変態は忘れた頃にやってくる
「余裕っていうか図太いよね」
乙女に太いという単語は禁句だ。それが例え心の方を差していたとしてもだ。
「このくらいじゃないと逃げられないんじゃないか」
失礼なのは、馬車乗り場で待ってくれていたシリスとゲイル。
「私のどこが図太いって?」
「その手にいっぱいの食べ物……」
これはもう食べちゃうから荷物にならないぞ。余計な物を買っているのはリュートだ。
「これも、これも美味しいからいっぱい買った!」
ロウは小さいながらもさすが使い魔らしく力持ちで、買い込んだ荷物を軽々持っている。
うん、私も余計な物買ってたね。ごめんなさい。
「どうせ食べ物は減る。それにしばらくは馬車の旅だから困らないだろう」
頼りにしている人物が楽観的なので私はついそれに倣ってしまう。シリスは少し呆れてはいるが楽しそうにもしながら切符を渡してくれる。
「どんな旅をするか想像つかないけど、気を付けて」
「危ない真似はするなよ」
見送りの言葉に手を振って私たちは街を出発した。
リュートの言う通り、荷物はすぐに減った。馬車の旅とは案外暇なもので、気が付けば間食してしまっていた。
だから今、歩いているのも問題ない。そう、ただ疲れるだけで問題なんてないさ。
どうして馬車を降りて歩かなくてはいけなくなったのか。それは遡ること数日前のことだった。
私たちは順調に旅を進めていた。
馬車が揺れてお尻が痛いなんてこともあったが、円座クッションを模造して作った即席タオルクッションが思いの外活躍してくれて今は快適だ。
「あと何回くらい乗り換えするんだっけ?」
すでに二回乗り換えしたが、目的地まではまだ距離がある。
「次で最後だな」
「結構近づいたね」
「もうすぐ、もうすぐ?」
狭い馬車の中で動きたくてしょうがないロウが飛び跳ねる。ロウは使い魔らしく飛べるから本当はどこへ行くのもひとっ飛び。窮屈な旅をさせてちょっとかわいそうだ。
「着いたらおもいっきり飛んでいいから」
「アスカも一緒に飛ぼう!」
意外にも力持ちなロウなら可能だろうが、ちょっと怖い。
「機会があったらね~」
適当にはぐらかしてみたがロウはしっぽを思い切り振って期待している。曖昧な断り方は一番よくない。これはシートベルトなしジェットコースターの覚悟はしておいた方がいいだろう。
「危険なことは避けるべきだが……アスカがしたいなら下で受けとめられるように待機する」
こういうときは止めてくれていいのに。リュートの無駄な張り切りに苦笑しながら私は馬車の窓から外を眺めた。
ピカッっと何かが光った気がした。
「「アスカ! 魔法か!」」
二人の叫び声に私がのんびりと顔を向ける。だって魔法に耐性なんてないからわからないんだよ。
「えっ? 何?」
振り向いたと同時にロウの小さな体が私の横をすり抜けて、馬車の窓をくぐり抜ける。小さな体をしなやかに伸ばして空中で一回転すれば、その姿は少年のものになる。
子犬姿もとい狼姿のときは服ってどこにいっているのかな? やっぱり魔法少女の変身システムの一種かな。
くだらないことを考えている間にロウは飛んできた光を次々呑みこむ。
「うわっ~、なんだ!」
あっ、御者さんが驚いている。そりゃそうだよね、どうしよう。
「大丈夫だ」
思わずリュートを見上げれば、何が大丈夫なのか頭を撫でられる。とりあえず私は撫でとけば良いと思っているんじゃないのか?
「アスカ、全部ただの光だったよ~」
満面の笑みで戻ってきたロウにリュートは「ほら、大丈夫だった」だろとばかりに得意げな顔をする。働いたのはリュートじゃなくて、ロウなのに。
「ただの光?」
ここでは魔法の光が飛んでくるのは日常的によくあることなのだろうか。
「あれ、イクス様の魔法だよ!」
「トルンカータの王子か……」
今頃攻撃してきた意図がわからない。私のこの前に攻撃に恨みでももっているのか、いやあの変態な性質からして怒っていない気もするがそれはそれでとてつもなく嫌だな。
「どうして私たちの場所がわかったのかな」
旅を邪魔されるわけにはいかないから、原因解明は必要だろう。
「わかってないよ。これは転送の魔法。大きな物は送れないけど」
ロウの説明を簡単に解釈するならばそれは、
「宅急便?」
物を送るためにあの光が必要だったのかわからない、それに今のところ何も送られてきていない。
「アスカ、下がってろ」
下がっていろと言われても狭い馬車内では動くことはできない。どうしようかと迷っている私が動くのを待たずにリュートが動く。
「ちょ、ちょっと。こんな狭いところで剣を振りまわすな!」
心配をよそにリュートは隠し持っていたらしい短剣を抜く。柄のところの細工が綺麗でこれまた高そうなものだな。
キンッ、とはじかれた音が目の前でした後に残ったのは小包サイズの箱だった。
「結局なんだったの?」
リュートとロウが箱の中身を確かめていたので私も覗きこもうとしたが、すぐに蓋をされて隠されてしまう。
「燃やそう」
「了解」
なぜかスムーズに意見を一致させた二人は手早く箱を燃やしてしまう。ロウって口から炎が吐けるんだ……。寝ぼけて丸焦げとか嫌だな。
とりあえず、なくなってしまったものの中身をいつまでも気にしていてもしょうがないし見ない方がいいものだったのだと納得して私はこの事件を終わらせた。
それなのに、同じようなことが次の日もまた次の日も……。
とうとう、私たちはびびった御者に追い出されるように馬車から降ろされて徒歩での旅を余儀なくされたわけである。
「どうしてくれよう、あの王子……」
善良に生きているのに、どうして人は私に喧嘩を売ってくるのか。
うっかり疲れたと文句を言えばロウに空中散歩に誘われるし、断ればリュートがおぶる、抱っこ、肩車を提案してくる。肩車してって言ったらどうするんだと思うけど、言ったらきっと実行されてしまうので間違っても言えない。
これもすべてイクスという王子のせいだ。アルなんちゃら王子よりも文字数が少ないから名前は覚えたけど、そんなことで私の怒りは収まらない。
そして私は心に決めた。毎回くる諸悪の根源である謎の箱の中身を見ると。だって、中身も知らない箱に振り回されているなど納得がいかない。
いつもならロウかリュートが華麗に受け止め、中身を一応確認してから眉をひそめて燃やす。
どうにか覗こうとするのだが、二人の連携が見事で未だ成功には至っていない。格闘すること数日、力でかなわないことはわかっている。そして実戦経験でも同じだ。他に私の勝ち目はと考えた答えが不意討ちだ。
「これは卑怯なんじゃなくて作戦だから……」
ただいま私は木の上にいる。木登りなんて久しぶりで手間取ってしまったが、派手な光の演出が長くて時間は十分にあった。
「懲りないな……」
「燃やす! ぼうっと燃やす!」
箱を開けた二人は私のことなど気付いていない。
「隙あり!」
「えっ、うわっ」
飛び降りるのに思ったより勢いがつきすぎてしまった。華麗に着地して箱を奪うつもりだったがリュートを背後から潰してしまった。
「あっ、箱!」
うつ伏せになっているリュートの上で私は目当ての物を探す。
それはすぐに見つかった。
「いつも何を見ているのか……」
「見るな、危ない、触るな」
呻くだけでリュートは私が乗っかっているため身動きができない。
「アスカ、止めよう」
「ダメって言われると見たくなるのが人情? っていうじゃん」
私は制止を振り切って箱の中身を覗く。
「キラキラ?」
中にはアクセサリーや宝石が無造作に詰め込められていた。
「これは……」
あとは一枚の薄紙が入っていた。
“ちんちくりんへ
お前に変態と呼ばれた日から私はもう一度そう言われたくて、言われたくて
長々と続いていた手紙を私は握りつぶした。
「ロウ、燃やして」
「はーい」
火が一瞬高く上がったが、後には何も残らない。うん、平和だ。
「アスカ、とりあえずどいてくれないか……」
リュートの声が下から聞こえて首を捻ってしまうが、そうだ私が乗っかっていたんだった。
「あっ、ごめん」
それじゃあ、改めて……今日も何事もなく平和に旅は続いています。




