どこの世も一流と変人は紙一重
歩いて街を目指し、燃やし、馬車に乗り、燃やし、目的地近くまで接近する。燃やすとはもちろん変態からのおかしな手紙のことだ。
「貴族の地位を煩わしいの一言で捨てて、辺境に隠れるように住んでいるってどんな人だろう?」
社長さんとか政治家がもう仕事したくないとバカンスに逃げた……とはちょっと違うよな。貴族ってものを知らないからまったく想像がつかない。
「俺も知らない人物だからな……」
「リュートって小さな時から王宮にいたんだよね? それでも知らないってことは結構昔の話ってことか……」
「いや、俺はずっと王宮内にいたわけじゃないから知らないこともある」
そうは言われても頭の中でもうイメージは出来上がっている。
「白髪に長いひげをたくわえたおじいちゃんを想像しているんだけどな」
古い話だと思ったからだけではないが、魔法使いのイメージといえば定番はこれだろう。
メガネ少年が師事するのも指輪を持って旅する者を助ける魔法使いもどちらもそんな感じだった。
「よしっ、探すぞー!」
森についたとはいえすべて見渡すことができない広い土地。私たちは意気込んで森へと足を踏み入れた。
「あら、どちら様?」
森へ入ってしばらくもしないうちに一軒の家を発見する。あまりにわかりやすい位置にあることにも驚いたが、それ以上に私たちを固まらせたのは迎えてくれた人物だった。
「えっとー、あなたはこの森に住んでいる魔法使いですか?」
「そうよ、何か用?」
背はリュートよりも少し高く、がたいもいい。だが、豪奢な金髪を巻き、ばっちりと化粧した顔は迫力ある美人でもある。それに想像していたよりずっと若い。リュートより年上には見えるが二十代に見える。
「おと、おんな――んぐっ」
思わず男か女か聞いてしまいそうになった私をリュートが止めてくれる。
「あなたがとても優秀な魔法使いと聞いて会いに来た」
「あら、いい男。着飾らせたいわ」
リュートをどう着飾らせたいか気になる。何せ魔法使いの格好はこれから舞踏会にでも行くのかというようなドレスだったからだ。
あっ、リュートが身震いしてる。鳥肌、鳥肌、チキン肌。くだらないことで喜んでいた私の頭を掴んでリュートが謎の魔法使いの前に押し出してくる。
「アスカ、頼め」
私が楽しんでいるのに気付いたリュートは、睨みながら前に押し出す。
「頑張って、アスカ」
ロウの励ましを背に私は大きく息を吸ってから口を開く。
「私を弟子にしてください。魔法を教えてください!」
沈黙数秒。
下げていた頭を窺うように少し上げれば美人さんと目が合う。これは男? 女?
「えっー、わたし小さくて可愛いものが憎いのよ。着飾らせるならやっぱり筋肉、骨格のよさよね」
男か女かわからないが、好みはわかった。
「大丈夫です。私を弟子にすれば、もれなくリュートがついてきます」
「あっ、こらアスカ!」
「……乗ったわ」
決断早い。それだけリュートは魅力的ということか。
「これでなんとかなりそう」
「俺を売るな」
「売ってないよ。ただリュートは私と一緒にいる存在って主張しただけだよ」
苦しい言い分だが、私は一言もリュートをあげるなんて言っていない。
「一緒にいる存在か……」
なんか満足そうな顔してるリュートを見ると罪悪感が湧いてくる。
「僕も、僕も」
じゃれついてくるロウを抱えながらこの展開をどう収拾つけようか迷っていたが、さっそく師匠が助けてくれた。
「なんだか事情がありそうね。とりあえず話しなさいよ」
日当たりの良い場所に設置されたテーブルセットが示されて、私たちはこれまでのいきさつを語ることになった。
「へぇ、王子にずいぶんと縁があるみたいね」
洗練された仕草はどこぞの貴婦人のようだが、私の師匠はれっきとした男性だった。
「ヴィルヘルム……家名もあったけど忘れた」
そう名乗ったときリュートは少しだけ驚いた顔を見せたから、それなりに有名な貴族だったのかもしれない。
「縁は縁でも腐れ縁です。それで、私は元の世界に帰れますか?」
「それは修行しだいね。王子は腐っても至宝の魔術師だから」
「魔術師……それって魔法使いとは違うんですか?」
微妙に違う言い方は前から気になっていた。
「違いはないわ。ただ、魔術師っていうのは自ら新しい魔法を作り出すって感じかしら」
「違いはないんだ……それじゃあ私頑張ります! よろしくお願いします、師匠」
つい体育会系のノリで挨拶したが、師匠はそれが気に入ったらしい。
「あら、見た目は好みじゃないけど中身は中々……まっ、頑張ってねアスカ」
色気ある低温の声で囁かれるとすっごく複雑な気持ちになる。ゴージャス美女顔は化粧をとれば端正だろうし体はさっきも言ったけどがっちりしていて逞しい。
「……なのにドレスにおねえ言葉」
別に個人の自由だし構わない、構わないんだけどせっかくの元の素材を見てみたいものだ。
「それにしてもいい体……筋肉とドレスはきっと似合うわ」
私のため息など気にもしない師匠は、さっそく目当てのリュートに惚れ惚れしている。
リュートは均整がとれていて素晴らしいのは間違っていないが、師匠の美的センスは狂っていると思う。
私、勢いで弟子入りしちゃったけど本当に大丈夫か?
「リュートと師匠仲良しだから、僕はアスカと仲良し」
小さくて可愛いものが憎いと公言した通り師匠はロウがふわふわの子犬姿でも、美少年姿でも興味を示さなかった。
私は小さいけど、可愛いとは言いきれないからあっさり弟子にしてくれたのかな。
師匠から見れば大抵の者は小さいのだから、そうだろう。納得していると、鋭い視線に射ぬかれた。
「うわっ……」
「リュート、怖い」
「ねぇ」
恨みがましく睨むリュートに同情しながらも助ける方法は思いつかない。
困っていたとき、また空気の読めない光が飛んできた。
「何よこれ? 転位? やだ~、うちは押し売り宅配はき・ん・し」
師匠が唇に指を当てて、ウインクすると光は一瞬にして飛び散り、いつもの箱もふらふらとどこかへ飛んで行った。
「すごい!」
「二度と追跡してこないでね」
たった数秒でのことに私たちはみんな呆気にとられていた。今まで出会った中で最強なのは間違いない。
「師匠! 私、絶対に魔法を覚えて仕返ししてから帰ります」
「仕返し?」
いきなりのことで何かわからなかった師匠が首を傾げている。
「王子たちに痛い目を見せるんだ。ちょっと調子に乗っているから」
「へぇ、小娘だけど面白いわねぇ。レンちゃんがいなかったらちみっこ可愛い弟子なんととらなかったと思うから適当にしてやろうと思ってたけど、少しは協力してあげるわ~。わたしも王宮とか嫌いだし」
おおっ、可愛いと言われた! んっ? でも師匠の美的センスって……。いやいやせっかくだから誉め言葉としておこう。
「何はともあれ無事に弟子になれたし、よかった、よかった」
「よかったね、アスカ」
ロウと二人喜び合う。リュートは師匠にあれこれ布を合わせられて魂が抜けかかっている。
ありがとう、リュートの犠牲は忘れない。
私はリュートに向かって拝むように手を合わせ、健闘を祈った。




