魔法と女装の密接な関係
師匠は美麗観察に飽きたようだが、私は魔法修行のために知りたくもない奴らの日常を今も垣間見ている。
本当はシリスやゲイルを追っていたいのだが、そうすると師匠が妖しい目を光らせるので止めた。
「そういえば、アルベール王子って使い魔たくさんいたんだね」
「あぁ、色々呼び出していたな」
リュートは王宮にいたころを思い出すように頷いてくれる。
「でもさ、それって矛盾しているよね。私たちが召喚されたとき、一人としか契約できないって言ってたのに」
王子に使われるなんてごめんだが、疑問には思う。
「一つの召喚陣に対して一契約だよ!」
答えてくれたのは、使い魔本人のロウ。なるほど、それなら納得できる。
「与える魔力があれば使い魔は増やせるけど一回に一度か。やっー、美麗の方が選ばれてよかった」
押しつけたようで気も引けるが、美麗は喜んでいるからいいよね。
「僕もアスカでよかった。イクス様より、ずっとずっと好き」
「イクス様……はいはい、変態王子ね。あっさりロウをくれたけど彼もたくさん使い魔がいるの?」
「いっぱいいる!」
すっかり記憶から消去していた二人目の王子を思い出す。
「いっぱいかぁ。でも師匠って魔力強いのに使い魔いないね」
「そういえばそうだな」
リュートと私が顔を見合わせて首を傾げていると、ちょうど師匠が顔を出す。
「何、見つめ合っているのよ」
「師匠のこと話してたんです! どうして使い魔がいないのかなって」
あまりに変り者すぎて、使い魔が逃げ出したとかいう話だったりして。
勝手に想像しながら返事を待てば、珍しく苦笑が返される。
「従わせるっていうけど、それって本来はもっと重いものよ。わたしは魔力が強いから様々な思惑に巻き込まれかねない。それなのに使い魔を集めたら、人に誤解を与えるわ」
「戦う意志がないって示すためですか?」
辺境の森に引きこもった師匠は平和主義なのだろう。
「争いは嫌よ。でも使い魔がいないのは、従わせたものへの責任が生じるからかしら」
「責任ですか?」
失礼ながら師匠には似合わない言葉だ。
「そうよ、懐に入れたら守らなくちゃいけないでしょ。あぁ、レンちゃんにつられてわたしったら面倒な子を引き受けたわ」
「……師匠、格好良い!」
さっさと私を処分と言ったぼんくら王子より何百倍も立派だ。だけど師匠は私の褒め言葉に不満なようす。
「綺麗と言いなさい」
「えぇー、綺麗って言うより男らしい! 素敵なのに」
「男らしい、格好良い……アスカ、変な男に引っ掛かるな」
リュートは何か勘違いしている。
「引っ掛かってないけど、師匠ってもてそうだよね」
「ふふん、もちろんよ」
自信たっぷりの師匠だが、私は小声で「この格好じゃなければだよね」とリュートたちに囁く。
「聞こえているわよ!」
「ひぃえっー」
「……まったく、このドレスには意味があるのよ」
しっかりと聞かれていたようだが、思ったよりも怒っていない。命拾いした。
「どんな意味があるんです?」
ただの趣味としか思えないのだが、とりあえず聞いてみる。
「私の長年の調べでは、綺麗な格好をしていれば魔力が増すのよ」
「えぇー、それだけで?」
そんなんだったら誰でも実行するだろう。
「疑うなら試してみればいいわ」
「試すって、どうやって?」
「実際に自分でやってみればいいのよ」
なんだか変な展開になってきた。
「い、いや~、私はいいかな」
フリフリ、ごてごてドレスは七五三でも着ていない。結婚式だって、シンプルなマーメイドドレスを想定していた。それなのに、師匠のドレスは恥ずかしくて絶対無理だ。
「アスカ、この前も似合ってた」
「あれは勢いで着たし……」
忘れたい出来事を思い出して熱くなった頬をあおぐ。助け船はもうリュートしか出せない。じっと見つめれば大きく頷いてくれる。
「サイズがないだろう」
ちょっとずれている理由だが、一理ある。師匠のドレスは大きすぎる。
「あら、サイズくらい魔法でどうにかなるわ。それに、そうだ! わたしのは、レンちゃんが着なさい」
「はぁ! なんで俺が」
「はい、これは決定事項よ~」
師匠が決めたらもう考えは変わらない。それならいっそ巻き込んでしまえ。
「わかりましたよ、やってやりますよ」
「僕も着るー!」
ロウはさぞ美少女になるだろう、少し楽しくなってきた。
「ちょ、ちょっと待て。俺は着ない」
「さぁ、じゃあ着替えるわよ」
リュートの声は無視されて、実験のための着替えがはじまった。
「師匠~、早く魔法をかけてくれないと脱げちゃいます」
「手本を見せるからやってみなさい」
師匠はロウのドレスをぴったりに仕上げる。
「う~ん、いまいち似合わないわね。やっぱり小さいからかしら、もっと鍛えなさい」
「これで飛んだら風が気持ちよさそう! いってくる」
美的センスが狂っている師匠のことは信じちゃいけない。ロウはものすごく似合っている。誘拐されちゃうよ。だから早く戻ってくるんだよ。
「ほらっ、アスカもやってみなさい」
促されて私は教えられた通り魔法を使う。
「わっ! 成功」
ここはドレスが小さくなりすぎて破れるのがお約束だと思ったけど、セーフ。
「成功だけど……ここが緩いんじゃない?」
「乙女の聖域に手を入れるなー!」
繰り出したアッパーカットは師匠の顔に直撃。セクハラに上下関係はないから謝らないぞ。
「痛いわね……でも良い攻撃よ。本当、面白い子よね。見た目よりしなやかに筋肉あるし」
なんか師匠のやばいスイッチ押しちゃいました?危険な香りがするよ、セクハラ反対。
「大丈夫か、アスカ!」
救世主が来た! その人の胸は揺れていました。
「……何それ」
「ちょっとした細工よ。う~ん、細工なしでもレンちゃんの胸筋にアスカは負けているかしら?」
それは遠回しに貧弱、貧相、貧乳と言いたいのか。ぼよよんなんて羨ましくない、羨ましくない……。
無視しようと思ったが視界に入るのは憧れの物体。
「こんなの、どこがいいのよ!」
あっ、柔らかい。
勢いでリュートの胸を揉む形になったが、予想以上の気持ちよさ。これってどうやったら栽培できるんでしょう。師匠、教えてください。
「ア、アスカ……手を、放せ」
「わたしの魔法の偉大さを思い知ったようね」
威張っている師匠に私は本気で尊敬の眼差しを送る。ぜひ作り方を教えて欲しい。
「アスカ、これは偽物だ。どんなに素晴らしい出来の偽物より、本物の方が価値ある品だ」
もっともらしいことを言っているが何気に失礼だ。私の胸はどうせ偽物より劣っているさ。
「偽物って言っても本物と変わらないわ。わたしの魔法はそう簡単に解けないし」
「いや解ける……ふんっ、ふぐぐ……うぬっおお」
キャラおかしいよ。冷静につっこみを入れたが、リュートの胸が消えていく。どうやら魔法が解けたようだ。
「ほら、魔力が増えるの本当でしょ」
師匠が胸を張っている。今のってリュートの魔力で破ったのかな? なんか力づくな気もしないでもない。
「本当なの……かな?」
「これは魔力ではなくアスカへの想いの結果だ!」
気を遣ってくれたのね、そりゃどうも。本物が育つのを期待することにするよ。
結局ここまでして、魔力とドレスの因果関係は謎のままだった。




