良薬は口に苦く、ホレ薬は心に苦い(前)
今日も今日とて修行は続く。本当に帰る魔法が使えるようになるのか疑問はあるが、そこは師匠を信用している。
それに、結構上手くなってきたんだ。着実に私は魔法少女の道を歩んでいる。
「はぁ~、憂鬱だわ~」
麗しい装いの師匠が物憂さげにため息をついたのは、珍しくお客さんが来るという日だった。
「なら断ればよかったんですよ。いつもの師匠ならすっぱりきっぱりなのに」
「大人には色々と事情があるのよ」
「師匠には似合わない言葉!」
何が原因で師匠の気が重いのかはわかっている。珍しいことをすれば、後から何か降り掛かってくるものである。
つい先ほど、いかにもお嬢様という風体の客を笑顔で迎えたのがすべてのはじまり。
「すみません、ヴィルへルム様はいらっしゃる?」
師匠に女性が訪ねてきたと、私は数秒たっぷりと動きを止める。
「あ、あ……師匠ですね。ちょっとお待ちください。リュート、お相手は頼んだ!」
私は慌てて師匠を探す。勢いでリュートに客の世話を頼んだけれど大丈夫か心配だ。
「師匠、師匠、大変です! 女、女の子が訪ねてきてますよ」
こんな破天荒な師匠を受け入れてくれる女性を逃すわけにはいかないと私は必死だが、はたと我に返る。
「うわっ、リュートに任せちゃった……ダメじゃん、横からもっていかれる!」「騒がしいわよ、アスカ」
「師匠~、ごめんなさい」
もう私の中で心変わりは必須事項になっていて、顔を出した師匠に謝る。
「もう、一体何よ?」
「実はお客さんが来て~」
「あら、もう来たの。早くいいなさい」
思ったより嬉しそうにしない師匠はやはり女性は好きではないのだろうか。リュート曰く、別に男性好きというわけでもないらしい。あんなにリュートにベタベタしているのによくわからないけど。
「大切なお客さんですか?」
「まぁ、そうねぇ」
少し困った顔、これはいい感じなのかな。ならやっぱりリュートはまずい。
「すみません、リュートに相手を頼んだので惚れられる前に行きましょう!」
「ふぅー、むしろ惚れてくれたら楽なのよ……アスカには悪いけど」
私に悪いことなんてないが、リュートに惚れて欲しいとはどういうことか。師匠が言い寄られて困っているとかかな?
「とにかく、お待たせしないで行きましょう」
気だるげな師匠を押して、私たちはお客さんの元へと急いだ。
「ヴィルへルム様、例の薬をお願いしますわ」
まっすぐに師匠を見つめるお客さんは私と同じくらいの年に見える。白いドレスが清純さを引き立てるようによく似合っている。
「本当に必要なのかしら?」
「えぇ、努力はしましたけどさっぱり駄目でしたわ。だからもうこの方法しかないのです」
会話の内容からして依頼のようだ。そして驚くべきことにリュートは相手にされていなかった。イケメンに陰りが見えるのはまだ早いと思う。
「はぁーっ。わかったわ、三日後にまたおいでなさい」
「ありがとうございます。期待していますね」
優雅な礼を残して客は去っていく。結局、私は詳しいことが何もわからないままだった。
こうして、師匠の憂鬱そうな態度に続くわけだがそろそろ理由が知りたい。
「一体何を頼まれたんです? どうして断れないんです?」
「聞きたい? そうね……そうだわ! アスカにやってもらいましょ」
名案とばかりにはしゃぐ師匠だが、私にしたらたまったものじゃない。
「内容もわかんない依頼なんてできません!」
「大丈夫よ、説明するから。簡単よ、依頼はホレ薬を作ること」
「ホレ、ホレ薬?」
どこが簡単なのかをつっこむべきか、この依頼自体を批判すべきか悩む。
「弟子として頑張って! ちなみにこの森の居住権がかかっているからね」
「居住権って、そんな重要な仕事!」
ホレ薬の依頼人はどうやらこの森の所有者らしい。清純そうに見えてとんだ女だ。
「はい、この本から選んでね」
「ホレ薬百選……」
通販のカタログかってほど様々な種類のホレ薬が載った本を受け取ったと同時に、師匠の憂鬱は私へと乗り移った。
「リュートはホレ薬って見たことある?」
とりあえず本のページを捲りながら、横で一緒に覗いているリュートに尋ねてみる。
「まがい物ならな。本物は高いからそうそう出回らない」
さすが色男はホレ薬も見たことがあるらしい。
「アスカー! お土産」
森を飛び回っていたロウが戻ってくる。
「おかえり、これは?」
「薬の材料! ヴィルから頼まれたー」
携帯もなしに連絡を取り合えるのは便利かもしれない。電池切れもないしね。今度覚えたい魔法の一つだ。
「いっぱいあるな」
「これで作れるのは……」
私は索引から薬草で薬を探す。後は好みの効能のものを作ればいい。
「愛されたいあなたに、彼はあなたに恋しちゃう、何もかもが魅力的に……違いがわからない」
「努力したけど駄目だったと言っていたな」
リュートが依頼人の言葉を思い出させてくれる。
「振り向いてくれないってことか……じゃあこれかな?」
私が選んだ効能は、寝ても覚めてもあなたに夢中。
このとき私は仕事を完遂させることしか考えていなかった。
「リュート、これすりつぶして。ロウ、この花ってこれで合ってる?」
「わかった」
「似てるけど違うよ。これはこっち!」
天秤で量を正確に計り、調合を行う。リュートとロウが手伝ってくれるため、仕事は楽に進む。
「色が変わったら成功」
まるで理科の実現のように私たちは手際よく薬を作成していく。ちゃんと魔法も使いながらだよ、そうじゃなきゃ世の中の女性たちは自分で作るよね。
「……変わった!」
「ピンクだ、綺麗だね」
「食欲はなくなるようなピンクだがな」
どぎつい色は確かに毒々しい。
「あっ、でも時間が経つとちょうどいい色になるみたいだよ。三日って……師匠恐るべし」
はかったような受け取りのタイミングはどこまで予想しての行動だったのか。
「日陰に置いておくのだな」
リュートが出来上がった薬を移動してくれる。
「そう。疲れたー、なんか食べよう」
「食べるー!」
能天気でいられたのは、それから少しの間のことだった。
「好き」
あれ? 私、誰にこんなことを言ってるの。
「好きなの」
口が勝手に動く。
「好き、好き、大好き」
「仕方ないな、貧しい娘でも受け入れてやろう!」
誰が貧しい……こらっ、抱きつこうと動くな体!
「絶対、王子なんて嫌だー!!」
「はっ! 夢……」
夢見が悪いとはまさにこのこと。私は汗びっしょりになって目を覚ました。
「なんで私が王子を好きになる……嫌だ。そっか、嫌だな」
心の奥底で引っ掛かっていた思いがやっと取れた。ホレ薬は作ったけど、それを使用するのはダメだと思う。
好きじゃないのに好きと無理矢理言わせるのはフェアなやり方じゃない。
「師匠に相談しなきゃ」
慌てて私は薬の保管場所に駆けた。
「出来上がり具合を見に来たの? 良い色になってるわよ」
「まぁ、薄くなったな」
「可愛い色だよ」
すでに全員が集合していて薬は師匠の手の中にある。「師匠、薬のことなんですけど……やっぱり良くないと思――」
「あら、もう取りに来たわ。せっかちね」
一番重要なところで邪魔が入る。しかも依頼人とは運が悪い。
師匠が薬を持って移動するので私たちもそれに従ってぞろぞろ歩く。
「は~い。できましたよ」
「ちょ、ちょっと待って。師匠ーー」
「どうして止めるの?」
どこぞのご令嬢は、薬の瓶に伸ばしかけた手をとめる。
「えっ、だって薬を使うとか良くないし、それに加担した私も罪っていうか……」
「ヴィルへルム様、これを作ったのはあなたじゃないの!」
しまった、面倒なことになったと師匠が睨んでる。
「一番弟子が作ったので心配はいりませんよ」
一番も何も私しか弟子はいないくせに。
「本当に……なら証明してみせてよ」
「しょ、証明?」
大人しそうなのに無茶なことを言う。
「いいわよ~。ほらっ、アスカ、ずいずいっと」
「飲めるわけないじゃん!」
「自信ないんだ」
あれ? 私、挑発されている?
「あるから飲めないの――!」
「じゃあ、俺が飲む」
止める間もなくリュートが薬の瓶からひと垂らし、ピンクの液体を飲む。
「あぁぁぁーー」
叫んだ私とホレ薬を飲んだリュートの目が合った。どうなるの、もう知らないよ。
絶対に被害の中心になることはわかりきっているけど、しばしの抵抗で私は頭を抱えてしゃがみこんだまま顔を上げなかった。




