さなぎから蝶へジョブチェンジ
まったく昼間はひどい目に合った。ロウが膝の上で寝るからつられてしまった。 気付けばリュートによしかかったままよだれを垂らしそうに寝ていたなんて女としてどうかしている。おかしいな、イケメンに抱っこされて眠るとか確実に経験値を積んでいるはずなのにレベルが下がっている気がする。
「まだ眠いのか?」
「これ以上寝たら、目が溶ける。これからどうするの?」
リュートは相変わらず私のことなんて意識していないようだから、私も努めて平静を装う。
「シリスたちが魔術師について調べてくれている結果を待って行動した方がいいだろうな」
いくら似てないとはいえ、似顔絵付きの手配書がばらまかれたので油断は禁物だろう。
「じゃあ昨日と同じところに泊まるの?」
「どうするかな、ばれていないとは思うが――危ない!」
「えっ、うわっ――やあっ!」
いきなりリュートに持ち上げられて驚いたが、すぐに私の足は臨戦態勢。リュートに抱えられているから両足がつかえちゃう。
「ガウッ」
いつの間にか胸の中にいたロウも起きていて、急な襲撃に応戦する。
リュートも私という荷物を軽々と片手で持ちながら、もう片方の手で敵を倒していく。
「結構人数いるね……」
本当はみんなバラバラに逃げた方が良いのだろうが、私はこの街のことを何も知らない。きっとすぐに捕まってしまうだろう。
「人ごみに紛れよう」
決して別れようと言わないリュートは頼りになる。だが、迷惑はかけたくない。
「あっちは?」
周囲を見回して、手頃な場所を指し示す。
「……仕方ないか。いくぞ。ロウも!」
「はいはーい」
普段仲が悪いのにこういうときはしっかり連携がとれている。
私たちはそのまま人が集まる夜の街に溶け込むように雪崩込んだ。
「追加の追っ手はいないみたい」
「さっき伸した奴らが復活する前に隠れるか」
ようやく地面に下ろしてもらったけど、よく考えたらローファーで走るのは無理があるよね。初日にそれでリュートに捕まったし。
制服は目立つからって見習い騎士から服は貰って変えていたけど、靴のサイズは合わなかったんだよね。まぁ贅沢を言えば服も大きいんだけど。って今はそれどころじゃない。
「アスカ、大丈夫?」
余計なこと考えてたらロウに心配をかけてしまった。しっかりしなきゃ。
「あら、レンリュート様じゃない」
「本当! 珍しいわ、ぜひ今夜はうちの店に」
「ずるいわ、うちに来てくださいな」
気が付いたら綺麗なお姉さんたちに囲まれていた。すごいなリュート。
「いや、俺は――」
「あら、可愛いお連れ様まで。見習いさんかしら?」
私はこれまで生きてきて男勝りとは呼ばれても、男に間違われたことはなかった。髪も長いしね。一気に気分が下がる。デレデレしてるなよ、リュート。
私の八つ当たりするような視線を感じてか、リュートがお姉さんたちの間から出てくる。
「アスカ、どこかの店に隠れようと思うのだが」
「リュートの好みがいるところにすれば。私は女なんで、大人しく隅っこにでも置いておいてくれれば構ってくれなくて大丈夫ですから!」
私にも色目を使うお姉さんに顔を背ければ笑い声が聞こえてくる。
「あら、女の子だわ」
「見習いさんの服を着ているんだもの間違えたわ」
悪気はなくたって傷つくんだ。でもいつまでも拗ねていたら子どもだよね。
「もういいよ。リュート、どこに行くの?」
「あぁ、あそこだ」
「やった! 私の店」
なんだ、お目当てがちゃんとあるのか。なんとなくモヤモヤするが、迷っている暇もないため嬉々として案内してくれるお姉さんに付いて行く。
「結構大きい」
洒落たレストランにも見える建物を見上げていたら、慣れた足取りのリュートに引っ張られた。こういう場所で威張っても格好良くない。
「いらっしゃいませ~」
店の一階は酒場になっているようで、女性と男性が入り乱れて酒を飲んでいる。とりあえず席に着くとあれこれリュートが世話を焼いてくる。別に機嫌取りしないでもいいよ、どうせ男みたいなんだから。傷心の私のハートは癒せやしない。
「服……忘れてたな」
「動きやすいからいいよ」
大立ち回りすることを考えればちょうどいいのは本当だ。
「アスカ、なんかみんな見てる」
ロウは珍しそうに周りを観察している。私も同じように店内を見渡せば、二階に続く階段が目に付く。
「ここは調べが入る可能性がある。二階の方が安全だ――」
「真面目な顔してスケベ……」
「はっ? 何を――」
「はーい、レンリュート様」
ちょうど良いタイミングで数人の女性が席にやってくる。囲まれて身動きできないリュートを見るとムカムカしてきた。蹴散らせるくせに。
「ねぇ、上に行かない?」
上? それは私を誘っているってこと? ふふふ、見る目がある人は違うなって声が女?
見上げた先には満面の笑みを浮かべた女性がいた。あれ、さっき女主人って紹介されたような。
「いいでしょう? 楽しいわよ」
非常に魅力的な笑みが向けられて、私は思わず頷いてしまう。これが男を魅了するテクニックか。我に返って軽い返事に後悔したが、女に二言はない。私は動けないでいるリュートとロウを置いて女主人に着いていく。
「そうこなくっちゃ、着飾るわよ」
あれ? なんで着飾るの? 私の疑問なんておかまいなしに二階の一部屋に押し込められる。
いつものポニーテールがほどかれて丁寧に梳かれると気持ち良い。少し傷んだ髪に染み込ませてくれたオイルはほのかに花の香りがする。
「なんでこんなことするわけ?」
「面白いから。レンリュート様が自ら店に足を運ぶことはなかったし、いつもふらりとどこかに消える。それなのに、今日は女の子を連れてきているんだもん」
「男に間違われましたけどね」
抵抗しても無駄なので、素直に用意されたドレスを纏う。現役女子高生にミニスカートなど敵ではない。
「それは格好が悪いのよ。だから、これで余裕こいている男にひと泡食わせてやりましょう。女性を不機嫌にさせて放っておくのは許せないわ」
私が怒っていたのは傍から見ても丸わかりだったようだ。
「ひと泡ねぇ……って化粧まで?」
「そうよ、遊びは本気じゃなきゃつまらないわ」
もう好きにしてと勝手にさせれば、粉が叩かれ紅がのせられる。鏡で見せてもらったら思ったよりも派手さはなくて受け入れられた。
「完成! ふうっ、良い仕事をしたわ」
「これでぎゃふんと……言わせられるかも、いやどうかな?」
出来は自分で言うのも何だが、中々良いもんだ。だが、周りはツワモノばかりだ。
「これは、お客さんが寄ってきちゃうかもね……私の腕はやっぱりすごいわ。素材も良かったかも――って勝手に行かないで!」
「いざ尋常に勝負!」
止める声がした気がしたが、私は部屋を出て一気に階下へと駆け下りる。階段の途中から、まだリュートとロウが囲まれているのがわかる。
「リュート――」
「おろっ、みない顔じゃん。今日はこの娘にしよっかな」
邪魔をするな。本当に私ってツイテない。さっきまで男扱いで、今度は急に女扱いか。
「私は店の者じゃないんで」
「何! 俺は客だぞ!」
話が通じていないのは、男がバカだからか酔っ払っているか。どっちでもいいけど、私だって客なんだ……お金を払うのはリュートだけど。客が絡まれているんだ、なんとかしてよ。さっきの女主人はどうした?
「よし、行こう」
「だから、私は……」
こうなったら実力行使しかないかと、腰にあてられた手を捻り上げようと掴み返した瞬間。男は命拾いをした。やんわりと男の手を引きはがして、リュートは私を引き寄せる。
「アスカ、何をしている?」
「……夜の蝶ごっこ?」
女主人にのせられたが、リュートの気を引こうとするような計画だったことに今更ながらに気が付いてバツが悪い。
「おいおい、俺のことを無視するな――すみません」
リュートの睨み一つで退散かよ、弱いなもう。それで私に声かけるなんてどうかしている。
「皆さん、決めました。今日は彼女と過ごします」
「んっ? えっ――うげっ」
反論する前にリュートの肩に担がれた。腹を圧迫するな、さっきやけ食いしたご飯が出てくる。じゃなくて、パンツ見えるでしょう!
そんな私の心配など気にもせず、リュートは颯爽と階段を昇る。
「あの子誰?」
「新入り? 悔しい」
誰も私の正体に気付いていないらしい。ミッションコンプリートか? いや、特にミッションはないけどさ。でも二階に隠れるっている目的が私もリュートもスマートに達成できそうでよかったかな。リュートは別の人といたかったかもしれないけど、すぐ選ばないのが悪いんだ。それにそうなると私の居場所がない。まさか同じ部屋の隅っこに置いてなんて言えないからね。
そう考えると本当に良い仕事をしたじゃんと思えてくる。動くたびにシャラシャラと鳴る髪飾りも白粉の独特な香りもやけに薄い布地も悪くない。
「あっ、ロウはまだ囲まれているや」
思い出して助けに行こうとするが、リュートは離してくれない。
「ロウは大丈夫だろう。それよりもこれはどういうことか聞きたい」
私の全身を見ればそりゃあ驚くだろうさ、私も驚いた。どういうことかなんて説明できるわけがない。あぁ、夜は長くなりそうだ。




