計画はお早めに
そこは酷い惨状だった。
乱れた寝台には、紐状になった布、鎖といった物騒な物が転がっていてあげく赤い染みが点々と色づいている。
「ここは……」
「イクス様の部屋だよ」
「そうか」
協力してくれた使い魔の言葉を冷静に受け止められたのは不思議だった。ここで何かが起こったのは間違いないのに。
「誰もいないわね」
「ずいぶんと静かですね」
俺たちが使い魔たちの協力で王宮へ入り込んだのはついさっき。それからまだ王宮の誰にも出会っていない。
ちなみにロウは王宮に入れないため留守番だ。イクス王子は元使い魔の侵入は許さなかったらしい。俺たちは侵入できてよかった、さすがに不特定多数を除外することはできないらしい。
「探すぞ」
俺は部屋から出て、王宮内を探索することにする。
「んっ……?」
部屋から点々と続くのは金色の粉。
「金属でしょうか?」
ジュハが隣から覗きこんでくる。
「どこまで続いているのかしら? 追ってみましょう」
俺たちは金色の粉に導かれるように歩いて行った。
☆★☆
あぁ、なんて汚いんだろう。
私の意識は綺麗だった衣装についた血を見て覚醒した。
体中が痛いのはどうしてだろう? どうも記憶がはっきりしない。周囲を見渡せばずいぶんと荒れている。
「……ここどこ?」
確か私の記憶では、最後にいたのは不本意ながらふかふかの寝台の上だった。
固く握りしめていた手の力を緩めると、手の内からさらさらと金色の砂のようなものが零れ落ちていく。
「あっ……腕環」
そういえば、いつかテレビの超能力番組で砂を使った催眠術を見たことがあったな。それと同じ原理ではないだろうが、私はすべてを思い出した。
「さぁ、これで集中できる」
そう言ったイクス王子に対して、私は言葉では言い表すことのできない激しい怒りに燃えていた。そう、目の前が真っ暗になり前後不覚に陥るくらい。
さらに幸運なことに、金属の壊れる音は腕環の音だけではなかったらしい。
「人の大切な物壊しておいて……覚悟はできているんでしょうね」
こんなに低い声が出るとは知らなかった。
「覚悟? それが必要なのはアスカ――うごっ」
私は頭上に纏められていた手をただ上に動かしただけだ。至ってシンプルな攻撃。でも相手はまさか手が動くなんて思っていないから不意打ちになったようで、高い鼻を押さえて悶えている。
うわっ、鼻血が出ているんだけど。汚いな。
「大体さ、ライバルに勝ちたいのに子ども? あぁやだやだ男としてちっちゃいよ」
相手は痛がっているが致命傷ではない。反撃されれば危険だ。
いくら私が鍛えていようと男と女の力の差は兄たち相手に勝てたことは一度もないため知っている。
だからここは間髪入れずに一撃必殺の技だ。
兄たちがしつこく教えてきたこの技を使うことになるとは……できれば使いたくなかった。だって気持ち悪いじゃないか。
「えいっ」
勢いは大切だ。感触とか考えてたらとてもできない。まったく乙女に何させてんだ!
思い出せば、すぐに周囲の状況に納得がいった。あれから、私はずいぶんと暴れたようだ。もう返り血がイクス王子の鼻血なのか、別の人のものなのかわからないや。
叫び声を上げて悶絶するイクス王子の声を聞いて駆けつけた者をぶちのめす。よくわかんないけど、力が溢れてきていた。手首の痣が消えていたのも関係あるのかな?
手が付けられない私をどうにかしようと奮闘していた人たちも諦めて、どこかへ避難してしまった。
私に残ったのは粉々になった腕環の欠片だけ……。
「……さて、帰るか」
思いがけず魔法封じも解けたことだし、仕返しとして、王宮半壊は十分だろう。っていうかイクス王子はどこへ行ったかな?
「アスカ!」
私を呼ぶ声は幻聴だろうか? まだ私ってば夢の中?
「アスカがいたわ」
「アスカ、アスカ!」
師匠の声までした。私って夢にみるまで師匠のこと思ってたかな? もしかしてじゃあ、もう一人の声の主も現実なのだろうか。
ちょっとぼうっとしていた隙に、体が軋むほど強い力で拘束された。攻撃? まだ残党がいたっていうの? いや、違うのはわかっている。何度か触れたことのあるこの人の体は誰か私は知っている。
「……リュート?」
「やっとここまで来られた。助けに来た」
リュートと師匠、それにジュハまでが私を助けに来てくれたらしい。ロウがいないのは、王宮に入れなかったのかな? その代わり、ロウと同じくらいの子どもが数人うろうろしている。
「遅いよ。もう終わっちゃった……腕輪も壊されちゃった」
「腕輪くらい……アスカが無事ならいい」
安心したのか、私の体から力が抜けてリュートによしかかる形になる。そんなことでリュートはよろけたりしないけどね。
「これは酷いわね~。修復にはお金も手間も時間もかかるわよ」
「戦どころじゃないですね」
「あら、つまらない? ジュハはちょっと暴れてやりたいと思ってたんじゃないの?」
師匠の口ぶりから、リュートとジュハの正体を知ったような素振りが見受けられる。カミングアウトしたのかな? でも私が知っているとは思っていないだろうから知らない振りでもしておくか。
「こんなものでアスカは仕返しとして十分なのか?」
リュートの目はトルンカータを滅ぼさん勢いだ。かつての復讐のためではなく、私のために怒ってくれているというだけで優越感を感じる私はどうやら本当にリュートのことが好きみたいだ。
「んっ、もう満足。乙女になんてとこ蹴らせてくれたんだとは思うけど、まぁいいや」
「なんてとこ……? それは……」
「やっ、そんな口にするようなことじゃないっていうか。そんなことどうでもいいじゃん。こんなとこから早く帰ろう、ロウにも会いたいし」
余計なことを言った自分の口を呪いたい。リュートに私がピー(自主規制)蹴りをしたこ
となんて知られたくない。
「イクス王子……いやあの変態に何かされたのか! やっぱり」
やっぱりってなんだよ。気になるな、でも何もされてないもんね……危機一髪だったけど。
「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけてーそーの危機だっただけで、制裁は加えたよ。それにしても疲れた~。早く休みた――むぐっ……んっ…………ちょっと……リュ……っ」
私の信条の一つに最近加わっていたことが、リュートによって破られた。
「人前でキスするな―――――!」
思いっきり抵抗すれば、私の攻撃にリュートが眉を寄せる。
あれ? 効いている? 私はもうパワー切れしてたのに……。
「疲れたと言っていたからな」
私の疑問を読みとったのか、リュートは涼しい顔で言い放つ。くそっ、キスして悪いと思っていないな。
それにしても、そういえばキスして魔力を移すとかそんなのもあったな。私は思わず遠い目をしてしまう。
「まぁ、魔力をやるためにしたわけじゃないけどな」
ならどうしてだ……いや、聞かない方がいい。だって私はまだ心の準備ができてないんだから――
「アスカにキスしたかったから。アスカが好きで、ずっとここにいて欲しいからした」
あぁ、言っちゃった……私はこんな状況で逃げられないじゃないか。ということは顔がにやけるのも、嬉しくて涙が出そうなのも隠せないってこと。
同意を示すのは簡単だ。でも、私にはそれができない理由がある。だって、元いた世界だって大切だ。恋愛と家族を天秤にはかけられない。
だから私は答えから逃げる。この誰にでもすぐに答えがわかってしまいそうな顔を隠すために、リュートの胸にすり寄って。
「まだ……まだ疲れているから寝る」
こういう恥じらいは美徳なんだぞ、だけどリュートはこれを情熱的に解釈した。
「足りないならいくらでも……」
私はまた信条を破ってしまった。もう、これはずした方がいいのかな、だって嫌じゃなかったんだもん。




