潜入! 男だらけの騎士舎
落ち着いてみると、異世界の風景はまさにファンタジー。目の前にそびえ立つ城に私は思わず息を飲む。
「改めて見ると凄い……」
「ん? 何がだ?」
「お城。私の住んでいたところにはこんな建物はないもん」
外国へ行けばあるだろうが、私はあいにくと見たことがない。日本にも城はあるが、この世界の建物とは異なる。
というわけで、私の城の知識など某ねずみの国の中央にたたずむお城しかない。
「城がないのか、なら王はどこに住んでいる?」
リュートの質問に答えるのは難しい、というか面倒だ。王の有無、魔法の有無、生活水準の違い。きっと語り始めればきりがない。
「色々と違いがあるのよ、詳しいことは後でね。それよりもこんなに堂々と歩いて大丈夫なの?」
私はびくびくしながらリュートの少し後ろをついて回っている。だって王に始末しろと言われた私が生きていたら問題あると思うんだ。
「そんなにこそこそする必要はない」
「えっ、だって私死にたくないよ……あっ、もしかして自分は面倒くさいからって誰かに発見させて代わりに――」
「ほらっ、着いたぞ」
私の話を無視してリュートが指し示したのは一つの建物。
「……古い」
煌びやかだった城から考えると異彩を放つ目的地であろう場所に私は一瞬固まってしまう。
我が家は父の頑張りで新築住宅だったから、綺麗さは断然勝っている。負けているのは大きさくらいか。私の呟きにリュートは苦笑している。
「ここは第二騎士舎だ」
「騎士舎! ダメだよ、見つかったら私どうなると思ってるの」
「誰も気にしてないから大丈夫だ」
さっさと歩いて行こうとするリュートの服の裾を掴んで私は必死で止める。何が大丈夫なのか説明してもらわないと納得できない。
「待って、待って。気にしないわけないでしょ、さっきの場所にたくさん騎士がいたじゃん」
リュート以外の騎士は王子と一緒に移動してしまったが、いずれ戻ってくるだろう。
「あの騎士たちがここに来ることはない。だから見つからない」
「来ない?」
「あぁ、ここは第二騎士舎と言っただろう。他に第一騎士舎があるからな」
王子の取り巻き騎士が来ないのは良いとしても、私にとってここが安全かどうかはわからない。そんな私の不安をリュートはわかってくれたようだ。
「大丈夫だ。説明が足りなかったな……第二騎士舎はまぁ、いわゆる出世からあぶれた者の場所だからな。誰もわざわざ関わろうとしてこない」
「うーん……私は信じるしかないんですけど……」
それでもやっぱり怖いものは怖い。さっきたくさんの剣が突き付けられたときは突然のことでそこまで感じなかったが、今思い出せば震えてくる。
「それにここにいる奴らはやむなく王宮騎士をしている腕はいいが訳ありばかりだから人のことは詮索しないし、王子の味方をするものもいない」
国に忠誠心のない騎士ってどうなのよとも思うが、今はそれがありがたい。
「わかりました。信じるよ、リュート」
「あぁ、一つ問題は女性禁制なんだ」
さ して問題でもないように言うリュートだが、これは大問題だ。
「私が男に見えると? わかってる? 私、女だよ」
まさか目の前の男は私のことを男だとでも思っているのかと詰め寄ってしまう。
「わかっている。だが、さして問題はない」
「も、問題あるでしょ!」
「いや、誰も監視する者はいない。皆、自由に女性を呼んでいる。アスカも冷やかされるのさえ気にしなければいい」
廉と付き合いはじめて、クラスで騒がれたことが頭をよぎり私は思考を打ち消す。あれは痛い思い出だ、もう忘れよう。
「それはいいけど、リュートはいいの?」
異世界で騒がれようと何も恥ずかしくない。しかもリュートはイケメンだ、嫌なことはない。だが、反対はどうだろう?
こんなちんくしゃと騒がれたくないと思われていたらどうしようと考える。
ここ最近の出来事で私はすっかり卑屈になっている。
「俺は別にいい。俺はこういった類いのことはしないから、みんな面白がるだろうがそれだけだ。問題ないなら行くぞ」
「わっ、待って……心の準備が」
私は慌ててリュートの背中を追い、古ぼけた建物に足を踏み入れた。
「おっ、お勤めごくろーさん。お前も大変だよな、王子の相手とか」
「別に俺は適当にやっているさ」
「ふーん、俺はあのいかにもエリート面した取り巻き騎士を見たら切り掛かりたくなるな」
「相変わらず血の気が多いな、じゃあな」
建物に入ってそうそう出くわした男は大きかった。リュートの背も高いが、この男は熊のようだ。ここまで大きいと私の存在は見えないのか、私はまったく話題に上がらない。
「あぁ、じゃあな――で済むと思うなよ。誰だ、この嬢ちゃんは」
「拾った」
「拾ったって犬、猫じゃないんだから……なんかあったのか?」
心配そうに見つめてくる男はごつくていかつい顔をしているが目の色は優しい。何より本気で心配してくれているのがわかる。
「あ、あの。私はリュートに助けてもらって……」
「細かい話は後だ。とりあえず部屋へ行くぞ」
ギシギシと鳴る廊下を私は黙って着いて行くしかできないが、最初に会った男が優しかったためかいつの間にか緊張は解けていた。リュートの言う通り、すれ違い際にひやかしてくる者たちにも余裕で応じられる。
「ここだ――ってなんでシリスがここにいる」
「ん? おかえり。どうしてかと言われれば、もうすぐリュートがお客さんを連れてくると思ってさ」
部屋には小柄な男――と呼ぶより少年に近い顔立ちの者が四つお茶を入れて待っていた。
「……情報が早いな」
「まぁね、さぁ座りなよ。ゲイルが一緒に来るのも計算済みだから準備万端だ」
部屋の主ではないはずなのにとリュートを見上げれば、諦めた顔が浮かんでいる。結局、私たちはシリスという人の言う通り部屋に入りお茶を前に座った。
部屋は簡素な造りで立て付けが悪いのか、風が強く吹くと窓が揺れる。良く言えば味がある、悪く言えばボロ屋敷と私は失礼ながら思ってしまう。
「こんな場所で驚いているでしょう? でも王子と共に王宮に行くよりはずっといいと思うよ」
私の部屋を観察する様子を見たシリスが柔らかく笑いかけてくる。中性的な笑みはどこか妖しくて私はドキドキしてしまう。
「あぁ、あの王子が召喚するとか言っていた被害者か」
「正確に言えば被害者たちだけどね」
このシリスという人はここまで至る経緯をすべて知っていそうだ。
「冗談! 美麗は十分加害者よ」
「それは王子が新しく手に入れた者の名前? 君と一緒に呼び出された子かい?」
「そう。被害者は私よ、絶対に許さないんだから! 王子はもちろん美麗もね……三倍返しよ」
私は思い出した信念に拳を作る。
「三倍返し?」
怪訝そうな顔をするリュートに私は勢いのまま説明する。
「貰った物に対して三倍返しにしてもらうとか、私の国では言うの。だからされた仕打ちに対しても私はそうするの!」
「へぇ、異世界は興味深いねぇ。贈り物に三倍返しかい」
「男性が女性に返す場合ですけどね」
女性が三倍返しにしてあげるという話はあまり聞かない。
「なるほど、どこの世界も男性は女性を口説くのに必死ってことだね。異世界のことも気になるけど、今は現状を整理することが先かな?」
「そうだな、ちょうど昼休みだ」
シリスの提案にリュートが了承したため、私は一旦怒りを静めて少し独特な香りのするお茶を飲み干した。