シンデレラの魔法は解けて
「寒い!」
ひやりとした体が不快で私は温もりを求めて手を伸ばす。もこもこの毛を引き寄せれば心臓の律動が聞こえてくるので、これはきっとロウだろう。
ここまで意識はあるものの、起きるのが面倒。できればもう一度目を閉じて二度寝したい気分だ。
「もうちょっとだけ……」
「んっ、俺も」
同意を得られたところでもうひと眠り。ロウではない何かが近づいたおかげで温かい。
「ぬくい」
このまま幸せ気分でいれたら良かったけど、あいにく理性というものは優秀なようだ。
「……一体何が、温かさの要因か――リュートでしょ!」
「うるさい」
リュートは寝起きが悪いらしい。私に文句を言って、抱き込んできやがった。間に挟まれたロウが苦しくなったのか暴れている。
「ガウッ、ガルル……ググッ」
「だから、うるさい」
抵抗するロウを黙らせるためにさらに私の体を引き寄せたため、ロウが完全に潰れた。
「いい加減に、起きろ。変態!」
「ガウッー! 苦しかったよー、アスカ」
私の突きを食らったリュートの腕の力が弱まった隙をついてロウが少年の姿に変わる。今まで潰されてきたリュートの顔の上に座って泣きついてくる。
「うがっ、なんだ朝っぱらからうるさいな」
ようやく目を覚ましたらしいリュートが自分の行動を棚に上げて注意してくる。
「どうしてリュートがここに寝ているの?」
昨夜はシリスとゲイルが乱入してきて、たくさんの女性たちと仲良く過ごしたはずではないのか。
「アスカが寝るからだろう。シリスの良い情報を聞かなくてはいけないしな」
「そのシリスたちとは一緒じゃないの?」
「どこかで寝ているんじゃないのか?」
さっさと寝てしまったので、夜をどう過ごしたのか知らないがリュートは長い時間ここで寝ていたようだ。一緒に寝ていたロウの足跡が顔にくっきりと残っている。
「僕を色ボケや寝汚い奴と一緒にしないで欲しいな。飲んで遊んでとせがまれた僕たちの方が早起きとはね」
遊んでいたと公言しているのに、恩着せがましい言い方だ。だがシリスの言葉はどこか冷めていて説得力がある。後ろにいるぐでんぐでんのゲイルに言われれば、別だけど。
「昨日のうるさい状況ではちゃんと話なんてできなかったじゃん」
寝汚いと言われてむっとした私は小さな声で反論する。
「僕の話の途中で寝たくせに……まぁ、でもアスカの言うことも一理あるからいいよ。今はもう話していいのかな?」
「うっ……それはごめん。もちろん、今は大丈夫」
「素直な子は好きだよ。僕は別にアスカに怒っていないしね。だから教えてあげるけど、その格好で本当に大丈夫?」
私はシリスの言っている意味がわからなくて首を捻るが、すぐにやたらと涼しいことに気が付く。
「――っつ……やっぱり着替える時間が必要!」
叫ぶと同時にリュートをベッドから蹴りだし、シリスたちを部屋から追い出す。私はシリスが持って来た良い情報によっぽど縁がないんじゃなかとため息をついてしまった。
さてどうしよう。服がない。着替えさせられたときにどこかへ持っていかれてしまったようだ。
「何か……これでいっか――入っていいよ~」
あっという間の着替えに本当に大丈夫かと迷いが伝わるような扉の開け方をしてリュートたちが入ってくる。
「それ、俺のシャツ」
「いいじゃん、着やすいし」
あまりにもみんなからお約束を仕掛けられるから、今度は私からだ。
リュートのシャツは上部にいくつかのボタンがあるが、被るタイプのもののためとても着やすい。
「新しいものが必要だな」
「私が着たものは二度と着れないと?」
「……違う、アスカのだ」
あぁ、私のね。早とちり、早とちり。買ってくれるなら、着替えくらいは必要だから遠慮はしないよ。
「それで話していいかな?」
シリスが切り出してくれて、ようやく話が進んだ。
「良い情報っていうのは、アスカが帰還するための魔法を使えるかもしれない者のことだよ」
「えっ、本当!」
私の大声にまだ微睡みの中にいたらしいゲイルが肩を揺らして覚醒した。いつまでも寝ているのが悪い。
「本当、でも変り者で例え王からのお召しでも気が向いたときしか現れないらしいよ」
「それっていいの?」
シリスやゲイルは魔法で縛られているわけではないが、貴族というしがらみで王宮に仕えていると聞いた。 そこまで確立した王政で逆らうようなことができるのだろうか。
「なんでも煩わしいことを放り出すために貴族の地位を捨てたらしいよ。それで辺境の森に引きこもったから、使者も中々たどり着けず結果自由に生きてるらしい」
「ふーん。変り者かぁ」
想像するのは偏屈じいさん。でも私、実はお年寄り受けがいい。
「俺たちは会ったことないが、聞いた話によるとかなり強烈らしいぞ」
すっかり目覚めたらしいゲイルが脅してくる。
「辺境の森か、場所の目安くらいはあるのだろう? あとは……準備が必要だな」
てきぱきと行く前提で話を進めるのはリュート。そりゃ行くけど、そんな遠くまでいいのかなぁ?
「アスカ、どこか行くの? 僕も行く!」
ロウが抱きついてくれば断れない。もちろん断る理由もないのでいいのだが、リュートはいいのだろうか。「遠いみたいだよ」
「いいよ、大丈夫」
ロウに言っているようでリュートにも問い掛けたことはシリスとゲイルにもわかったようだ。
「そうだな。念入りに準備しないと」
「……うん、そうだね」
まったく迷いがないなら余計なこと言わなくていっか。私とロウだけの旅は身軽だがなんか危ないもんね、第一道がわからないし。
そうと決まれば即行動、シリスたちは用意よく地図を持ち込んでくれていたため目的地までのルートもすぐにわかった。
「結構遠いね、魔法がある世界でも移動手段は不便みたいだし」
「魔法はできることが限られているからね。それになんでもできすぎても困ることもあるし」
シリスの言いたいことはわかる。
もし日本に、現代社会になんでもできる魔法があればとっくに地球はなくなっているだろう。魔法がなくたって、人は兵器を生み出したんだから魔法なんてあったら利用しないわけがない。
神妙に頷けばゲイルに軽く肩を叩かれる。
「馬車の旅も悪くないぞ。馬もいいけどな」
「アスカ、馬に乗ったことは?」
リュートの問いに正確に答えるならイエスだが、きっとポニーは馬に含めない方がいいだろう。
「ない。私が住んでるところの移動手段はもっとこう、ピュッー、スッー、プップッーって感じ」
「何だ、そりゃ」
「おもしろそう!」
自分の語彙のなさが悲しくなるな。でも飛行機や列車、車を説明するような知識を私は持っていないからこんなものだろう。
「よくわからないけど馬じゃなくて馬車の手配だね」
目的地までは馬車を何度か乗り継ぐ必要があるらしい。
この警戒された城下から出るための切符はシリスとゲイルで手配してくれることになった。私たちは乗り込む際に見つからないように気を付ければよい。
ようやくすべての計画を立てればもう陽は高く上がりきっていた。
「買い物が終わったら馬車乗り場で落ち合おう」
階下に降りて約束していると、女性たちが近寄ってくる。
「結局、昨日レンリュート様と一緒だった娘って誰です?」
「そうそう、店の誰も知らないって!」
目の前に本人いるのに気付いていない。着替えたし髪もいつものポニーテール、化粧もさっぱり洗い流したけどさ。
「噂されているよ」
「まぁ、確かにわかんないよな」
好き勝手に言ってシリスとゲイルは先に出ていく。
「匂いでわかるよ、アスカの匂い!」
言っておくけどこれはロウの意見であって私が特別匂うわけじゃない。
「あれは特別な者だから秘密だ」
リュートが騒がしい女性たちに説いた言葉に思わず吹き出してしまう。リュートは天然なのかタラシなのか判断が難しい男だ。今だってさりげなく背中を擦ってくれている。
「秘密にしなくたって、私だって言って驚かせたっていいのに」
そうしたら少し溜飲が下がるかなと思ったが、リュートにあやされるように頭を叩かれる。
「誰も知らなくていい。俺が知っているから」
うん、やっぱりタラシだね。
私に変身の魔法をかけた魔女である女主人が遠くから片目を瞑ってくる。
作戦成功という顔をしているが、それは間違いだ。だってリュートは私が魔法をかけられても解けても変わらない。
「シンデレラの王子か……」
ガラスの靴を手に国中を巻き込んだ嫁探しをした王子を思い起こさせられたが、リュートはもっと厄介な気がする。
慕われるのも難しいものだ。私は肩を竦めながらも、それでも嫌な気はしなかった。




