可愛い子には旅をさせよ?
ただ今、私は異世界の市中にいます。ロウと手を繋いで、はしゃいでいたらリュートにはぐれないように注意され空いている手を握られた。
「視線が痛い……」
さすがイケメンは世界共通なのか、リュートを見る女性たちの視線が多い。
だがそれが、非常に居たたまれない。だって私はイケメンに奉仕される程の器量はもっていない。
「どうした? アスカ」
リュートが覗き込んでくる。逆に問いたい、どうしたリュート? 君のキャラはこんなんだったか?
「……なんでもない」
元のキャラなどそもそも知らないのだから。ただ、私に従うと言ったあたりからリュートが変わった気がする。
王子から解放されたのがよほど嬉しかったのか。私にへつらってでも避けたい相手に従わされていたリュートには同情する。
「疲れたんじゃないのか? 抱えてやろうか?」
「前言撤回! なんでもなくない、リュートおかしいよ」
「何がだ?」
自覚症状なくリュートは私を甘やかしている。これは魔法のせいなのか、それなら早く解かなくてはいけない。いや、もう解けたのか。
「アスカ、おかしい男は放っておく。あっち行く」
ロウが私の手を引っ張る。
「おかしいとはどういう意味だ? 俺はどこもおかしくない」
「ふ~ん、主人が変だって言っているのに?」
「アスカ! 俺のどこがおかしい?」
顔を近づけないで欲しい。リュートの顔は実は好みだ。騎士らしい精悍な顔立ちで真面目に見つめてくるのは反則だ。
「いや、その……私に構うのとかさ」
「アスカを構って何が悪い!」
「私、主人にはならないって言ったよね」
どうしてデレた? 私は真面目な顔が好きなのだ。
「アスカに仕えるのは僕だけ!」
「何! 俺が子犬に負ける?」
「僕は犬じゃない! 狼だ」
少年の姿をとっていたロウがどうみても子犬にしか見えない、狼の姿へと変化する。
「アスカは俺ではなく、ロウをとるのか……」
なんか激しく誤解を招く発言を道の真ん中で座り込みながら言わないで欲しい。ほら、注目されているじゃないか。私が悪人って視線痛いよ。
「やだ、あの子……たいした顔じゃないのにあんな良い男を弄んでいたみたいよ」
「どこかの金持ちなのかしら?」
私は金に物を言わせてリュートを弄び、飽きたら捨てる悪女らしい。そんな女になれたなら、彼氏を友人に盗られていなかっただろう。
本格的に困った。リュートがこんな人だとは思わなかった。一日一緒に過ごしただけで性格はわからないのは当然だが、まさかこんな展開になるとは想像もできないだろう。
「リュート、落ち着いて。ほら、立ってよ。ロウはさ、なりゆきで使い魔になってもらったけどリュートは仕返し仲間だから従うとかなしって言ったでしょ?」
とりあえずこの目立つ男をどうにかしなくてはいけない。私はリュートの手を引っ張って立たせると適当な脇道に逸れる。
「ちぇっ、こいつなんて置いてどっか行こうよ。楽しいものいっぱいあるのに」
ロウの誘い通り、異世界の街は見たことがないものばかりで興味引かれるが今はリュートを宥めるのが先だ。
「仲間なら、疲れたアスカを抱えるのも当然だろう? なぜおかしいと言われなくてはいけない?」
仲間という自覚はあったらしい。それにしても、なんか威圧的な言い方なのは気のせいだろうか。
「じゃあ、シリスとかゲイルが疲れたって言っても同じなの?」
「当たり前だ」
「ほら、普通しない――って、えっ! 当たり前?」
リュートの今までの行動って当たり前なの? じゃあ、シリスやゲイルもこれまでずっとこんな感じのリュートと付き合ってきたの? なんか愛されちゃってます的行動だなと思って恥ずかしがってた私って自意識過剰?
私は混乱状態で抱っこしていたロウの首を思いっきり締め付けてしまっていた。
「そう、そんなことするわけないのが当たり前だろう」
「しない……?」
「しない。気持ち悪いな」
きっぱりとしたリュートの答えを聞いて、私はようやくロウの首を絞めていたことに気付き力を抜く。やばい、目を回している。
「気持ち悪いって……私だって同じ仲間じゃん」
「アスカは良い」
「どうしてよ、主人だからはなしね。仲間だって言ったわよね――ほら、だから私とこれからはシリスやゲイルと付き合うように――」
「違う! アスカはシリスやゲイルとは違う」
なんだこの雰囲気は、リュートの真剣な目は何を意味している? シリスやゲイルのような仲間だからとも、主人だからという理由でもなく私を甘やかす理由……それって。
「えっーっと、それって……いや私の勘違いだよね? でも、もしかしてリュートは私のこと――」
「そうだ、アスカは守らなくてはいけない」
どうしよう、廉と別れたばかりなのに。私ってば意外とイケてた?
「どうして?」
「みんな庇護すべき子どもだからと言うからな、だが、俺は――」
「……子ども」
ふむ、冷静になろう。子ども、子ども……。私は子ども。なるほど、さっきのは疲れた、パパ抱っこ的な乗りね。はい、オッケー。
「全然オッケーじゃないわ! 乙女の心、弄ぶなよ!」
私は手元にあった何かを振りまわして勢いをつけてからリュートに向かって投げる。ソフトボールの授業では筋が良いって褒められた剛速球をくらいやがれ。
「な、なんだ! 何を怒っている? 俺はアスカを女性――」
「ぐえっ、アスカ。絞めつけたり……投げたり……」
どうやら私が投げたのはロウだったみたい、ごめん。リュートが何か言いかけているけど、私の繊細な心を弄んだ罪は重いわ。
「反省しろっ!」
リュートに向かって一直線に走り込み膝蹴りをお見舞いする。革製の防具を身に着けていたみたいでミットに打ち込んだような音がして手ごたえはいまいちだが、一瞬よろめいたってことは効いたんだろう。あとは逃げる。勘違いとか恥ずかしすぎる。
「待て! アスカ、女一人は危なすぎる」
「女じゃなくて子どもでしょ!」
リュートが止めるのも聞かないで私は広い市場に飛び出した。少し頭を冷やす必要がある。
「はぁー。やっちゃった……」
勝手に勘違いして蹴りをいれるとは最悪だ。もしかしたらリュートは愛想を尽かして王宮に戻ったかもしれない。そうなると、私はこれからどうしたらいいか……リュートがいないと何もできないことに今更気付かされる。
「庇護される存在って……そりゃそうだよなぁ」
キスしたから勝手に私が意識しただけで、リュートにとってはあんなの屁でもないのだろう。……なんかやだな、自分のキスを屁って。
「私のファーストキスなんて所詮そんなもんか……」
やさぐれた気分の中でも、リュートに謝ろうと決めて立ちあがる。何もできない子どもはもう少し助けてもらわないといけない。
「止めてください!」
私はつくづくトラブルに巻き込まれやすい。しかも、キスに関連して。
「ちょっとー、待ちなさい!」
軽く屈伸してから走り出し、正義の一撃を打ち込む。
「なんだ、お前」
腕を掴まれても慌てない。片足を地面で踏ん張り、もう片足を振り上げれば脳天にぶち当たる。後ろからの攻撃には肘で応戦、弱い奴らほど集団でか弱い女を襲うものだ。
「大丈夫?」
「あ、あの……ありがとう、ございます」
オドオドする女性は私よりも少し年上かな、囲まれて迫られたら断れなさそうな儚げな印象だ。だからって、無理矢理キスしようなんて私の目が届く範囲では許さない。
「いいえ、私キスに関しては呪われているので」
「えっ?」
「あっ、こっちの話です。無事でよかった」
こういう人だったら子ども扱いしないのかな。ふと過った考えに私は慌てて首を振る、だってそんなのって私がリュートに子ども扱いして欲しくないみたいだ。いや、して欲しくないけどさ、なんか女として見て欲しいって言ってるみたいでそれはおかしい。
そう、おかしいのは私だ。リュートは至って普通なんだ。
「あっ、あのー?」
「はっ! ごめん、何?」
思考に耽っていた私に助けたお姉さんが後ろを指差す。
「アスカ!」
「リュート」
「僕もいるよ!」
「ロウ、ごめんね」
投げつけるという荒技を使った私にロウは怒りもせずに抱きついてくる。謝罪の意味を含めてぎゅっと抱き返す、もちろん力加減は考えた。
「僕、大丈夫。リュートが馬鹿なのが悪い」
「あはは、リュートは馬鹿じゃないよ。私が馬鹿だった」
「……どうしてそういう結論に?」
リュートが気まずそうな顔をしている。子どもと言ったのを悪いと思っているのかもしれない。だから、私は解決したことを知らせてあげる。
「おかしいのはリュートじゃなくて私だったってこと。いや~おかしかった。キスしただけでどうかしてた」
「たかがって、俺はそれに救われ――」
「はいはい、だからしばらく助けてねー。私は、まっ、子どもでもいいからさ」
すっきりするとお腹が空いてきた。リュートなら名物も知っているだろう。
「子どもって言っているのはみんなで俺は女――」
「何か食べよう!」
「僕、おいしい物、知ってる」
ロウに引っ張られて私は市場の中心に足を向ける。振り向くとリュートがまた道の真ん中に膝をついている。
うん。やっぱり少しはリュートもおかしいかもしれない。




