人生最高の出来事
リュート視点です
今日も気の乗らない王子の趣味に付き合わなくてはいけない。
それは俺が騎士だから従わなくてはいけないという単純なものではない。ずっと続く忌々しい魔法。今ではもうどうでもよくなってきている。適当に一日をやり過ごし、汚い騎士舎で気の合う連中とつるむ。それでいいんじゃないか。
だから、今日もいつものようにやり過ごそう。そう思っていた。
「本日は、至宝の魔術師にふさわしい従者を呼び出す」
召喚を行うといった王子に周囲は感嘆の声を上げたが俺は黙っている。哀れな生け贄となる召喚者には同情する。だが、止める力のない俺は結局王子と同罪なんだろう。
「意味がわからない」「ここはどこだ」と召喚された娘の一人は叫んでいて、もう一人は「怖い」と怯えた表情を浮かべている。
なぜか二人も呼んでしまったため、王子は一人を始末しようとしている。
二人の娘はどちらも小柄で幼く見える。だが、近くで見た王子の評価は違ったらしい。
「貧しいのと豊満なの……愚問だな。こっちだ」
貧しいと言われた娘の方は一瞬怒りを見せてから、すぐに諦めた顔をする。俺からしてみれば、さっきまで隠れていた娘がすぐに甲高い声を上げて喜んでいる方がよほど貧しいと思う。
「レンリュート、始末しておけ」
「はい」
俺は鎧に兜を鳴らして迷いなく一人の娘の腕を掴む。ここにいつまでもいるべきではない。
「いたっ」
これくらいの力でも痛いのか。俺は一応注意しながら、手を引く。
「早くここから去るぞ」
伝わったのかわからないが、俺たちは王子たちの前から去ることに成功した。
娘は俺よりもかなり小さい。少し癖のある髪を一つにまとめているいる横顔は幼くみえる。
「ここ、一体どこなのよ」
「ここはシディアン」
娘の呟きに手短に答えてやれば首を傾げられる。簡単に事情を説明すれば、娘は怒りに震えだした。そして、事もあろうか逃げ出した。何もわからない土地で無謀すぎる。
「あっ、おい待て」
俺は急いで追いかける。何か危険があってはいけない。
「はーなーしーて」
娘は激しく抵抗するが、小さな体ではたいした攻撃にはならない。
「大丈夫だ。始末などしない」
「どうして本当だって信じられるのよ!」
睨んでくる瞳と目が合うと、必死に強がっているのがわかり真剣な娘には失礼だが可愛らしい。だから俺は精一杯の気持ちを伝える。
「信じろ。俺だって始末なんてしたくない。わからないのか? そんなこと喜んでする奴いない」
「ほ、本当に?」
瞳を大きく見開いた娘は、立ち上がることができないでいるようだ。怖がらせてしまい悪いことをしたと反省する。差しのべた手を掴んでもらえたことにほっとして、俺は娘を助け起こした。
「よく見たらイケメン……」
「いけ、めん?」
娘の言葉はよくわからない。それから鎧さんと呼ばれるので、名前を教えた。
「レンリュートさん……ちっ」
なぜか舌うちされた、名前を言ってこんな態度ははじめてだ。
「……ちょっと嫌いな奴の名前に似ていて……レンリュートさんと比べるのもおこがましい奴ですけど……」
似た名前の嫌いな奴……恋人だろうか。仕方がないと言えるかわからないが、好きに呼んでいいと言っておく。
「はい! 私は明日香と言います。あの顔はいいけど性格最悪な王子? に呼び出されました。一緒にいたのはつい昨日まで友人だった子です」
娘はアスカというらしい。しかももう一人の娘が友達だという、あの態度でか……。しかし、王子に対して容赦ないな。俺は気持ちがいいが、周りに聞かれると面倒だ。
「聞かれたら大変だぞ……しかもなぜ王子? と疑問形なんだ」
一応忠告しておけば、アスカははじめは落ち着いて、しかし段々とヒートアップしていく。
「うーん、王子なんて私にとっては身近じゃないからですかね。それに大変とか言われても、一回処分と言われているから怖いものなんてないです。大体勝手に呼んで自己紹介もしないんだから、バカ殿って言ってやる!」
アスカは顔を真っ赤にさせて憤っている。それはまったく当然のことだが、見ていて気持ちの良い怒りぶりだ。
「そのアルベールなんちゃら王子はいいや。私はどうしてこんな目にあってるのよ! 二匹とか言われるし……貧しい胸とか、私は貧しくない!」
いつまでも続くアスカの怒りは王子の失言にまで至っている。俺もあの発言は気になっていた。
「まぁ、細くて小さいからそんなものだろうな」
「そうそう、スレンダー……ってセクハラ!」
正しいことを言ったはずなのに、俺の首に向かってアスカの足が伸びてくる。なぜだ、まったくわからない。軽い跳躍と共にきた攻撃は中々筋がいい。なんでも家が道場で、兄三人と鍛錬して育ったらしい。アスカは武闘家かと尋ねれば、また知らない単語が返ってくる。
「そんなファンタジー職業じゃない! 一般人、女子高生!」
「女子……コーセー?」
なんでも、女子高生とは魅惑の生き物で、世の中にいる大半の男がありがたがる存在なだそうだ。その後もよくわからないことを言うアスカは異世界から来たことが明らかになる。元いた場所に帰るには王子か友人の力が必要だが、それはアスカの矜持が許さないらしい。大体、始末と言われたのだからのこのこ出ていくわけにもいかない。
俺はそんなアスカを放っておくことができなかった。
騎士舎に入る前にアスカは何やら渋った様子を見せたが、ようやく中に入ることができた。古いが慣れればそう悪いものでもない。アスカもはじめは戸惑っていたが、すぐに友人のシリスやゲイルとも打ち解けている。
「絶対に許さないんだから! 王子はもちろん美麗もね……三倍返しよ」
アスカの話は興味深かったし、表情をくるくる変えて一生懸命話す姿は見ていて飽きない。なんでもアスカの国では男性が女性から贈り物を貰うと三倍にして返さなくてはいけないらしい。
「なるほど、どこの世界も男性は女性を口説くのに必死ってことだね」
シリスの言葉に俺はまったくだと頷いた。
それからしばらく話を続けて、アスカが十六歳だとわかった。もう少し年下かと思っていたが、ずいぶんと年頃の娘だったらしい。確かにしっかりしているとは思う。魔法も知らないというので詳しいことを教えようとしたところで緊急招集、まったくツイテいない。
俺は大人しくしているように言いつけて急ぎ出かけるが、王子のくだらない話の最中ずっとアスカのことが気になった。
さっきまでアスカと一緒にいたミレイという女が王子の近くにいて腹だたしい。アスカの言う通り三倍返しの目に合うと良いのにとも思う。シリスとゲイルも同じようで、俺たちは用事が済むとすぐに騎士舎に戻った。
戻った部屋は、すっかりと綺麗になっていて俺は言葉を失った。
「おかえり~、とりあえず恩を返してみました!」
笑顔で迎えてくれたアスカを見て、撫でまわしてやりたくなる。王子とミレイを好きなだけ懲らしめて欲しい。俺の分を取り分けてくれるアスカが不憫に思えた。
それから夕食の席でシリスが王子とミレイの様子を報告する。てっきり怒ると思ったアスカは意外にも落ち着いていた。なんでも、王子がミレイの相手をするのは仕返しになるらしい。ミレイとはよほどの悪女に違いないな、これは。
「魔法はかけられているから、王子に逆らうことはないだろう」
だが、残念ながら二人の関係性は王子が圧倒的に有利なのだ。
「魔法で従わせるってどういうこと?」
そうだった、アスカは魔法について知らなかった。俺は本格的に説明することにする。
「それは……キスだ」
「キ、キス!」
アスカが固まってしまう。俺は何かまずいことでも言っただろうか?
「あ、あの、節操なし女―! 廉の次は王子って何よそれ。勝手に服従でもしていればいいわ」
アスカは急に憤ってワインを一気飲みしている。レンとは誰のことだ? アスカは俺のことをリュートと呼ぶため俺のことではない。
「何話しているのよ~」
考え込んでいた俺にアスカが近寄ってくる。距離が近い上に、なんだか雰囲気が変だ。
「みんなしてキス、キスばっか! なんなの、もっと別のことを考えなさいよ。あーもう嫌だ。どうせ、みんな美麗とキスしたいんだ」
どうやら酔っ払っているらしい。キスについて何か怒っているのはわかる。
「もう、駄目だ」
止めてもアスカは聞く耳を持たない。
「何がそんなに気に食わないのかわからないが、とにかくキスが嫌なのか? 安心しろ、魔力がないだろうアスカは従えても意味がないからキスなどしようと思う者もいない」
俺の言葉にアスカは盛大に眉をひそめる。心なしかシリスとゲイルからの視線も冷たい。
「どーせ私は誰にもキスされたいと思われないですよ~だ。何よ、みんなして失礼しちゃう」
「……いや、そういう意味じゃな――」
どうやらアスカは俺の言葉を誤解したようだ。そんな意味ではないのに。なんとか謝ろうとしたが、その前にアスカはワインを盛大に零した。シリスとゲイルが布巾を探して部屋から出てい行く。この隙に謝ってしまおう。
「私とは誰もキスしたがらないって……じゃあ、証明して」
否定すれば、なぜか誘惑されてしまう。こ、これは……いや、相手は酔っ払いだ。
俺の葛藤など知らず、アスカの顔が俺に近づいていた。これは不可抗力だ。だが、その後のことは言い訳しない。俺は芳醇なアスカの魔力を味わいつくした。
驚いたことにアスカはその身の内に大きな魔力を潜めていた。俺を支配する忌々しい魔力を塗り替える程の……もっと、もっと。助けてくれ、そう懇願した俺をアスカは受け入れてくれた。だから俺はこれから、アスカに従う。これは俺の意思、きっと俺はアスカに魅入られてしまったんだろう。それなのに、アスカは魔法が使えるなら一人で旅に出るなどと言いだす。
今まで王子に拘束されていた、今後も心配。
本当はまったく心配はしていなかったが口実にはちょうど良い。子どもの頃は油断もあったが、今王子とキスする心配はなったくないがアスカに着いていくためだ。
「とりあえず、一緒に王子たちに仕返ししちゃう? 復讐っていうと重いからあくまで仕返しね」
困ったような顔をしたアスカだったが、結局折れてくれた。しかも魅力的な提案付き。アスカは俺のことを知らないはずなのに、時々鋭いことを言う。もっとアスカを知りたい。いや、これから一緒に旅をするのだ焦ることはない。俺は早速この騎士舎を夜に発とうと計画して仕事に出た。シリスとゲイルも色々手を貸してくれる約束をしてくれた。それなのに、アスカは波乱を呼びこむ名人なのかもしれない。
昼に戻った時、部屋ではアスカと子犬が眠っていた。それだけならいいが、子犬の正体は誰かの使い魔。しかも、いつの間にか自分の元へ引きよせたらしい。
ロウという使い魔がアスカに従うのはまぁ、いいとしよう。だが、その元の主人が気に食わない。アスカに罵られて悦ぶようなおかしな者は二度と近づけないように注意しなくてはいけないと俺は心に誓った。
だからこそ、事は急がなくてはいけない。
「ならすぐに発つか」
アスカは驚いたようだが、すぐに笑顔を見せてくれる。
この旅立ちの日は間違いなく、俺にとって人生最高の日だろう。




