王子と騎士の妖しい関係
ホームシックな夜から明けたらびっくりするくらいすっきりしていた。泣いて発散できたのかもしれない。そもそも私にはめそめそするのは似合わない。
「わっ、イタリアンジェラートだ……ここにイタリアはないからおかしいか」
細かいことは気にしない。美味しければ良いんだ。
「僕も食べる!」
「じゃあ、どれにする?」
すっかりリュートにたかることを覚えた私たちはジェラートスタンドの前にへばりついて真剣に二種類選ぶ。
「イチゴは決まりで~あぁ、迷う!」
「僕はこれとこれ」
散々検討した結果、今私の手の中にはイチゴとレモンのジェラートがある。しかもてっぺんにはいっぱいのクリームが乗っかっている。
「おいし~い」
「おいしいね」
私とロウは鼻の頭にクリームをつけるというお約束をしながら夢中でジェラートを食べる。
「リュートは食べないの?」
「俺は大丈夫だ」
石造りの塀に並んで座る私とロウの横でリュートは塀によしかかって立っているため、ちょうどリュートの顔が近くにある。
「じゃあ、はい」
何気なくリュートにジェラートを差し出せば戸惑った顔を見せてくれる。やった、いつまでもやられっぱなしじゃないんだ。
「えっー、僕もアスカの食べたい!」
「お前は自分のがあるだろう。これは俺が貰う」
「ずーるーい。僕も……アスカ……食べたい」
泣き落としは私相手なら有効だけど、きっとリュートには効かないだろう。
「アスカ――こらっ、攻撃してくるな――食べるのは俺だ」
うん、なんか不穏な会話になってきている。通行人の皆さーん、食べるのはジェラートです。遠巻きに見てこないで。
「二人とも静かに!」
私の怒声でようやく平穏は取り戻せた。
「そういや聞いたか? 今、王子のところにはたいそう綺麗な者がいるらしいぞ」
「知っている。次期王子妃なのかと貴族の令嬢はやきもきしていたらしいが、なんでも新たな従者らしい」
雑踏の中から噂話がちらほらと零れてくる。
「あんなに贅沢できる従者なら、私なってもいいわ。うちで最高級の布地をいくつも買っていったわ」
「うちでは宝石よ!」
どうやら美麗は派手に暴れているらしい。よかったね、こちらもあちらと同じく低能で。
「でも、ちょっと我が儘すぎるとの不満も出ているそうだよ」
「ははっ、それをどうにかするのが男の甲斐性ってもんだろう?」
「違いねー」
ちょっとで済んでいるのだから、美麗は上手くやっているようだ。腹は立つが、まぁ元気にやっていると聞いて安心したのも確かだ。
「王子とミレイの話題だな」
「うん、さすが美麗だわ。まさか王子も誑かせるとは……となると廉なんて一捻りだったんだろうな」
この世界に来てからやけに顔が良い奴ばっかりに出会ってしまって、私の中での良い男像が揺らいでいくよ。まぁ、男は顔じゃないねってことか。廉は性格もダメだけど、だって彼女の友人と浮気しようなどバカすぎる。
「レン……“元”彼氏か? ミレイはその男にも迫ったのか?」
いやに元を強調した言い方だったが、私としてはそれが正しい言い方だと思う。
「さぁ? 今となってはどっちがどうかはわかんないや。だってどうでもいいんだもん」
もはやあれは忌まわしい暗黒の歴史であって、封印されし過去だ。私には関係ないと言い切ろう。
「王子と言えば、お尋ね者の手配書を見たか?」
「あぁ、見た。これだろう? 綺麗な顔して何をしたんだろうな」
美麗たちの噂から、話は移り変わっていく。でもお尋ね者とは逃げる身としては気になるところだ。
「いや、聞いたところによると王子の愛人だったとかなんとか……」
へぇ、美麗が来て逃げられたのかな? ざまあみろ。
「アスカっていったか?」
「アスカ! ってわた――むぐっ」
思わぬところで登場した私の名前に反応してしまったが、すぐにリュートの手が私の口を塞ぐ。
「どうしたんだい? お嬢さんたち。もしかして、これが気になるのかい?」
騒ぎは噂話をしていた男たちまで届いてしまっていたようで、近寄ってこられる。手には例の手配書。身比べたらきっとばれちゃうよね、ピンチだよ。
「あっ、アスカ!」
「どこがよ――――!」
男が差しだしてくれた手配書を覗いたロウが、失礼な発言をする。私は人間です! こんな幼児の描いたゴリラみたいな女じゃない……と思う。
「こりゃひどいな……」
リュート、偉い。ちゃんと私をわかってくれている。
手配書に描かれたのは落書きレベルのかろうじて人と呼べるか呼べないかの似顔絵。ちなみに私らしい。これは絶対に美麗が描いたんだ、あの子は美術がお情けで2を貰ったレベルの画力なんだ。どこまでも私に喧嘩を売る気ね。
それと、ロウとは後からどこが私かじっくりと語り合う必要がありそうだ。
「まっ、こっちはおまけ。本命はこれだよ」
私のと認めたくない絵は適当に丸められて、もう一枚が差しだされる。おぉ、美形……ってこれリュートじゃん!
「これって……」
「美人だろう?」
自信満々に言われたら私は曖昧に笑うしかない。手配書のリュートは今より若干幼い顔をしていて、髪が長い。それだけで人の印象は変わってしまうもので、男たちは美人だと持て囃している人物が目の前にいることに気が付いていない。
「これリュート? 変なの」
相変わらず鋭いロウを抱え込んで、男たちが気付かない前に移動するのがいいだろう。ショックだったのかリュートは固まっているため、袖を思いっきり引っ張る。
「あ、あの。ありがとうございます。私たちはこの辺で」
不自然な退場だが、元々私たちに興味があるわけでもない男たちは気軽に手を振って見送ってくれた。よかった、本当によかった。
どこをどう走ったかわからないが、ようやく私たちは落ち着いた。途中、騎士がうろうろしていたりして冷や汗をかいてしまった。
「どうして王子は私たちを探しているんだろう。魔力がない私は用済みってはっきり言ってるし……」
私が魔力を持っていた事実はほんの数人しかいない。誰かが密告したとも思えない。それなら答えは一つ。追っているのは私ではない。
「俺のことを探しているのだろう」
「やっぱり……」
そうじゃないかと薄々思っていた。それにしても王子のこの気合の入れた絵。
「本当に愛人?」
「アスカ、愛人って何?」
せっかくリュートに聞こえないように呟いたのに、ロウが拾い上げてリピートしてくれた。
「ロ、ロウは知らなくてもいいことだよ。あは、はは」
「俺にも教えて欲しいな、愛人とは何だ?」
私の言葉が聞こえていたリュートの笑顔が怖い。
「いや、その……王子がリュートを何で追い掛けるのか総合的に判断した結果であって、事実と異なる場合があります」
「当たり前だ」
「そ、そうだよね」
なら、王子の片想いかもしれないな。美化されて見えているのも頷ける。私には隠し事は向いていないようだ。まだ怖い笑顔を張りつけたままのリュートが手配書を突き付けてくる。
「これは、王子が俺の顔を知らないからだ。幼い頃の記憶に付け足したんだろう」
今は騎士らしい体つきで女性には見えないけど、小さい頃は可愛かったのかもしれない。イケメンの子どもの頃ってみんな可愛いもんね。
「一方通行か」
「違う」
思ったことをすぐ口に出すのは止めるようにしなくてはいけない。リュートに睨まれてしまう。こんな態度のリュートははじめてで不謹慎ながら楽しくもある。 でも、なにやら訳ありの様子なので私はこれ以上追及しない。もしかして、禁断の……
「一切想像するようなことはないからな」
声に出してないのに私の考えていることはばれたようだ。
「愛人……愛人? リュートは愛人?」
無邪気なロウが囃し立てれば、リュートは大人気なく拳を振るっている。
「ふざけるな!」
「おーぼー、リュートなんて愛人のとこ行っちゃえ! 僕はアスカの方がいい。柔らかいし、いい匂いだし」
腰にしがみついてくるロウは懐いてくる犬のようだ。
「だから愛人じゃない! なんであんな男と誤解されなくちゃいけない!」
リュートの切実な訴えが真っ昼間の広場に響きわたる。あっ、逆効果かも。
「あの人、男の人との浮気を責められているのかしら?」
「彼女がいるのに?」
「貴族や金持ちに請われて仕方なくって可能性も……」
同情と好奇の目が存分に注がれる。これはきついかもしれない。
「ふっ、ふふふ……」
「リュート?」
まずい、壊れたかもしれない。
「ご、ごめん。私が余計なこと言ったから」
「なら責任とってくれ」
責任? なんの話だ――って、うわっ。
「あっ、ずるい! 僕も」
「犬型ならいいぞ」
リュートって謎、ロウを子犬いや狼の姿に戻してしまった。これって簡単にできることなのかな。
「魔力がある程度あればな」
また私の考えは筒抜けだ。それならこの状況も勘弁して欲しい。
「騎士の不名誉な噂を洗い流す」
「誰も騎士なんて知らないじゃん」
「心の問題だ。それに、アスカもおかしな疑いを消すだろう?」
あんまり喋らないで欲しい。リュートの声が耳に吐息と一緒に届いて困る。
「いいなー、恋人って」
「ママー、僕も抱っこ!」
衆人監視の中、私はリュートの膝の間で決意する。
思ったことをすぐ口にしない。そして王子とリュートの関係に妙な勘繰りはしないと。




