世の中の不条理
ここは一体どこなのか。
とりあえず一言で言うなら仮装大会である。中世ヨーロッパの知識なんて世界史をかじったくらいの私には詳しくわからないが、とにかくそんなイメージ。
「これはどうしたらいい?」
先程、二匹と発言した者が私と美麗を交互に見る。
金髪碧眼の日本人なら憧れるだろう容姿で日本語ペラペラだと違和感がありすぎる。さらに衣装も可笑しい。さすがに白タイツは履いていないけど。
「王子のお好きな方を選べばよろしいかと」
私は日常で使わない単語を聞いてしまった。
なんたら王子とかは流行ってたけど、明らかに今の使い方は違う。
ここがおかしな世界であることは間違いないと私はこれを持って悟る。現実世界にこんな王子はいない。我が国の皇太子殿下は五十歳を超えていらっしゃる。
「そうか、そうだな。一匹選んで後は廃棄すればいい。さて、どちらにキスしてやろうか?」
私たちが二匹と数えられているなら、どちらかが廃棄される。そして、聞き捨てならない言葉が一つ。私の傷を抉る言葉だ。
「ちょ、ちょっと待って。意味がわからない」
とにかく置かれた状況がわからなくて、王子? に詰め寄る。
「なんだ、無礼な女だな」
どうやら私たちを人間とは認識しているようだ。
「選ぶとか廃棄とかわからない。そもそもここはどこよ!」
口を開けば疑問が次々に浮かび上がる。勢いこんだ私に、冷たい鋭利なものがいくつも向けられる。
「け、けけけ剣?」
実物を見たことはないが、剣と言って想像するのと変わらない物だった。
「いやっ、怖い」
いつの間にか美麗が私にしがみついてきて隠れている。なんて素早い動きなのかと私は思わず感心してしまう。
「まだ、魔力の使い方もわからないような者だ。何もできないだろう」
王子? が剣を下げさせてくれたため私たちは一安心するが何も解決はしていない。
「それで王子、どちらの方と契約を結ばれますか?」
「それは……魔力の高い方だな。この至宝の魔術師である俺が飼うのだから、そのために呼び寄せたのだしな」
王子? は上から下まで体を眺めて、また上に戻る。視線の先はどこかなんてすぐにわかる。
あーぁ、魔力とか言って結局見ているのは胸と顔。
遠い目をした私がため息をついたのは仕方がないだろう。
「貧しいのと豊満なの……愚問だな。こっちだ」
指差されたのは美麗。なら私が貧しいと言いたいのか? 何がだ!
そりゃあ、怒りで髪を逆立てた私よりゆるふわパーマの方が可愛いよ。私といえば癖毛だし。そりゃあ、ぷるぷる唇の方が魅力でしょう。友人は朝から化粧に余念がないもん。 私は部活やってるし、リップくらいしか使わない。
勝負なんてしなくてもわかる。大体、私はもうすでに一度負けている。
私が段々やさぐれていくのに対して、美麗は甲高い声を上げる。
「えっ、私?」
王子? はイケメンだからかもしれない。いいのかこんな怪しい人物でと、心配する私はなんて人がいいんだろう。
「そうだ。もう一匹はいらん。魔力もなさそうだしな」
そういうと私を置き去りにして集まっていた人たちが移動していく。
もちろん美麗も一緒だ。さっそく王子? に抱きついて頬を寄せている様子を見るとさっきの心配は撤回させてもらいたい。
「レンリュート、始末しておけ」
振り返って伝えられた言葉に固まってしまう。
「はい」
鎧に兜。でかい物体が歩いていると思う間もなく、いきなり腕が掴まれる。
「いたっ」
「早くここから去るぞ」
小さく囁かれてそのまま私は引っ張られ引きずられるようにその場を後にした。
ちらりと手を引く男を見る。
頭二つ以上私より高い鎧。重い鎧をものともしていないのできっと鍛えられた体をしているのだろう。
「ここ、一体どこなのよ」
私が力なく呟いた瞬間、男は足を止めた。
「ここはシディアン」
「シディアン?」
聞いたことがない名前を馬鹿みたいに繰り返す。
「聞いたことがないか。なら、今回の召喚はどこか遠いところからのようだな」
「召喚?」
「そうだ。王子が、魔力持ちを呼びだす儀式だ」
どうやら私はあの尊大な王子? に呼ばれたらしい。
まぁ、私はいらないらしいけど。いきなりの仕打ちを思い出して怒りが込み上がってくる。
「王子? が呼んだのに始末って何よ。ありえない」
私は一瞬の隙を突いて走りだした。ここで簡単に死にたくはない。
「あっ、おい待て」
後ろから男が追ってくる。
「早っ! 鎧のくせに……やだ見逃して」
がむしゃらに走るが、あっという間に追い付かれて拘束される。運動神経には自信があるのに、この男は重い鎧をもろともせずにたやすく私を捕まえた。すなわち逃げることはできないことを表している。
「はーなーしーて」
暴れてもびくともしない男は、ゆっくりと肩を二、三度叩いてくる。
「大丈夫だ。始末などしない」
「どうして本当だって信じられるのよ!」
くるりと体を反転して私は男を睨む。ここで弱気になってはいけない。
「信じろ。俺だって始末なんてしたくない。わからないのか? そんなこと喜んでする奴いない」
そう言って鎧は、兜を上げた。
黒髪黒目なのに日本人にはまったく見えない、彫りの深い精悍な顔立ち。
真面目そうな顔が崩れるくらい必死に説明しているのを見て、私はついに腰を抜かしてしまった。
「ほ、本当に?」
嘘と言われてももう逃げることはできない。緊張の糸が切れて、私は地面に座り込んでしまっている。
「心配するな。王子の気まぐれで面倒なことなどしない」
腕を引かれて私はなんとか立ち上がった。