シュプレヒコールをあげろ
今更なんですが、明日香の話をとんでもないところで切って申し訳ありません。みなさん、私が考えていたよりも気にしてくださっていたようで罪悪感が……とは言いつつまだリュート視点は続くわけなんですが、あと1話と半分です。できたら、早めに更新できたらなと考えています。
「ようやく戻ってくれる覚悟をしてくれたのですね、レンリュート様」
俺の睨みなど、まったく気にせずにジュハは跪いてくる。
どうやら、俺の目的は一つという発言に勘違いをしているらしい。
「ジュハ、俺の目的は国じゃないぞ」
「……ついでに乗ってくれるかと思いましたが、駄目ですか」
ジュハは諦めていないのか、体勢を崩さない。
そりゃあ、ジュハだってただ俺を懐かしんでここまで着いてきたとは思えなかったが、今さら王子として祭り上げられるとはこちらも考えていない。
「ついでってなぁ……そんな軽いノリで乗れる話じゃないだろう」
ちょっと呆れた俺だったが、ジュハは至って真面目に続ける。
「軽く言わないと、絶対に考えてもくれないのでは?」
「当たり前だ。軽々しく口にできる話題じゃない」
「別に何か望んでいるわけじゃないんです。ただ、生きているというだけで希望になるんですよ」
今回のジュハはしつこい。しかも希望などと……。
「感傷に浸り、生きていればいいなと思ってくれているだけだろう。本当に俺が現れたら困惑する」
そう、死んだと思っているからもしも生きていたらという希望になる。本当に生きていたら、今の平和は崩れてしまうのだから困るだろう。
「そんなことありません。民は望んでいま――」
「ジュハ、もういい。俺は今ある平和を壊すつもりはない。ここで立ち上がるのはアスカのためだけだ!」
はっきりと言い切れば、ジュハが顔を歪める。
「まーまー、二人とも落ち着いて。どっちの言い分もわかるけど。でも、さっき言った通りトルンカータを刺激しない方がいいわ」
熱くなってしまった俺たちをヴィルへルムが宥めてくれる。
「別に戦いたいわけじゃないですから引きますけど。今言ったことは覚えていて欲しいです」
ジュハが譲った形になっているが、これは後々何か言われるだろう。
「希望という話なら忘れる。俺はいない方がいい。中途半端な希望はすべてを失うことに繋がる」
もし俺がアディスの王子と名乗ったら、戦いが起こってしまうかもしれない。例え起きなくても、いつかそうなるという疑念を与えるのだ。不安の芽は潰される。
俺はこれ以上、アディスに関わる何かが失われるのを見たくない。
「そんな、俺たちは――」
「ねぇ、もういい? 僕、トルンカータに一人でも行く!」
ロウは今にも飛び出しそうなので、慌てて足を掴んで止める。案内役は必要だ。
「今すぐ行きたいのは俺も同じだ。ちょっと待ってくれ」
ここで話を終わらせてもいいが、ここまで真剣に向き合ってきたジュハにはしっかりとした言葉を返すべきではないか。それが例え臆病な発言だったとしても。
「俺はアディスの民が一人でも幸せに生きていてくれればいい。虐げられているなら、できることをしよう。だが、悪戯に煽るのだけはいやなんだ」
「……わかりました。アディスの民の幸せのためなら、アスカ……いやアスカ様も助けなくてはいけませんね」
「アスカ様などと言ったらおかしな目で見られるぞ」
「構いません。あなた様にとって大事な人……幸せには必要な人なのですから。王子とて民ではないですか」
ジュハの想いをアスカに教えるつもりはないが、俺は絶対に忘れない。
「よしっ、いい感じでまとまったところで乗り込みましょうか」
「いくぞー! アスカ、待ってて」
ヴィルヘルムの掛け声とともに、ロウが遠吠えのようによく響く声を上げる。
「アスカを助ける!」
「アスカを返せ」
「変態からアスカを守れ」
「レンリュート様の想いがアスカ様に届け」
「アスカを返せ」
途中ちょっと違う叫びも混ざっていたような気がするが、俺たちは抗議運動のように目的を掲げて気持ちを高ぶらせる。
「準備はいい?」
俺たちが頷いたのを確認すると、ヴィルヘルムが片手を上げる。
アスカのように光が溢れるわけでもなく一瞬で、俺たちは木漏れ日が差す森から灼熱の国へと移動していた。
「トルンカータって暑いから嫌なのよね。ドレスが着られないわ」
いつの間にかヴィルヘルムが着替えを済ませていた。しかも、ドレスではない男物の衣装。
ゆったりとした紫のローブに金の帯と一見嫌みにも見える色合いが笑えるほど似合っていて、しっかりと装飾品まで身につけてトルンカータの民に溶け込んでいる。
「その格好で女言葉か……」
褒めるのもなんなので、口から出たのは否定の言葉。だが、ヴィルヘルムはまったく気にしていない。
「美しく見えればいいの、どんな話し方でも関係ないわ」
「僕もこっちがいいかな」
ロウも一瞬で着替えを済ませる。魔力はあるが、術を使えない俺としてはちょっとだけ羨ましい。
まぁ、剣を持たせてもらえただけいいとしよう。アルベール王子としては、魔法を覚えられては厄介だが、従えている者が剣を持っても痛くも痒くもなかったのだろう。
「レンちゃんたちも着替えた方がいいわね。目立つし、暑いでしょう?」
アディスも火山の地熱から暑い地だったが、トルンカータはその比ではない。隣り合った国でも、気候はまったく違うわけだ。
「王宮に報告がいったら大変だからな」
「そうよ。これから忍び込まなきゃいけないのに、悪目立ちは駄目よ」
人通りが少ない場所を選んで移動してくれたのか、単にヴィルヘルムが想像しった場所が閑散とした場所だったのか、ここには人が少なかったがそれでも俺たちは目立っている。
だが、それは衣装のせいだけではないだろう。
異国の格好をした剣を携えた者二人、自国の衣装に身を包んではいるものの年齢のかけ離れた、しかし親子にはまったく見えない男と少年。
我ながら怪しすぎる。
「魔法でなんとかできないのか?」
買いに行くなんて行動は一番目立つ。できれば、ここで済ませたい。
「なんでもいいの?」
ヴィルヘルムの目が光ったのは気のせいだろうと思いたい。
「あ、あぁ……」
「じゃあ、踊り子と歌姫どっちがいい?」
自分はいつもの女装を止めているのに、俺たちには女物を勧めてくるとはおちょくっているとしか思えない。
「ふざけるな」
「あら、わたしは本気よ」
「余計目立つだろうが。それならこのままの方がマシだ」
いきり立つ俺とは反対にジュハは無言で立ち尽くしている。一度経験してしまった俺と違ってジュハには免疫がない。きっとさぞ驚いていることだろう。まさか、嬉しがっていやしないだろうしな。
「これもレンリュート様のためなら……」
遠い目をしたジュハが間違った道へ引きずられそうになっている。
「ほら、ジュハが本気にするだろう。早くしろ、協力してくれる気がないなら俺たちだけでなんとかする」
慌ててヴィルヘルムに注意すれば、はじめからそのつもりだったように俺たちを男物の衣装へと変えてくれる。
「空気を和ませようとしてあげたんじゃないの」
「自分も着ないような物など、俺たちに勧めるな」
着たからといって勧めてもいいわけではないが、まぁ意味は通じるだろう。
「トルンカータの衣装は色っぽくて魅力的よ。でも、アスカを助けるためには動きやすくないとね。すべてが終わったらその姿、見せてあ・げ・る」
「とりあえず、こっちに来て」
ヴィルヘルムの言葉をどうやって乗り切ろうと思ったが、ロウが無視する形で俺たちをどこかへ案内する。よかった、助かった。
そして、待っていろアスカ。もう、近くまで来ているから。




