伸ばした手に絡んだのは希望と絶望の糸
リュート視点です
アスカといると退屈なんて言葉を忘れてしまう。今まで身を潜めて生きてきた世界が一気に広がった。この世界を知らないアスカから教えてもらった世界は心地よかった。
「レンちゃんて、過保護よね~」
アスカの師匠であるヴィルヘルムは変り者だが、魔法使いとしては一級。俺にいちいち構ってはアスカとのことをつついてくる。無自覚に弟子を可愛がっているところが厄介だ。
「当然だろ」
牽制を込めて宣言しておけば、アスカが起こした魔法の失敗を理由に接触禁止を言い渡される。師匠とて油断はできないと俺は心に留め置いた。
その後もアスカの修行は順調に進む。
遠目の魔法でミレイを見たがずいぶんと好き勝手に生活しているようだ。
「どこにそんな魅力があるんだろう……」
ミレイを見て呟いたアスカの言葉に激しく同意する。
「美味しいからよ」
ヴィルへルムの答えにぎょっとするアスカ。言葉が足りないのは絶対にわざとだろう。
ミレイの魔力が王子に流れるのは面倒だと考えていたらヴィルへルムがアスカを口説いている。
「アスカくらい面白くないと駄目ね」
焦ってアスカの反応を見れば、複雑そうな顔をしている。よし、最悪な事態ではなさそうだ。俺は安堵の息を吐いた。
しかしそれの仕返しなのか、ヴィルへルムは後日とんでもないことを言い出した。
使い魔について話しているとヴィルへルムが邪魔してきた。アスカは師匠がなぜ使い魔を持たないかに興味を持ってしまった。
「使い魔がいないのは従えたものへの責任が生じるから」
懐へ入れたものは守らなくてはいけないと言うヴィルへルムはアスカも守ると言っている。
「師匠、格好いい」
アスカがヴィルへルムを褒めるのは非常に悔しい。それなのに「綺麗と言いなさい」と不満そうなのは間違っている。
「師匠ってもてそうだよね」
アスカの言葉にどう答えたらいいか迷っていたら「この格好じゃなきゃね」と囁いてくる。ドレス姿である限り、ヴィルへルムは敵ではないわけだ。よかった。安心したのもつかの間、話は何やらおかしな方向にもつれる。アスカのドレス姿は見たいが、俺はお断りだ。
「乙女の聖域に手を突っ込むなー!」
アスカの危機! 俺は自分の格好を忘れて走った。
「大丈夫か」
「……何それ」
アスカの冷たい視線は俺の胸に突き刺さる。ヴィルへルムに施された胸が憎らしい。こんな偽物より、アスカの方が何倍も価値があるのに。
それを証明するために俺は気力で魔法を破った。これがドレスアップ効果なのかは謎だが、アスカのドレス姿が見られたからよしとしよう。
アスカの修行は多岐に渡る。今日はホレ薬を作るようだ。
だが張り切っていたのはほんの数日。すぐに迷うような表情を見せる。
アスカは感情を顔に出してしまうのでわかりやすい。きっとホレ薬なんて駄目だと考えはじめているのだろう。こんなのただの気休めなんだからアスカの心を煩わせるものではない。
予想通り、薬を使うのを阻止しようとするアスカに着いていけばロウにいいところを奪われる。俺は飛べないから走るしかない。
たどり着いた先で、俺は懐かしい顔に出会う。
「レンリュート様……」
相手が絶句している間にアスカたちが来てしまう。余計なことは言わないでほしい。
「あなた様がどうしてこの国に……」
「旧友に会えてびっくりしている」
懐かしい再会相手、ジュハにはもう自分は敬われる立場ではないことをやんわりと告げる。これでもう余計なことは言わないだろう。俺たちが話している間に、アスカたちは何やら揉めている。そして、俺とアスカの共同作業で作られた薬が地面に落ちて零れる。もったいない。
その直後、ジュハは薄く笑っていくつかの言葉を吐き出した。
小狡い国、変わらない、迷惑。どれも薬のことを言っているようで言っていないと俺にはわかる。そもそもジュハはその職から薬は効かないのだ。
アスカも令嬢に対しての言葉はまったく関係ない私情を挟みまくっていると感じたのか勢いで怒っている。俺はアスカに言われた通りジュハを宥める。
「腹が立つのはわかるが彼女は関係ない」
「わかっています。けれど感情を抑えることはまだ出来ません」
ジュハは俺のように諦めの境地をたどらず、怒りを未だたぎらせている。どちらが正解というものはない。ただ一つ言うならば、もう終わったことだ。
それからいくつか言葉をかわしてジュハと令嬢の件は終わりになる。そうしてジュハは俺に着いてくる。ジュハの目的は俺だから当たり前だ。アスカがおかしく思わなければいいと俺は容認した。
ヴィルへルムが歓迎してくれてジュハが日常に入り込む。決して不快なわけではないのだが、なんだかその分アスカとの距離が遠くなった気がする。
そう感じたのは間違いではなかった。アスカがミレイに会いに行くと言い出した。しかも俺が着いていくと言ったのに、ロウだけを連れていった。この屈辱たるや何たることか。
落ち込んでいると、アスカは俺が待っていると頑張って帰って来ることができると嬉しいことを言う。
待っている間はかなりやきもきさせられた。ヴィルへルムにからかわれ、ジュハに呆れた目をされたが、そんなことは構わない。
「はぁ……ただいま」
なぜか力なく戻ってきたアスカに俺は駆け寄る。
どうやらミレイはまたアスカを悩ませたらしい。それにしても結婚とは、王子にそんな甲斐性があったとは知らなかった。
まぁ、王子のことはいい。疲れているアスカに休むことを勧めるがヴィルへルムに邪魔されてしまう。
アスカと師匠の秘密の会談の後、アスカは元気を取り戻す。いつも以上に励む姿を見て、俺は別れを確信したしそれは間違いではなかった。
「帰るの嫌だ!」
駄々をこねるロウを宥めてアスカを送り出す言葉を吐く俺は嘘つきた。帰るのが当然だなどと本当は割り切れない。だが、帰った方がアスカのためになる。ただそれだけのこと。
「帰って欲しかったら、私と勝負しろ」
アスカの言葉の意味がまったくわからない。それでもアスカの勢いに押されて俺は剣を構えていた。
最後の思い出に勝負ということなのか? それなら俺も真剣に立ち向かわなくてはいけない。怪我をさせるつもりはないが、手は抜かない。
突然、アスカが動きを止める。
「アスカ?」
次のアスカの行動はまったくの予想外だった。
「お返し」
一瞬触れたものが何であるか、理解するまで数秒。その間にアスカは逃亡をはかる。
このまま帰らせてなるものかと俺はアスカを追う。
光に包まれて、二度と会えない場所へ逃げられたと思ったが激しい音とともにアスカの体が揺れて俺の腕に落ちてくる。
平常心を保てないのに魔法を使うなとヴィルへルムが師匠らしく説教している。アスカは反省しているようだが、俺とは目を合わせない。あげく、ロウを連れて逃げていった。
「そのすごい顔をなんとかしてください。俺が呼んできますから」
ジュハが俺に使われるようなまねはもうしなくてもいいのだが、今回ばかりはありがたくお願いする。
そうして優秀なジュハのおかげで俺はアスカと話せている。
アスカが語るのは今までの礼だけ。肝心なことは何一つ切りだしてこない。だから俺はそれだけかと問いかけた。
「リュートって淡白なんだってわかったから忘れたふりしてくれてもいいじゃん」
まったくもって心外だ。アスカには心を尽くしているつもりなのに、もしやまだ足りなかったのか。
「だってあんなに構って甘やかしてきて、しかも……キ、キスしたのにあっさり帰れって」
それは、俺に引き止めて欲しかったということだろうか。その権利を有しているなら、遠慮はいらない。
「俺はロウのように聞き分けがよくないぞ。ミレイのように帰らずここに留ま――」
「美麗のこと忘れていた!」
一番重要なところでアスカが逃げようとする。今度こそ逃がさない。
必死に追いかける俺と逃げるアスカ、そしてそれを笑って見ているヴィルヘルム。
アスカの体が宙に浮き、光に包まれる。移動の魔法を使うようだ……だが、様子がおかしい。
「これ何! 私じゃない、助け……」
「どうしたの……あら、この魔力は。どうやって入り込んだの! アスカしっかり」
何が起こっているかよくわからないが、アスカが危険なことだけはわかる。
「アスカ!」
伸ばした手を掴もうとアスカも同じように手を伸ばしてくれる。
しかし、その手を掴むことはかなわずにアスカの姿は消えてしまう。
掴みかけた奇跡が、手のひらから零れ落ちた。茫然としてしまった俺に残ったものとは一体何だろうか。




