縫いとめられた蝶
どうしてこうなったのか、突き詰めていけばリュートのせいだ。だから今、私が説教されるのは腑に落ちない。
「気が付けば二階に行っているし、戻ってくれば着飾っている……まったく」
ため息つきたいのは私だよ、上手くのせられちゃったけど、別にリュートの鼻をあかせる必要なんてなかったんだ。
「ちょっとした遊びだよ。ほらっ、これなら女の子に見えるからさ」
「何を着ていてもアスカは女だ。危ないから、とにかくもうここで大人しくしてろ」
「はーい」
まったく動じていないわけでもないが、ほぼ変わらない態度のリュートはつまらない。もっと驚くかと思ったのに、リュートはそこまで私に関心がなかったようだ。
これ以上くどくど説教されるのはごめんなので適当な返事で終わらせる。そうしたら、一気に話題がなくなり気まずい沈黙が流れた。
「え、えーと。その、リュートどこかに行ってきてもいいよ」
一応気を遣ってあげたのに、リュートはこちらをちらりとみただけ。
「なぜ?」
「だってせっかくこういう場所だし、人気あったし、ねぇ?」
「隠れるためにきたんだ。それにアスカを放っておけない」
さっきまで私を放って囲まれていたくせに。おっと、これは断じて嫉妬ではない。あくまで事実を言っただけだ。
「不満そうだな」
私の考えを読むなよな。
「不満なんてないよ。着替えして楽しい夜を過ごせたし」
「それで俺を追い出してどうするんだ?」
リュートがもし部屋を出ていったらどうするか。腹立つけど仕方ないから寝るくらいしかできないな。
「一人でまたふわふわとさ迷い飛ぶのか? 絶対に放っておけないな。それに出ていく理由なんてない」
理由ならいくらでもあるじゃないか、綺麗どころがよりどりみどりなんだから。
「まぁ、私はどっちでもいいけど。ただ、私を見張ってても良いことはないよ」
どうせ着飾っても驚かれない程度だしというのはリュートに褒めて欲しがっているみたいだから言うのを止めた。まぁ、考えた時点で褒めてもらいたかったっていう事実が発覚したけどね。
なんと私はリュートに誉められたかったようだ。
いやこれはきっとこれはプライドの問題だ。男に間違えられたことで少し私はムキになってしまっていたようだ。
「良いことがない? アスカと一緒なのに?」
「何、それ」
「アスカと一緒なら良いことばかりだ。王宮でも、街でも」
おかしなリュートが復活したようだ。うむ、余計なことは言わないに限る。
「いや、私といるならそれでいいよ。当初の目的は隠れることだしね」
事前回避能力は遥かにアップしたと思う。経験値を積んだかいがあった。
「アスカはこういう服も似合うのだな。体を動かすことが多いから見習い騎士の服を渡したが俺のミスだったな」
「い、いきなり何」
全身見つめられて慌ててしまう。いくら経験値を積んでも敵のレベルは高かった。
「アスカを男だと思う者はいないぞ。どんな格好でもな」
……はいはい、負けました。もう拗ねるのは止めるから許してください。
真顔で言われたら私の心臓は持ちません。
「根に持つのは止めるから破壊力抜群な言葉はもういい」
リュートは何のことかわからないで首を傾げているが、説明する気はないので話題を逸らしてしまおう。
「これってどうやって脱ぐの?」
後ろに手は届いても複雑に絡み合ったリボンは解けない。
背面編み上げコルセットなんて着たことないもん、今はワンピがおしゃれな時代だよ。ガバッ、ストンな服じゃなきゃ着られないよ。突然代わった話にリュートは何か言いたげだが、そんなのはお構い無しだ。
「ダメ……腕疲れたからパス」
「えっ、俺?」
絶対余計に絡んでしまったリボンにリュートが挑む。
「こっちか……くそっ、こうか? この態勢は腰が……」
意外に不器用なリュートは私の腰に目線を合わせるべく身を屈めているのが辛そうだ。
「あっ、じゃあ寝転んだらいいんじゃない? 私も楽だし」
「名案だ!」
さして深い考えを持たなかった私たちはさっそくそれを実行する。
ヒラヒラする袖が今まで生きてきた中で最も大きく華美なベッドにまるで蝶の羽のように広がる。
「ここをこうして、おっ! 調子が良いぞ」
ドレスも脱げて気まずい雰囲気からも脱却できて、まさに一石二鳥だ。
「できた!」
ほどなくしてリュートの達成感が籠もった叫びが響いた。
「やった――って重い。私の上で力尽きないで」
集中力を切らしたリュートは中々動いてくれない。
「おーい、リュート、リュート」
「リュート、アスカ?」
私がリュートを呼ぶ声に違う声が重なる。しかも近い。あぁ、もう展開は読めたよ。どうして私ってこう波乱を呼ぶんだろう。
「リュート、アス…………」
沈黙が長い。言いたいことがあるなら言えよ。私は言いたいよ、まずノックしろと。
「誰か来たのか? そして出ていったのか?」
「誤解があったんじゃない?」
ようやく力が戻ったらしいリュート。しかし、私の言葉に固まる。
「今の声、ゲイルか?」
「私ははっきり姿も見たよ」
どうして彼がここにいるということはたいした問題ではない。
「ちょっと行って来る」
「捕まらないようにね」
騎士以外にもリュートを捕獲しようとしているお姉さんがいることも含めて注意しておく。
そして私は誤解うんぬんよりも眠い。一体何時だよ?リュートがリボンと格闘してくれている間に限界は来ていた。
それなのにリュートは、ゲイルとさらにシリス、ついでにロウを連れて部屋に戻ってきた。あの、この話って長くなります?
ベッドはでかいが部屋は狭い。比較的体の大きな男三人に私で窮屈な感じがする。
膝上で丸まって眠っているロウにつられて、私もうとうとしてしまう。弁明しているリュートの姿がぼんやり見える。
「よくここがわかったね」
「ここは僕らがよく来るからね」
眠気覚ましに口を開けば、けろっと返される。
「ふーん」
「俺はすぐ帰っていた。一緒にするな」
白い目をした私にリュートは間髪入れずに訂正してくる。
「酔いつぶれて泊まったこともあったじゃんか」
ゲイルは空気なんて読まない。
「激しい夜を忘れたのかい?」
「ふざけるな!」
シリスは明らかに楽しんでいる。でもシリスが言うには時期が悪い。リュートは昼間にもあらぬ誤解を受けている。
言い争う二人を見ていたら白けた気持ちは消えていた。もしかしたらシリスは場を和ませてくれたねかもしれない。
「それで、どうしてここに来たの?」
「あぁ、良い情報だよ。なんと――」
「いらっしゃ~い」
重要なところで邪魔が入るのはもはやお約束でわかっているよ。常連客にはサービスもいいんだろう。
狭い部屋になだれ込んできた女性を追い出そうと必死なリュート、私と女性を見ておろおろするゲイル、そつなく会話をはじめるシリス。ふむ、収拾はつかないだろう。
「今日は賑やかしはいらないから。隠れ蓑は必要ないんだ」
「あら、秘密会議じゃないの?」
おっ、ちょっとは面白そうな名目で使っているのか。
「ちゃんとした客で来てって言っても三回に一度なんて寂しいわ」
前言撤回、見直して損した。
「もう勝手に楽しんでよ」
良い情報とは何か気になるが、これ以上振り回されてたまるか。私は騒がしい部屋の中でベッドに潜り込み疲れを癒すことにした。
色々消費した一日だったと目を閉じれば三秒で夢の世界。脱ぎかけのドレスが寝返りで乱れて夜気に触れても私は目を覚まさなかった。




