旅の思い出と忘却の過去
リュート視点です
「視線が痛い……」
アスカの手を引いたとき、呟かれた。何が痛いのかと顔を覗きこめば、なんでもないと返される。これは絶対に遠慮している。そう思った俺はすぐに解決策を提示した。それなのに、なぜか叫ばれた。
「リュートおかしいよ」
どこがおかしい? 疲れたアスカを抱えることくらい、なんてことないのに。
「アスカ! 俺のどこがおかしい?」
「いや、その……私に構うのとかさ」
アスカは俺に遠慮するわりに押しに弱い。このまま押し切ってしまおうか。それなのに子犬、いや狼が邪魔をしてくる。
「アスカに仕えるのは僕だけ!」
アスカは絶対にこの動物に甘い。俺はアスカに抱えられているロウに敗北し地面に手を着く。そうそれば、アスカが構ってくれるのはわかっている。ほら、手を引いてくれる。
アスカはどうして自分を抱えるのかと疑問に思っているようだが、どうしてそんなことを疑問に思うのだろう。あまつシリスやゲイルにもするのかと聞いてくる。するわけないだろう、アスカは女性だからなのに――どうしてアスカは勘違いした! 俺は子ども扱いなんてしていないのに。
しかも走り去ったアスカを追えば、大立ち回りを披露している。危なっかしいことは止めて欲しい。それになぜか子ども扱いに甘んじると自己解決している。俺はまた地面に手をついてしまったが、アスカは来てくれなかった。
色々あったが夜、俺はなんとなく目が冴えていた。
「帰りたい……」
俺が起きていたのはこのためだったのかもしれない。アスカは異なる世界から来たんだ、寂しくなって当然だ。
「……家に帰りたい」
「帰れる」
元気なアスカが弱っているのは痛々しすぎる。俺はできるだけ優しく宥めることに努める。そうすれば、アスカは少しだけ元気になる。家族の話を嬉しそうにする笑顔を見れば、良い家庭に育ったことがすぐにわかる。ぜひ俺も噂の兄上たちと手合わせしてみたい。
あと一押しで元気になる。そう確信した俺は魔力を分けてやろうとアスカに唇を寄せる。
「落ち込んでてもキスは禁止!」
アスカは元気になったが、俺はしばらく口を聞いてもらえなかった。
そんな夜から一夜明け、アスカとロウと街中を歩いていると散々な噂話に出会ってしまった。どうして俺と王子の関係が怪しまれなくてはいけないんだ。王子の愛人? 冗談じゃない。奴は手放すのが怖いだけだ。もう俺には何も残っていないのに。
「ふっ、ふふふ……なら責任とってくれ」
誤解したことを謝るアスカになんとかしてもらおう。周囲の反応などどうでもいいが、このささくれだった心は癒して欲しい。アスカのぬくもりは、俺にひとときの安寧を与えてくれた。
それなのにまたしても面倒は押しかけてくる。追っ手を巻くために入り込んだのは娼館だった。
ここは身動きができなくなるから嫌いだ、そして案の定女性たちに囲まれている間にアスカがいなくなった。あぁ、服の件について気付いていなかっただけですでにマイナスなのになんたることだ。
「私は店の者じゃないんで」
「何! 俺は客だぞ!」
やっと抜け出した先で聞きなれた声が聞こえてきた。それはアスカだった。少し癖のある髪が柔らかくなびいていて、薄化粧した頬がほんのり赤く、唇が色づいていて……言葉では言い表せないくらいの驚きを俺は今感じている。
「皆さん、決めました。今日は彼女と過ごします」
俺はアスカを肩に担いで二階の部屋へと急いだ。もちろん不埒な真似をしようなんて思っていない。ただ……そう隠しておきたいそういう思いだ。
それなのにアスカは俺にどこかへ行ってもいいと言った。俺は嫌われているのか?
「私を見張ってても良いことはないよ」
俺は別に見張っているわけではない。
「アスカを男だと思う者はいないぞ。どんな格好でもな」
言いたいことを真摯に言えば、アスカにも伝わったらしい。こうしてようやくアスカの麗しい姿を堪能できると思えばもう脱ぐという。だが、アスカが脱ぎたいなら仕方がない。それにアスカにはもう少し可憐な服が似合うだろう。誰にもこれ以上見せなくてもいいかと俺はアスカの着替えを手伝ったわけだが、やっぱり邪魔は入る。
シリスとゲイルにロウまで現れて、アスカは俺とのひと時を邪魔されて不貞寝してしまった。
怨もうかとも思ったシリスとゲイルだったが、彼らはアスカにとって良い情報を運んで来ていた。アスカが帰れるのは喜ばしいことだが、俺としては少し寂しい。
旅には準備が必要だ。そこで俺たちは色々と買いそろえるのだが、アスカは何か不満そうだ。
「ねぇ、リュート。どこにそんなお金があるの?」
なるほど、お金の心配をしているようだ。しっかりしていていいと思うぞ。
「心配するな。ちゃんと仕事もしていたしな」
「不遇だったくせに?」
覚えていなくてもいいこともちゃんと覚えている。確かに騎士としての給料は少なかったが貰っていないわけではない。それに俺にはちょっとした財産がある。もちろん、それが何かは言うつもりはないが。
「う~ん、有閑マダムに奉仕するリュートが目に浮かぶ」
アスカが何かおかしな方向に突っ走っている気がするが、相手にしないで服を選ぶことに専念する。そうすれば、いずれ戻ってくるだろう。
「あっ――」
「これは……」
アスカが目を奪われた腕環に俺は一瞬言葉を失ってしまう。
「おぉ、お目が高いですねお嬢さん。これはかつて栄えた国の品ですよ」
主人がこの腕環についてあれこれ語っているが、何を言おうとこれは買うことが決まっている。
「綺麗だけど、リュートには小さいんじゃない?」
とぼけた発言に俺は黙ってアスカの腕にそれをはめる。動きやすさ重視のため、あまり華美な格好はできないがアスカの装いは十分可憐だし腕環も似合っている。俺は満足して会計を済ませる。
「それ、変わったお金だね」
思いもよらないところでアスカが割り込んでくる。会計には興味がないと思って油断していた。またしても俺の出した銀貨について店主が熱く語っている。
火山に消え、周囲の国から見放された国。アスカは「卑怯」と憤慨している。
視界にちらりと入るアスカの腕を思わず引き寄せる。
「何?」
「いや……似合っていると思ってな」
これをアスカが見つけるとは、巡り合わせかもしれない。今はただそれだけ。
見つめる先のアスカが俯いてから、すぐに走り出す。もう少しゆっくり見たかったが、アスカは動いている方が魅力的でもあるから仕方がない。
俺はアスカに着いていく。そう決めただけだが、何かがゆっくりと動き出していた。
旅の道中では様々なことがあった。変態王子からの贈り物を阻止するために、ロウとの連携も組んでしまった。いつもアスカの膝で寝ているといういけすかない者ではあるが、高位の使い魔らしく役には立つ。
それなのに、アスカはこの贈り物が気になっているらしい。どうにか奪取しようとたくらんでいるのがよくわかる。だから、俺は細心の注意を払っていた。
「隙あり!」
「えっ、うわっ」
アスカが木の上にいるのは知っていた。危ないから後から嗜めようと思っていたが、まさか飛び降りてくるとは思わなかった。いや、一応計算はしていたがここまで飛んでくるとは計算外だ。
勢いついたアスカを受け止めたかったが、手を出す前に足が背中に当たって引き倒され図らずも助ける形にはなったが、現在俺はアスカに乗っかられている。
「見るな、危ない、触るな」
いくら叫んでもアスカが上にいる限り乱暴に動くこともできない。
「アスカ、止めよう」
ロウ、もっと積極的に止めろ!
「ダメって言われると見たくなるのが人情? っていうじゃん」
結局隠し通したかった変態の手紙はアスカの目に触れてしまうこととなるが、それを良い笑顔で「燃やしておいて」と言われたのは気持ち良かった。
そうしてようやく目的地。早かった気もするが、ここでアスカが魔法を覚えれば別れの地となる。
俺は反対する気はなかった。だが、今はアスカがここで魔法を覚えることに全身全霊で反対したい。いや、やる気なアスカに言いだすことはできないがこの師匠は駄目だ。
「わたし小さくて可愛いものが憎いのよ。着飾らせるならやっぱり筋肉、骨格のよさよね」
おかしい、俺を見るな。筋肉とドレスは間違っている。
俺よりもがたいの良い男がドレスを着ているだけで鳥肌ものなのに、変な目つきで俺を見るな! アスカ、俺を売るな!
「売ってないよ。ただリュートは私と一緒にいる存在って主張しただけだよ」
「一緒にいる存在か……」
物は言いよう、わかってはいるが嬉しい。
これくらい耐えてみせよう、だがちょっとはこっちを助けようとしろ。恨みがましくアスカたちを見ればなぜか拝まれた。
仕方がない、これは試練だ。変態王子の魔法を退けた力は本物だというところがせめてもの救い。
俺はアスカのために耐えてみせる。




