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三倍返しのお約束  作者: まほろ
旅立ち
17/58

備えあれば憂いなし、備えすぎれば憂いあり?

 店を出た私たちがまず向かったのは既製品も扱う仕立て屋だ。この世界では布を買って自分で仕立てるのが一般的らしいが、そんな悠長なことをしている暇はない。

 だから、今のままでいいと言ったのだがそこはリュートが譲れないらしい。ちなみに私はリュートのシャツではなくて、返してもらった見習い騎士服を着ている。私は常識があるからあんな格好で街を歩いたりはしない。

「もういいよ……」

 そんなこんなで仕立て屋。まず基準は動きやすいこと。その上でデザインが良ければもっといいだけの話だ。それなのに選ぶのに余念がない者が一人。

「ねぇ、リュート。どこにそんなお金があるの?」

 買い食いするくらいならリュートは大人なんだし心配なんてしないが、今回の買い物は些か高い。

「心配するな。ちゃんと仕事もしていたしな」

「不遇だったくせに?」

「これくらい買えるよ、アスカ似合ってる」

 ロウが割り込んでくるが今回はうやむやにできない。やっぱり、リュートがたくさんお金を持っているとは思えない。

「無理してるんでしょう!」

「していない。それよりこの雨よけはあった方がいいな。これから雨期に入る」

「レインコート、可愛い――じゃなくて、お金の話!」

 問い詰めるとリュートは言いにくそうに視線を逸らす。

「……まぁ、色々あるんだよ」

 色々、色々。解釈はいくらでもできるが私の頭に真っ先に浮かんだのは、貢いで貰っているリュートの姿。

「う~ん、有閑マダムに奉仕するリュートが目に浮かぶ」

「何をバカなことを。これと、これだな」

「あっ、こら! これ以上いらないって――あっ」

 妄想を巡らせる私を放ってリュートは買い物を続ける。私は止めようとしたのだが、気になるものをつい見つけてしまう。

「これは……」

「おぉ、お目が高いですねお嬢さん。これはかつて栄えた国の品ですよ」

 上客に気を良くした店主が細かく説明してくれる。いや、もう無駄使いするつもりはありませんから。でもリュートがさっきから目を離さない。気に言ったのかな? でも女性物の腕環だからリュートは入らないんじゃないかな。

「綺麗だけど、リュートには小さいんじゃない?」

「綺麗か……ならこれをもらおう」

「あっ、もうだから無駄使いは止めなよ」

 私の苦言を一応聞いてくれたのか、リュートは腕環を買って買い物を終了させた。

 今までよりも少女っぽい、でも動きやすい服は結構気に入った。

「これくらいしてもいいだろう。三倍返しというやつだ」

 リュートは私の手をとって腕環も嵌めてくれる。

「私、何もあげてないけどね」

「もらってる」

 即答するリュートにはまぁなんだ、そのキスとかあげちゃったけどさ。でもむしろいらないって返品されるくらいのものっていうか。

「アスカ、どうしたの?」

 唸るように考え込んでいるとロウが覗き込んでくる。ロウも着替えを買ってもらったためご機嫌だ。

「ううん、なんでもない。それより、ロウの服似合うね」

 少年姿のロウの衣装は国が違うためかこの国では目立っていた。こっちが西洋風ならロウは東洋風な感じかな。エキゾチックな美少年がいたら注目しちゃうよな。それでも着替えれば幾分か馴染んだ気がする。

「アスカも似合ってる!」

 小さいのに末恐ろしい子だ。これは立派なタラシになるだろう。

 でも我ながら似合っていると思う。

 動きやすさ重視のためスカートは履かないが、裾の刺繍が綺麗なチュニックから見えるか見えないか絶妙な長さのパンツなのでワンピースに見えなくもない。季節はこれから夏ってとこだから薄手の素材が肌に気持ちよい。

 念願の歩きやすい靴として編み上げブーツも買ってもらった。もう本当に十分です。

「あっ、リュートがまたキラキラ出してる!」

「キラキラ? お金のこと?」

「お金にもなるよ。でもイクス様は集めてた」

 何のことを言っているのかよくわからなくて、見た方が早いと会計をしているリュートに近づく。

 何かあったときのためにと渡された硬貨とは違うものがリュートの手から見える。

 こちらの世界は紙幣がないし、硬貨にしても種類が多いためリュートの使っているのも珍しい硬貨の一つだろう。凝った模様が刻まれた銀は価値が高そうだ。

「うわっ、綺麗」

「アスカ?」

 突然顔を出した私にリュートは驚いた顔を見せる。

「それ、変わったお金だね」

 光る硬貨を指差せば、やはり上機嫌の店主が教えてくれる。

「これも、お嬢さんがつけている腕輪と同じく今は亡き国のものですよ。あの国は工芸品が見事で腕の良い職人が集まっていたんですよ」

「へぇ、山の模様?」

 リュートの手から店主へと移っていた銀貨が私の手に渡ってくる。

「これは火山だよ。国の象徴であったそれが噴火して滅びてしまうのだから、自然とは恐ろしい」

 火山に消えた美しい国か、歴史ロマンスみたい。

「魔法でもどうにもならなかったのかな?」

「どうだろうね、あの国に魔術師は少なかったし。どの国も助けを出さなかったからね」

「助けを出さなかった?」

 店主はまるで内緒話をするように身を縮め、声を潜める。

「そう、ちょうどシディアンとトルンカータの間にあったのに……どちらも無視さ。それで頃合いを見計らいボロボロの国を滅ぼし分けて、今じゃシディアンとトルンカータが隣国というわけ」

「うわっ、卑怯」

 効率が良いと思われる方法は非人道的だ。

「表立って批判はできないからね。国力が強すぎるんだよ。私は流れ者の身だから、あの出来事は胸が痛みましたよ……もう二十年くらい経つかな」

「やっぱりろくな事してないね、リュート」

「あぁ、そろそろ行くぞ」

 もっと乗ってくれると思ったがリュートはあっさりしている。

「お話、面白かったです。ありがとう」

 銀貨を返そうと店主に腕を伸ばせばリュートに掴まれる。

「何?」

「いや……似合っていると思ってな」

 目を細めてリュートが褒めてくれる。

「そうですね、黒曜石をあしらったデザインは黒いおぐしによく合っています」

「アスカ、似合ってるー!」

 口々に褒められると、お世辞でも嬉しい。

 熱くなった頬を冷まそうと手であおぎながら顔を上げれば、リュートと目が合う。

 いつもと同じく大げさに褒める様子は変わらないのだが、表情がどこか切なそうにも見えるのはなぜか。

「私に貢いでもいいことないよ」

 恥ずかしくなって悪態をついたがリュートは真顔で返してくる。

「俺は貢いだことも貢がれたこともない。これはお返しだからな」

 貢がれていないならあのお金はどこから手に入れたのか。

 聞きたいことは色々あったのに、腕輪をはめた方の腕をとられた私はエスコートされるままに店を出る。

 そうすれば後は買い食いコースに突入してしまい、結局何を聞きたいかわからなくなり そのまま話は流れてしまった。

 ただリュートの見たことがない表情だけは忘れずに、私の中に残っていた。


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