旧友を見て級友を思い出す
「待って」
私がたいして足の速くない令嬢に追いつくのは簡単だった。
「痛っ……」
「あっ、ごめん」
女の子には優しくしなきゃ、忘れてた……というか私がそういう扱い受けてないから忘れるんだよね、絶対。
リュートとか甘やかしてくるけど、手加減しないし。
「いいんです……私が悪かったですから」
「薬を使おうとしたのは褒められたことじゃないけど、なんかそれ以上に過去にあったような言い方だったのが私は気になるんだよね……」
あの時は勢いでジュハを責めたが、私もホレ薬なんて使われそうになったらあれくらい怒るだろう。でも、ジュハはどこか違うことを怒っているような感じがした。
「そこは反省します、私、どうかしてました。ジュハがいなくなると思ったら何も考えられず、森へ急いでいました。止めてくれて良かったです」
師匠のところへ来たのは衝動的な行動だったらしい。その割に森の居住権を持ち出しているところは意外に冷静だ。
「まぁ、元はと言えば私が薬を作ったのが悪い訳だよな……」
感謝されるのも妙な感じで私は肩を竦める。だって、捉えようによっては私が余計なことしたからこじれたわけだし。
「はっきりとジュハの気持ちを聞いてよかった」
「あぁ、あんな男なんてぽいぽーいって吹っ切れたってこと?」
「ち、違いますよ。やっと本当のジュハを知れたというか……これで彼の無事な旅を祈れます」
こんなに聞き分けの良い風に変わるとは何か悪いものでも食べたんじゃないか。強引に薬を持って行った姿を忘れちゃったぞ。
「ならホレ薬なんて注文するなって思ってますよね」
「えっ、やっ……ははっ。でもさ、気持ちは本当だったんでしょ。もう一度ちゃんと謝ったら?」
よく考えたら先に謝るべきはこの令嬢、そしてジュハも「酷いこと言ってごめんな」って謝ってくれればいいな。
駄目だ、軽いな……私の頭が。
「面倒なことを頼んで申し訳ありませんでした。もうジュハには何も言いません」
合わす顔もないってことか。でも悪いのは全部令嬢かぁ、そうなんだけどなんか納得いかない。
「でもさぁ、もうちょっと優しくてもいいじゃん。わかってたのに、ずっと迷惑だったって子どもじゃないんだから」
迷惑なら大人らしくさらりとかわしてくれと思うのは子どもの言い分だろうか。
「いいえ、あぁ言ってもきっとジュハは言い過ぎたって思ってくれてます。それなら謝ってもらうより、そのままの方が私を覚えていてくれるでしょ」
わぁお、やっぱり少し過激だ。女性って怖い。
「そっか、じゃあ私は何も言わない。押し掛けてごめんね、帰るわ」
本人が望まないならそれでいいだろう、深入りはしない方がいい。私は置いてきたリュートとロウのところへ戻る。といってもすぐそこ。途中から立ち聞きしていたのは気付いていた。
「謝らなくていいって」
「あぁ」
「高くついたんじゃないです? どうせ薬のことで怒ったんじゃないんでしょ?」
気になった言葉があった、だから鎌をかけてみた。ジュハは小狡い国の者と言った、令嬢というよりもシディアンの国すべてを嫌うような発言だ。
「すぐに忘れる」
「アスカ、こいつは忘れない。本当に憎いとは思ってないからな」
リュートが口を挟んでくる。
「俺は好きにならない……こんな国」
「国と人は違うだろ」
リュートの方が年下に見えるが、諭すような口調は兄のようだ。
「……あなたもそうですか?」
ジュハはリュートを窺うように見つめる。
「俺のことは関係ないが……そうだな。いい奴らもいる」
二人の間柄はわからないし、会話の内容もわからないがリュートの顔は穏やかだ。
「そうですか、それはよかった」
「だからお前も――」
「久しぶりにひた向きな気持ちをみましたよ」
一応令嬢の気持ちはわかっているみたいなのでもういっか。
「このまま旅に出るの?」
屋敷に戻るつもりはないだろうし、元々旅に出る予定だったのならこのまま出発かもしれない。
「どこかに行くのか?」
「……同郷の者に会いに」
旧友と言ったリュートももしかしたら同郷なのかもしれない。
「そうか、当ては?」
「なかったですが、今できた……しばらくあなたに着いて行きたいです」
リュートが何か知っているのだろうか、それとも積もる話もあるのかもしれない。
リュートはちょっとだけ困った顔をしている。
「俺は今、アスカと事情あって魔法使いの弟子をしている」
「師匠がいいって言えばいいんでしょ? 多分、大丈夫じゃない」
リュート自身もまだ名残惜しそうな感じがしたから私は後押ししてあげる。
「魔法使いの弟子……一体どういう経緯で、それにその腕輪は……」
「偶然見つけただけだ、詳しい話は落ち着いたらな。ほら、早く帰るぞ」
腕輪というと私のしているこれだろうか。何かあるんだろうとは思っていたけど、ずっと聞けないでいた。今もまた聞きにくいな。
「アスカ、飛ぶ?」
わからない話のため大人しく黙っていたロウが自分の活躍の場を求めて目を輝かせる。
「いやー、ゆっくり帰ろうよ」
ジェットコースターはもう勘弁したい。
「えっー、リュートにはできないことだから自慢したいのに」
「何、俺に対抗するとは生意気だな」
「僕はちゃんとした使い魔だもん! リュートみたいに中途半端じゃないもん」
「ちゅ、中途半端だと……違う! アスカは大切な大切な恩人であり仲間で同志だ」
リュートとロウの低レベルな争いをジュハはぽかんと口を開けて見ている。
「恩人とは?」
「偶々、王子に縛られていたのを救ったというか、出会い頭の事故っていうか……」
間接的にキスしたことを教えるのって恥ずかしい。
「ふーん」
ジュハはそれきり森まで私には話し掛けてこなかった。でもそのかわり背後から観察されている視線を強く感じた。
「あら~、良い男は大歓迎よ」
ジュハはリュートに負けず護衛らしく鍛えられているため師匠のお眼鏡にあっさりかなった。
師匠に会ったときの慌てぶりは見物だった。しかし、次第になれたのかジュハはリュートより積極的に師匠と接触している。
「新しい扉開いちゃったとか?」
私はリュートとジュハの再会を邪魔しないように修行に励みながら考える。
「ジュハ、俺はお前に何も望んでいない。普通にしていてくれ」
「嫌です。あの者の雑用など俺で十分ですから」
どこからか声が聞こえてくる。立ち上がって草木をかきわければ、その先にリュートとジュハがいた。
「懐かしい……それだけでいいんだ。過去は忘れよう」
「……それこそ忘れられないです。でも、懐かしいと言い合えるのが嬉しいです」
私は静かにその場を去る。リュートとジュハの過去に何があったかわからないが、二人はお互いにしかわかりあえない何かを持っている。
「同郷か……」
頭に浮かぶのは美麗の姿。どんなに腹を立ててもたった一人の同郷だ。だから美麗も私を探しているのだろう。
「アスカ~、師匠が呼んでるよ」
ロウの無邪気な呼び声に私は笑顔をつくり感傷を押し込めた。




