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三倍返しのお約束  作者: まほろ
魔法使いの弟子
22/58

修行と苦悩と我が儘娘

 家事をこなしながらも師匠は意外にきちんと面倒を見てくれる。

 焚き火を起こすくらいなら火も扱えるし、掃除に必要な水を汲みに行く手間も省けるようになった。

 一瞬、生活のために教えてる? と疑問に思ったが、ちゃんと別のことも教えてくれるようだ。よかった。

「じゃあ、遠見の練習でもしましょうか?」

 言葉通り遠くのものを見ることができるようだが、何も見たいものが思いつかない。魔法を使うには見たいものを想像するのが重要らしい。

「うーん、想像ねぇ……」

「見て楽しいものではないが、王宮なら想像しやすいんじゃないか?」

 私が必死に説得したため、変な方向に想いを突っ走らせなかったリュートが提案してくれる。

「僕と出会ったとこ!」

「俺もだ」

 ロウに張り合うところは大人気ないが、私に実害がないため放っておく。

「じゃあ、王宮でいいわね。広いから、場所でも人でもちゃんと思い浮かべてね」

「はーい」

 元気よく返事をして水晶玉を覗き込む。

 本当は透明なものであればなんでもいいらしい。水晶玉を使うことになったのは、私が占いの定番と世間話のつもりで話したせいで師匠が綺麗だからとすぐに採用したからだ。

 呪文は必要なくて、自分の中にある魔力を研ぎ澄ませて使う。集中力が必要な作業で水晶には不鮮明な映像が浮かんでは消える。

「もっと強く思い浮かべて」

「王宮、王宮……」

 一番長い時間を過ごした騎士舎の部屋が像を結ぼうとするが、酔っ払った夜の出来事を思い出した動揺で消えてしまう。

「しっかりしなさい」

「王宮、王宮……」

 もう一度試みた場所は、はじめてこの世界に降り立ったところ。浮かび上がった景色には趣味の悪い彫刻が見える。

「何、あれ?」

「興味は大事よ。もっと近くに寄りたいと思って」

 言われた通り、じっと目を凝らすようにすれば映像は彫刻に近づいていく。

「み、美麗! と王子」

 やたらと美化されてはいるがこれは間違いなく美麗と王子の彫刻だ。趣味悪いな。

「趣味が悪い」

 私の心をそのまま代弁してくれたリュートに拍手を送りたい。

「そういえば、王子と縁があったのよね。どれ~、見てみましょう」

 主導権を師匠に握られると水晶に映る映像はより鮮明になる。

「あっ、本物だ」

 美麗のアップから徐々に全身が映っていく。キラキラしたドレスが私にはコスプレにしか見えないが、一応似合っている。

「私はアルに会いに行きたいの」

 愛称という手があったね、アルなんちゃら王子もアルと呼べば間違いない。

 美麗は自信に満ちた微笑みを誰かに向けている。だが相手の返事が思わしくなかったのだろう、深く眉を寄せた。

「アルが誰か? アルベール=ジェスタード=レイス=シディアン殿下よ。私は呼ばれたの、それを止めてもいいの?」

「い、今、美麗が長い名前を呼んだ……」

 水晶から目を逸らして私はショックで肩を落とす。

「それが何よ? 王子に気でもあるの?」

 冗談じゃない、どうして私が王子を好きになるというのだ。

「成績は私と美麗、どっこいどっこいなのに……名前を覚えられたなんて」

「アスカはアルなんちゃら王子で済ませていたからな」

「王子の名前くらい覚えなさいよ」

 私の落ち込みを軽く流した師匠は美麗が王子にベタベタするシーンを堪能している。

 人のラブシーンなんて楽しいのだろうか。

「名前なんて覚える価値ない。でも美麗に負けるのは嫌」

「なら、アルベール王子でいいだろう」

 それなら覚えられそうだ。

「そうだね、そうする」

「あっ、ほら動いたわよ」

 師匠は美麗と王子を見るのがお気に召したようで、私たちにも見るようにと声をかけてくる。

「アル~、会いたかった」

「俺もだ」

 これのどこが面白いのか、師匠に問い詰めたい。

「ねぇ、このドレス似合う? でも飾りが足りないと思わない?」

「十分綺麗だ。何もなくても」

 砂吐きそうになっている私の横で師匠は「定番ね」と笑っている。

「前にいたところでは、もっと色々な飾りをしていたのに……」

 嘘だ。一介の女子高生にたいしたものなど買えない。

「おねだりか」

 同級生にたかっているのは見たことがないが、美麗はいつもプレゼント貰ったと自慢していた。王子は今までで最高ランクの金持ちだろうから気合いが入っている。

 血税だよ、戸籍もないのに市民の金を巻き上げるな。

「そうか、じゃあ宝石商を呼ぼう」

 アルベール王子の決断に私は口を尖らせて抗議したが、師匠の考えは違うらしい。

「贈り物は男の甲斐性よね」

「あれくらい僕――は無理だけどリュートが買ってくれるよ」

「もちろんだ」

 買って当然という師匠、なぜか張り合うロウとリュート、私は常識人だからついていけない。

「ねぇ、宝石商は嬉しいんだけど、明日香はまだ見つからないの?」

「アスカ? あぁ、あの貧弱な方か」

 また私の怒りをつりあげたぞ、アルベール王子。笑っている師匠も許しがたい。

「貧弱って明日香怒るよ。私の友達なんだから! ちょっと怒らせちゃったけど許してくれるだろうし、知り合いいないの寂しいから早く探して欲しいの」

「わかった、わかった。騎士に言っておく」

「騎士! 私もみたーい」

「見たい?」

 アルベール王子の顔がついに引きつったように見えたのは気のせいか。

 私は美麗に探されていたらしい。にしても軽い、軽すぎる。怒りを通り越して呆れてしまう。

「ふふっ、騎士ですって。楽しみ」

 こちらにも美麗と同じ考えの者がいる。


 場面が変わる前に師匠はお茶の支度をする。美麗の我が儘をとことん観察するらしい。

「あっ、シリスとゲイルもいる」

「あら、いい男じゃない」

 見つけた知り合いを指差せば師匠が舌なめずりする。ごめん、ゲイル。どちらかといえば可愛い系なシリスは難を逃れたようだ。

「わっ、あの人格好良い! あっちの人も」

 王子の前でも無邪気にはしゃぐ美麗だが私にはわかる、目が本気だ。

 美麗はあそこで自分好みのハーレムを作り上げようとでもしているのだろうか。

「少し大人しくしていろ」

 王子の苛立ちが伝わってくるが、美麗には伝わっていない。

「この小娘、見る目はあるわね」

 好みが被っているらしい師匠が妙な感心をしている。

「ごめんなさーい」

 反省などまったくしていない態度が腹立たしさを倍増させる。

「もういいでしょう」

 師匠の前にある水晶玉を奪えば抗議の声が上がる。

「もうちょっと。この小娘、面白そうよ」

 結局みんな美麗に興味を持つ。不貞腐れた私は水晶玉を乱暴に置いた。

「がさつなんだから~。よし、さっきの小娘、映りなさいっと」

 水晶玉に映った映像は、私がもうこりごりなシーン。

「キスしてるよ、アスカの友達」

 報告してくれなくていいのにロウがわざわざ教えてくれた。

「巧いわね……」

 何が? キスが? ケッ! やさぐれた私の肩をリュートが宥めるように叩いてくれる。慰めなんていらない、羨ましくなんてないし。それにしても改めて美麗ってすごいと思う。 だって美人くらいなら王子は見慣れていておかしくない。

「どこにそんな魅力があるんだろう……」

 ぽろりとこぼれた疑問は意外にも師匠によって答えがでる。

「それは簡単よ。美味しいからね」

 美味しい……師匠、この話はどこまで深くなりますか。R18はダメですし、そもそも私たちは十八歳以下なんです。

 映像は見なければ大丈夫、深くなっていくキスも鼻を抜けるような声も、ごそごそとする衣擦れの音も聞こえない。聞こえません。

「師匠、もう無理です。ストップです」

「あらあら、何を想像しているのよ。美味しいって魔力よ」

「ま、魔力?」

 間抜けに繰り返した私の声に被せて美麗の甲高い声が聞こえる、もう止めろ!

 とりあえず水晶を取り上げてリュートに渡してしまう。リュートはそれをロウに渡すと、水晶は床を転がっていく。よし、これで落ち着いて話ができる。

「あぁ、もう。お子様ねぇ……いいわ、説明してあげる。この小娘は無意識に上質な魔力を王子に流し込んでいるわ。王子も良い思いをしているから多少のことには寛大なんじゃないかしら」

「なるほど、魔力を含めて魅力的ということですね」

「そういうこと。容姿も悪くないからね。でも、この手の女はそのうち飽きられるわ。個性がないもの」

 美麗は私から見れば十分個性的だ。もちろん師匠に比べたらみんな普通の人か。

「アスカくらい面白くないとだめね」

「えっ、私?」

 私は至って普通なので、師匠に面白いと言われる要因がわからない。

「地位と顔だけにころっと傾いて贅沢を楽しむのは普通の小娘よ。そうじゃないアスカの方が面白いし、よっぽど可愛いわ」

 師匠の可愛いは複雑な気分なのだが、まだしばらくは飽きられないだろう我が儘娘に勝っていると言われると嬉しくなる私は単純だ。

 そしてとりあえず王子は、しばらく我が儘に苦悩でもしていればいいと思うんだ。

 本日の修行はこれまで!


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