展開で引くのはお約束だよね。一週間、楽しみに待っててよ。
私は次回予告を残し、何度目かわからない逃亡を試みた。




