じゃすと まりっじどぅ?
「師匠、なんですか?」
ロウと一緒に家まで戻ると師匠が相変わらず優雅な動きで迎えてくれる。
「そろそろ、魔力も良い感じかなぁと思ったの。帰還の練習をしましょうか」
「えっ! 本当に」
「すぐ使えるようにはならないから練習よ」
それでも大きな進歩だ。
「帰る目処がたった……」
嬉しいと感じるのは、やっぱり家が恋しかった証拠。騒がしすぎて寂しさを忘れていたが、私だって人の子だ。
「じゃあ美麗は?」
「えっ、何?」
思わず呟いた私の声に師匠が首を傾げる。
「師匠、私美麗に会ってくる」
「急な話ね~」
「だって今思ったんだもん。一人で取り残すのは仕返しにしてもやりすぎだって」
美麗が私にしたことは腹が立つ。けど、異世界に置き去りにするくらい私は廉のことが好きで悔しかったかと言えば答えはノーだ。
「いいんじゃない。どうせ移動の魔法は帰還の魔法覚えるのに必要だし」
「僕ならひとっ飛びで連れていけるよ」
「ありがとね、ロウ。でも私も覚えなきゃいけないから!」
そして私はシディアンの王宮へ忍びこむための特訓を開始した。
この私の高尚な考えを真っ向から批判したのはリュートだ。
「なんでわざわざミレイのところへ行く?」
「私にとっても美麗は級友だからかな」
字は違うけど、と心の中で付け足す。
「なら俺も着いていく。また何かあったら大変だ」
「ええっー、リュートがいたら目立つから却下。ロウならいいよ」
ロウは小回りもきくしいざというとき頼りにもなる。
「俺はロウより下か……」
「もう、リュートが待っててくれるから頑張って帰る。だから大人しく留守番していて」
実はこれ、王宮へ移動する直前のやりとり。私はもう面倒でとりあえずリュートが喜びそうな言葉をなげておく。
「そ、そうか……」
「ちょっと、騙されて――」
「じゃあ、いってきまーす!」
ジュハがリュートに余計な助言をしようとしたので、私はロウの手を取って自ら作り上げた光の中に身を投じる。魔法ってその人のイメージらしいから、私の使う魔法は派手らしい。だって、そういうイメージだよね?
とにかく無事出発することができた。
降り立ったのは私とロウが初めて会った場所。人気もないし、イメージしやすいのでちょうどいい。
「どうやってもっと中に潜入するか……」
実のところ少し考えがある。そのため時間通り出発する必要があった。
「アスカ、匂いするよ」
「よっしゃ、待ち伏せだね」
私は騎士舎の入り口に身を隠して、昼食に戻ってくる騎士たちの中にいる二人を待った。
「シリス、ゲイル!」
小声で何度か呼べば、キョロキョロと辺りを窺った後、私に気付いてくれた。
「アスカ! なんでここに?」
「へへっ、ちょっと王宮観光に」
「リュートは?」
「目立つから置いてきた」
それは正しい判断だと褒められたが、私も十分目立つという。なぜだろう。
「初めて会ったときは暴れ小動物って感じだったし、夜の街での装いもよかったけど身の丈に合ったって意味じゃ今が一番いいね」
一応褒められているらしい。師匠の言い付けで常に小綺麗にしているからかな。ブラッシングやらマッサージやらで女子力はアップしたかもしれない。
「それはそうと、王宮の中に入る方法ない?」
「方法はあるけど、何がしたいの?」
「美麗に会って話したい。できれば二人で」
王子に会いたくないし、同席してほしくない。
「あの我が儘に?」
ゲイルはかなり驚いているが、美麗は何かやらかしたのだろうか。
「お気に入りの騎士をはべらして、贅沢三昧だよ。なんでもかんでも、王子にキスすりゃ叶うからね」
まだ王子は美麗に夢中なわけか。やるな、美麗。
「苦労してる王子を見るのは楽しいが、巻き込まれたらたまったもんじゃねーよ」
「ゲイルは取り巻きに加えられそうになったからね」
「それはシリス、お前の身代わりだろ!」
美麗の趣味にはどちらかと言えばシリスの方が近い。ゲイルが言っている身代わりとは本当だろう。面白そうな話だが、詳しく聞いている時間はない。
「ゲイルは色んな人に狙われるねってことで、王宮に入る方法教えて」
「色んなって誰だよ、怖いぞ」
うん、師匠は怖いよ。
「う、麗しの美人だよ。ははっ……ははは」
美女とは言っていないから嘘ではない。ゲイルの機嫌も持ちなおしたようだが、シリスの物知り顔が気になる。
「アスカの知り合いで美人か、今度紹介してね。じゃあ行こうか」
シリスは師匠のこと知っているのかな。まさかね……
「案内よろしく!」
師匠はあんなだけど、危険はないだろうから会わせても大丈夫だろうと軽く考えながら私はシリスの後を着いていった。美人と聞いてにやにやしていたゲイルには一応悪いとは思っているよ。
下働きのエプロンを身につけた私とロウは、シリスとゲイルに連れられて堂々と王宮内に入り込むことができた。
「コスプレ……」
誰の趣味なのかフリフリエプロンは結構厳しい。
「ありがと、シリス、ゲイル。後はなんとかするね」
迷惑はかけられないし、四人で歩くのは目立つこともあるので後は自分でなんとかしよう。二人とも心配そうにはしているけど、私は今や魔法使いの弟子なんだから大丈夫だと諭しておく。
「何かあったら逃げるんだぞ」
「誤魔化して助けられるかもしれないしね」
よしっ、頑張るぞ。せっかくの協力を無駄にしないため、私は気合いを入れ直した。
「どこかな、美麗」
「匂いわかれば、僕の出番なのに」
ロウは美麗に会ったことがないため匂いを辿ることはできない。
「まぁ、いそうなところは想像できるから大丈夫」
どこか綺麗で安らぐ場所で悠々としているだろうことは明白だ。だから私はリゾートっぽい部屋が並ぶ一角に目を付けた。
「美麗、美麗」
「ミレイ、ミレイ」
「美麗、ミレイ? ……んっ?」
なんか、私でもロウでもない声がする。
「アスカ、こいつミレイと一緒にいた王子だ!」
「アルなんちゃら改めアルベール王子!」
一番会いたくない奴に会っちゃう私の運のなさ。大騒ぎにされる覚悟もしたけど、王子は一瞬驚いてから笑った。
「なんて幸運、自ら現れるとは。レンリュートが消えたから始末されていないと思っていたがよかった」
自分が始末しろって言ったくせに手のひら返した喜びように私はむっとする。
「ミレイの御し方を教えろ」
「はっ? ないよ、そんなの」
王子は私を探して美麗の我が儘を宥めようとでもしているのか。
でも私は美麗の友人をそれなりの期間やっているが、彼女の自由な生きざまを止められたことなんて一度もない。
「同じ国の出身だろ、それにミレイが求めている」
「無理。王子が従わせたら早いんじゃないの?」
そうしてないということは何か理由があるのだろうが、敢えて知らないふりをする。
「ミレイの魔力は強い……ただ保有するだけで行使することはできないのが幸いだが」
行使できたら王子が美麗の下僕か。よかったね、王子。美麗に仕えるのは大変だよ、今の比じゃないさ。
「魔力貰っていい思いしてるんでしょ。多少のことは我慢しなよ」
「いい思いはしてる。だが魔力はいずれすべて俺に移る。そうすれば我が儘娘だけが残る」
なるほど、使うだけ使ってポイか最低だな。
「その内捨てるから私に面倒みろと?」
「いや、それ以上に面倒なことになった。だから、お前を特別に世話係に任じてやろう。大人しくしているミレイなら色々具合はいいから――ぐおっ」
「自分でなんとかしろ!」
私の蹴りが王子のみぞおちに綺麗に決まる。
「アスカの敵!」
ついでにロウの足払いで王子は床に倒れこむ。
「さっさと美麗のとこ行こう」
「王子と同じ匂い、近くにあるよ」
王子も少しは役に立つようだ、私たちは美麗の元へ急いだ。
美青年数人、南国を思わせる大きなうちわ、積み上がったフルーツ、そしてマッサージを受ける美麗。
久しぶりに会う美麗は、わかりやすいセレブイメージを実践していた。
「アスカ、よかった無事だったのね。心配してたの、急にいなくなるから」
あー、私はいなくなったわけね美麗の中では。
「……言いたいことは色々あるけどさ、美麗帰れるよ」
「帰れるってどこに?」
「家に決まってるじゃん」私は真面目に話しているのに美麗はクスクス笑っている。
「あっ、実家のことね」
「実家も何も他に家なんて……」
「あら、ごめん言ってなかったね。私、結婚するの」ケッコン、血痕、結婚!
正しく変換するのに時間がかかってしまった。だから「アスカを雇ってあげようか」というまともに聞いたらぶちギレただろう言葉が頭にろくに入ってこなかったのは幸いだった。




