囚われのヒロインは似合わない
「どういうつもりか知らないけど、さようなら」
変態と長く話したところで無意味なことはわかっているので、私はさっさとおいとますることにする。
「ふふっ、はは。どこに、さようならなんだ?」
この笑い方は変態しかできないと思う。
私は悠長にそんなことを考えていた。だって今の私には移動魔法がある。
「さて……どうやって従わせようか」
変態王子もといイクスは顔立ちこそ悪くない。むしろ良い方だと思う。思えば異世界で出会った人の大半が美形、これは地球のレベルが低いのかこちらの世界の突然変異か。
リュートは黒髪黒目だが日本人とは違う彫りの深さを持った精悍な顔立ち。
アルベール王子は金髪碧眼のもろ王子様ルック。ちなみに性格が悪いからプラマイゼロだ。
そして、目の前にいるイクス王子は銀髪。繊細な髪とは反対の濃い目でエキゾチックな顔立ちは、変態にはもったいない。
「従わないし」
頭の中にあるイケメン図鑑のページは増えたけど、ついでに人生経験も増えた。そしてたどり着いた答えは、人間は顔よりもずっーと大切なものがあるってこと。性格とか性格とか性格ね。
「そう言っていられるのかな?」
嫌な笑い顔に耐えられないため、私はそうそうに帰ることにする。
「もう会うこともないよ、じゃあね」
さっき思い浮かべたように行き先を強く念じる。そうすれば光が出て帰ることができる――はずだった。
「何で? 帰れない」
イクスが余裕だったのは、私が戻れないのを知っていたからか。
「勝算なしでは喚ばないさ。ただでさえ、入り込むのは難しい魔法使いの森にいたんだから」
「どうして、私は帰れないの」
「帰れないだけじゃないよ。魔法も使えない」
「へぇ」
魔法が使えないと言われてもあまり驚きはしない。だって元々魔法に頼った生活なんてしていないし、そもそもたいして使えない。ただ痛いのは移動できない、それだけだ。
「反応が薄いな。もっと喚き散らして罵りの言葉を期待したのだが……」
「言っても効果なさそう……」
ここで叫んで喜ばせたら負けだ。
「どうするつもり?」
冷静に尋ねればつまらなそう。本当に変態だな。
「キスは……危険だな。自ら私を好きになって従うようになればいい」
百パーセントのゲージぶちこわしてありえない。
あぁ、そういえば前にリュートが気合いで魔法を解除していたな。気合い、気合い……こんな変態のところにいたくない!
ちょっとだけ光が瞬いた。
「いけるかも」
私の体がふわりと浮かぶ。この感覚なら大丈夫。
「ぐえっ」
思い描いている姿と現実が少々異なるのはよくあることだ。
ぺしょっと床に投げ出された私は大理石の床に鼻をぶつけて泣きたくなった。
「そう簡単に封じた魔力が戻ることはない」
いつの間にか付けられていた魔法を封じる痣が手首に赤く浮き上がっている。
こういうことは私じゃなくて、アルベール王子にすればいいじゃないか。
「まさか、この術がかけられるとはな。魔力が高い者は防衛に優れているが、お前は無防備すぎだ。直接触れれば簡単に封じられた。問題はヴィルへルムの領域に入り込むことくらいだった」
移動魔法くらい高度な魔法が使えるのに不思議だったと続くイクスの言葉に私は肩を落とした。師匠、基本から教えてくださいよ!
できる人は教え方が下手だというのは、半分妬みかと思っていたが案外本当かもしれない。きっとできて当然と思うのだろう。
せめてもの救いは、魔力を封じられていてもキスで従わせることができないこと。これは助かった、と同時に自分の力量を知り無闇に手を出してこないイクスが慎重派だということがわかる。考えなしよりもずっと逃亡は難しいだろう。
なんか鼻につんときた。さっき打ったところが痛んでいるんだ、決して弱気になっているからではないよ。
「泣かせたいわけじゃない、むしろ逆なんだが……でも、これも悪くない」
「誰が泣いてるか! あと気持ち悪い!」
イクスの反応に私は鳥肌を立ててしまう。そして腹立たしさも同時に沸き起こってきた。
魔法が使えなくたって私にはこの拳と足がある。
「とりゃー」
思い立ったらすぐ行動。暴れるのに理由は要らない……いや本当はいるけど、私には理由もあるし。理不尽な誘拐には屈しない!
高そうな壺を蹴り倒し、絵画に拳を入れる。突然暴れだした私にイクス王子はさすがに慌てている?
「物にあたるくらいなら、私にあたればいい」
本当、変態は死んでも治らないと思う。
「私を元の場所に戻せー!」
落ち着いたというか、羨ましそうにしているイクス王子の望み通りに攻撃を与えるのは癪だったが、怒りの矛先はもう逸らすことができない。だってもう部屋はめちゃめちゃで壊す物もない。どれだけ暴れたか、詳しくは想像にお任せする。
「守る」
「わっ!」
イクス王子の前に立ち塞がったのはロウよりも少し年上くらいの少年。子どもを盾にするなんて卑怯すぎる。慌てて振り上げた足を止めたとき、不穏な音がする。
ガチャンと金属が鳴る音は耳触りで不快。そして、足が重いのはもっと不快だ。
「な、何これ!」
「いつまでも暴れられたら財政破たんするからな」
一応ちゃんと考えているんだって感心している場合じゃない。これ足かせだよ、鎖だよ正真正銘の変態アイテムだよ!
「イクス様に近づくな」
元ロウの同僚って感じかな。使い魔の生態はそういや謎だな。
「下がっていていいぞ」
命じられればすぐに子どもの姿は消える。
「外して」
「外すとでも?」
足かせと言っても魔法を使った道具なのだろう。いつものような軽い動きが制限されてしまう。
「羨ましいくらい似合うよ」
これほどまでに嬉しくない褒め言葉がかつてあっただろうか。
「いい加減にしてよ」
「何がだ? アスカを引き止めるためにすべて必要な処置だ」
あくまで冷静な応対はただの変態とは思えない。本性はどっちだ……。
じっと見つめても答えはでないが、わかることは一つ。騒いでいるのは私だけで、イクス王子は何一つ動じていない。それはすべて計算通りということか。
「もう終わり?」
「暴れても帰れないことはわかった」
イクス王子と対峙するには力ではないものが必要だ。
「ふーん、つまらないな」
「なら、帰して」
「それは無理。欲しかったものを手に入れて簡単に手放すとでも? シディアンに一人、今後を左右するだろう女がいるんだ。それに振り回されるつもりはないから、こちらも手札を集めないといけないからね」
美麗の力に対抗したい……ということはシディアンとトルンカータは戦うことになるのだろうか。
「手札には加わらない」
「そこを何とかするために、私が動くまで……んっ、この腕環は」
イクス王子が目を留めたのは私の腕環。盗られると思って腕を反射的に引っ込める。
「火山に消えた国のでしょ。見捨てた物が気になる?」
皮肉を込めて言えば、少しだけ顔を顰められる。
「さぁな。だがいい品だ……私も何か贈ろう。アスカの気持ちが変わるようにな」
勝手に呼びだして、勝手にイクス王子は出て行ってしまう。いや、一緒にいて欲しいわけでもないけどさ。
あまり動きまわることはできなくなったが、その分大人しくしていれば自由にはしていていいらしい。
私はとりあえずこの場所について知り、機会を窺うことにした。




