真っ当な人はまず自己紹介から
「よく見たらイケメン……」
「いけ、めん?」
鎧の男の顔を間近に見て、私は思わず呟いてしまう。
「あっと、こっちの話です。それでこれから私はどうなるんですか、鎧さん」
とりあえず一番の心配を尋ねてみた。
「鎧さん……俺のことか? 俺はレンリュートだ」
「レンリュートさん……ちっ」
「なぜ今舌打ちした?」
耳聡い鎧は私の舌打ちを聞き逃さなかった。
「……ちょっと嫌いな奴の名前に似ていて……レンリュートさんと比べるのもおこがましい奴ですけど……」
何を隠そう私の三日だけいた元彼氏は廉という名前だ。聞いただけでも腹立たしいことこの上ない。
「そうか……なら気にならないよう好きに呼べ」
特に怒った様子もなくレンリュートは淡々と述べる。器の大きな男は良いと思うよ、私は。
「はい! 私は明日香と言います。あの顔はいいけど性格最悪な王子? に呼び出されました。一緒にいたのはつい昨日まで友人だった子です」
苗字を名乗ると説明が面倒そうなため、明日香は名前だけに止める。
「聞かれたら大変だぞ……しかもなぜ王子? と疑問形なんだ」
「うーん、王子なんて私にとっては身近じゃないからですかね。それに大変とか言われても、一回処分と言われているから怖いものなんてないです。大体勝手に呼んで自己紹介もしないんだから、バカ殿って言ってやる!」
拳を握りしめて怒りを燃やせばいつもの調子を取り戻せた気分になる。
「アルベール=ジェスター=ド=レイス=シディアン殿下だ」
「ながっ……」
王子の名前などどうでもいいので私はとりあえず聞き流してしまい、まったく覚える気はない。
「そのアルベールなんちゃら王子はいいや。私はどうしてこんな目にあってるのよ! 二匹とか言われるし……貧しい胸とか、私は貧しくない!」
「まぁ、細くて小さいからそんなものだろうな」
「そうそう、スレンダー……ってセクハラ!」
確かに私は小さい。それが胸にも比例するのかは謎だが、きっとこれから成長するのだ。とりあえず乙女の繊細な部分に触れた男に制裁を加える。
口より先に出た足は鎧のない首に向かって一直線に伸びていく。ふふっ、背は低くても足は長いのだ。後は軽い跳躍を加えれば、背の高い相手でも十分に戦える。男兄弟の中で学んだスキルの一つだ。
「中々いい腕だな……だが、こういうとき女は頬を平手打ちじゃないのか?」
「何よ、女らしくないなんて言われなくてもわかってる! 道場やってる父に兄三人じゃ、どう育つかわかりきってるじゃん」
幼い頃から仕込まれた技は抜群な運動神経もあって日々磨かれていた。そのため、がさつ、男女と呼ばれることも多かった。
「道場……アスカは武闘家か。俺は騎士だ」
「そんなファンタジー職業じゃない! 一般人、女子高生!」
「女子……コーセー?」
聞き慣れない言葉に首を捻っているので私は偉そうに説明をしてやる。
「女子高生とは魅惑の生き物で、世の中にいる大半の男がありがたがる存在なんだから」
「……そうか」
「何よ、言いたいことあるなら言いなさいよ。受けてたつわよ!」
物言いたげな目を感じて睨みかえすが、反対に見つめられ続けてたじろいでしまう。
「あぁっ! こんなイケメンとじゃ分が悪い……そういえば騎士って大丈夫なの? 雇い主は王とかでしょ、楯突いたって大変なことにならない?」
「バレなければ大丈夫だろう。俺のことを気にしている奴なんていない。一日空を見て過ごすからな」
自嘲気味に笑うレンリュート。
「それって窓際社員って奴? そういうのってハゲて腹の出たおっさんがなるイメージなのに……」
「またよくわからないことを言っているな」
私の失礼な呟きはレンリュートに理解されることはなかったが、とにかく私が一人で生きていけないという証明にはなったようだ。
「それで、これからどうするかだな」
「……元いた場所に戻れないの?」
シディアンなんて国は聞いたことがない。それは決して地理の勉強不足というわけではないだろう。時代錯誤の衣装もおかしい。それらを踏まえると帰ることができるのか不安になる。
「元いた場所か……どのくらい遠いかにもよるな」
「どのくらいって、多分……異世界」
総合的に考えて、ここは私が生きてきた世界とは違うだろう。
「だって魔力なんて某有名小説のメガネの男の子くらいだよ、思い浮かべるの。王子? 騎士? 妄想だよ!」
混乱してきた私が叫び続ければ、黙って宥めてくれる。
この人は私のこと何歳だと思ってるんだろう? 頭を撫でられて落ち着いたとたんに疑問が沸き上がってきてレンリュートを見上げれば手が止められる。
「そうか……こことは異なる世界か。たまにあると聞くが……」
「帰れないの?」
歯切れの悪い言葉に思わず詰め寄ってしまう。
「方法はある」
「どうやって!」
身を乗り出して帰還方法に期待する私に対して小さなため息が吐かれる。
「呼び出した者と同等の魔力を要する者が術をかける」
「……呼び出した奴ってアルなんちゃら王子……あれには頼めないじゃん」
「もしくは召喚に応えた者も同等の力を持つ可能性が高い」
「美麗に頼むのだけは絶対に嫌!」
「いや、それは無理だ。きっとミレイとやらは王子の支配下にある。王子が許可しない限り自由に力は使えない」
「へぇ、不便……」
前の日に彼氏を盗られた身としては頼むなどという下手に出る行為はしたくなかっただけに私は胸を撫で下ろす。しかし、それと同時に帰る希望が適わない絶望感も湧いてくる。
「うーん……アスカからは魔力が感じられないしな」
「ファンタジー要素ゼロ……子供の頃、武闘家はMPなしと馬鹿にされたのを思い出す。戦士だってないじゃない! っていうか武闘家じゃないし」
一人で勝手に盛り上がってしまい置いてきぼりの相手に気付いたのはひとしきりぶちまけてから。
「ごめんなさい……納得がいかなくて。レン……リュートさんって呼んでいいですか?」
「リュートでいい。かしこまるな」
男家族の中で育ち道場でも男に囲まれていたため、この申し出はありがたかった。そもそもかしこまるキャラじゃないし、彼氏のために女の子する必要もない。
「じゃあ、お言葉に甘えて。リュートの知り合いで魔力が高い人いないの? 私はあの二人以外の人になら這いつくばって頼めるよ」
「這いつくばるってな……残念ながらいないな」
期待はしていなかったが現実とは残酷だと感じる。
「美麗に頼むとしても王子の許可が必要……はぁ、これからどうするのよ。道場破りでも
して居場所確保するとか?」
たのもー、と言って門を叩く自分の姿が想像できて悲しくなる。
「道場破り?」
「そうしたら住む場所には困らないし……あわよくば仕返しできるかも」
最後の方は小さな声で、あくまで希望だ。
「何も知らない場所でそんな向う見ずなことをするな。仕方ない、俺が拾ったんだ。面倒見てやるさ」
「えっ、本当! 王子と違って格好良い!」
初めから憐れな私を助けるつもりだったのか、リュートの判断に迷いはなかった。
「おだてても何もでないぞ」
「拾ってもらえるだけで、十分です!」
とりあえず、絶対に帰れないわけでもなさそうだしやるべきことはたくさんある。散々な日から、イケメンに保護されるまでのステップアップなので私はとりあえず嘆くことはせずに前向きに過ごすことに決めた。