Episode 8 死のグループ
生徒会役員選考闘技会、通称「祭り」のトーナメント表が発表されてから、初戦を控えたその夜は静かなものであった。
学生寮三階の大部屋の一室では、その場の空気がどんよりと深く沈み込んでいただろう。
頭を垂らした一人の生徒が重い口を開く。背中を丸め肩を落としているのは宇童ヒロトであった。
「マジかよ……俺ら神様になんか悪いことしたか? なんでこうなんだよ……」
腕を組み睨みを利かせている巨漢が上から被せて言い聞かせるのだった。
図太い腕と、綺麗に剃り上げられた頭が彼だと直ぐに教えてくれる。
潤布豊満である。
「悪いも何もくじ引きで決まった組み合わせだ。文句を言ってどうするよ」
「くじ引きっつってもよ、これは明らかに作為があんだろ。同じ対戦ブロックに例の四天王のチームが二つも入ってんじゃねえか!」
「作為があろうとなかろうと、勝ち進んで行けばいつかは必ず当たるんだ、文句ばかり言ってんじゃねえよ。なぁ、甲斐」
床のカーペット上に広げられたトーナメント表にはAからDの四つのブロックに振り分けられており、彼らFuture Worldの文字はBブロックの中に含まれていた。
同じブロックの対戦チームの中には、なんとあの四天王チーム、濔部率いるHanger 18とキングこと狩居率いるDragon slayerの文字が記されていたのだ。
因みに頭敷率いるDer SandmanはDブロックであり、須郷率いるAnswer XはAブロックと記入されている。
順当に勝ち上がっていけば、決勝までに四天王の内の三チームと当たる可能性があった。
しかもその初戦の相手こそが、因縁深い濔部率いるHanger 18であったのだ。
他のブロックと比べこのBブロックは、死のグループと呼ばれることとなるのであった。
ひとり今後の戦略について思考を巡らせていた甲斐であったが、豊満からの問い掛けに生返事で応えるのだった。
いま大事な戦略を練っているんだから声を掛けないでもらえないかな、とばかりに。
「大丈夫大丈夫、楽勝だから」
頬を膨らませ口を尖らせるヒロトであったが、彼よりも更に心配そうな顔を向ける巳華流であった。
「あのさ甲斐君……確かトーナメントの一回戦って、4対4の勝ち抜き戦だよね。勝った選手が負けるまで次の相手と対戦していくっていう……」
「そうだよ。しかも引き分けなら両者とも負け。そうなると次の選手同士で対戦し、最後まで勝ち残った方のチームが二回戦への切符を手に出来るというわけさ」
祭りのルールを詳しく知らない甲斐を除いた三人は、同じように頭の中で考えを整理してから口を開くのだった。
先ずはチームリーダーである甲斐に豊満が尋ねる。
「だとすれば、俺達の中で一番強い奴を先鋒に充てれば無傷で二回戦に進めるってことだな」
「そんな単純な話じゃないよ豊満君。神童同士の闘いになると、相手の能力の探り合いになるのさ。当然、負けたとしても次の選手はその能力に適した選手を充ててくるだろうし対策を練ってくる。特に優れた選手を始めから出してしまうと、全てのチームから目を付けられてしまうから試合が進めば進むほどに不利になってしまうんだ」
「切り札は最後まで温存しておけと言いたいのか?」
「そうじゃない。いくら相手の能力が分かったところで対応出来るかどうかなんてその時になってみないと分からないし、二年や三年の部で祭りに出た事がある生徒はその能力を他の生徒達に知られてしまっている。普通に考えれば不利だと思わないかい? だけどね、彼らも馬鹿じゃない。自分の能力を磨き、弱点を克服してくる。だから強い。だから、進級という形で上位神童として君臨しているんだよ。そんな相手に出し惜しみなんかしてられないのも事実なんだ」
ここでヒロトが首を突っ込んでくるのだった。だったらどうしろと言うんだ、とばかりに。
「待てよ甲斐。さっきから聞いてりゃ、楽勝だって言ってみたり、簡単には勝てねぇって言ってみたり、いったいどっちなんだよ」
「俺も教えてもらいたい」
「ぼ、僕も知りたい」
ヒロトに同調するように豊満と巳華流も尋ねるのだった。そしてヒロトに視線を向けた甲斐は笑顔であった。その男にしてはあまりにも可愛らし過ぎる笑顔に一瞬ヒロトは顔を背け頬を赤らめるのだった。
「僕達のチームは不測の事態がない限り勝ち進むと思うよ。断言しよう。ただし、その勝敗を分ける重要な鍵は、ヒロト君、君が握っているんだ。君は自覚がないようだからこの際はっきり言っておくけど。君は……決して非能力者なんかじゃないよ。だけど神童と呼ばれている僕達とはまた違う種類の能力者なんだと思う。なんとなく、そう感じるんだ。それに、むかし兄貴が言っていたんだけど……まぁその話は置いとくとしても、君の使いどころが非常に難しいところではあるんだよね」
「えっ……? まさか俺って、そんなに凄い奴だったの?」
「ある意味では、ね」
甲斐はフフフと笑いをこぼし再びトーナメント表へと視線を落とすと、誰に初陣を任せたものかと思慮を巡らせるのである。
豊満と巳華流の二人に至っては、まさかこのヒロトが? と信じられないとばかりに目を細め疑いの視線を投げ掛けていただろう。
ヒロトに至っては何処か誇らしげに、一人ニヤついているのだった。
あの濔部との対戦を、明日に控えているというのに、である。
夜が更けてくると、大部屋のドアが突然ノックされる。ヒロトと豊満は元々この部屋が自室であったが甲斐と巳華流は別の部屋である。
ノックしたのはヒロト達のルームメイトである残りの二人であり、チーム会議をするから少しばかり席を外して欲しいと甲斐から頼まれていたのだ。時間も遅くなり「もういいかい」、と戻ってきた次第であった。
「もういいよ」、と返事をする甲斐は結論を出したようである。
広げていたトーナメント表を折りたたみ、巳華流を連れ大部屋を出てゆくのだった。
ドアを締める直前に振り返り、ヒロトに向け声を掛ける。
「ヒロト君……明日の初戦、頼んだよ」
ヒロトは床に胡座を組む豊満の顔を見下ろしながら、「どおよ、見たか」と自慢げにガッツポーズをとるのであった。
呆れ顔で頭を抱える豊満に、後から入ってきたルームメイトの一人が近づき耳元で囁いてくる。
「あの、豊満君。さっき寮母の京子さんから預かったんだけど、君に渡してくれって……」
豊満に渡されたメモ用紙。書かれている文字に目を通すなり握り潰し、「ちょい小便」、と部屋を出て行くのだった。
不審に思ったヒロトではあったが、今は甲斐に初戦を託されたことに浮かれており後から入ってきたルームメイトの肩に手を回し自慢話を延々と聞かせるのであった。
トイレに行くと言って大部屋を出た豊満ではあったが、その姿は食堂の横に併設されている自動販売機コーナーにあっただろう。
コインを入れることなくボタンを押すと、取出口にカップが降りてきてコーラが注がれるのであった。
学生寮内の飲食はすべて無料と決められており、学生達は自由に飲み食いが出来たのだ。
口にカップを運ぶ豊満に向け、自動販売機の陰から女性が声を掛かけてくる。
姿は見せなかったが、豊満にはその声の主が誰であるか既に分かっていた。
「ヒロトの野郎に聞かれちゃ困るのかい、京子さん」
自動販売機の陰から半身を覗かせる京子であった。辺りを見回すその仕草から、周囲を警戒しているのが分かった。
豊満に渡したメモ紙には此処に来るよう書いてあったのだ。
「ヒロトが祭りに参加すると聞いて、少し気になったから調べてみたの。どうやら此度の祭りに参加するチームの中に、裏切り者が紛れ込んでいるようなのよ」
「そんな大事な情報を、俺なんかに話していいのかい? それって、特務課情報工作隊が取り扱う案件じゃないのか」
「ヒロトの親友である貴方だから話してるのよ。あの子、魔神の一件以来普通の身体に戻ったじゃない? あの頃のような殺意もなければ禍々しいまでの憎悪も感じないはずなのに、まるで別人のように感じることがあるの。隣二兄さんは、何か知っていてわざと隠してるんじゃないかなっ、て。だから今回の祭りにも反対することなく好きにさせてるんじゃないかしらって思ったの」
「だから昔の職場に潜り込み探ろうとした……」
「そう……それで、知ったの。この学園の中に裏切り者がいて、反乱を企てているってね。いま特務課はその人物を探り出そうと躍起になってる。たぶん兄さんはその首謀者を炙り出す目的でヒロトを利用しようとしているんだわ」
「そうだとして、何で俺にその話を? バラしたのがバレたら京子さんも俺もただじゃ済まないぜ」
「覚悟の上よ。貴方にお願いしたいのは、闘技会の最中にヒロトが巻き込まれそうになったら助けて貰いたいの。あの頃のような化け物ならまだしも、今のヒロトはごく普通の人間なんですもの」
豊満はコーラを一気に飲み干すと空のカップをゴミ箱に投げ入れるのだった。そして答えるのだ。
「京子さんよぉ、実は新の先公からもヒロトを護るよう頼まれてんだよ。此処に転入してくる前からね。なんでも此処の学長がヒロトに目をつけてるからって……学長、柴田直平は信用出来ない、ってね。勿論ヒロトの身に害が及びそうなら俺は手助けするさ。だけどな、ヒロトは決して弱くなんかないぜ。俺ら能力者なんかよりよっぽど、想いも根性もずっとずっと強いと思うぜ」
豊満は無言で背中を向けると自分達の大部屋へと戻って行くのだった。
京子の不安は拭えないままであったが、潤布豊満という青年の強さは知っている。彼と拳を交えた経験からも、彼が傍で助けてくれると言うならばその言葉を信じてみようと思うのであった。
しかしながら気になるのはこの学園の中にいる裏切り者の正体である。
祭りに紛れているという事は能力者である神童の可能性が高い。
京子がまだ幼いヒロトを育てる為にこの学園を離れた期間の間に、神童による反乱があった事は聞いている。
その時の首謀者の記録が存在していない以上、その者が消されたことは明白であった。
しかし京子も元は特務課情報工作隊の若きエースとして職務に就いていたものだから、とある疑念を抱かずにはいられなかったようだ。
第一次富士宮学園襲撃事変の首謀者は実は生きており、今回の案件に何か関わりがあるのではないか、と。
そうであればまた、国外勢力を加えた襲撃、いや、戦争が始まるのではないかと危惧するのであった。
明日に対戦を控え昂ぶる思い。
そして学園内で燻る火種。
しかし祭りは盛大に盛り上がり始まりを迎えるのである。
次話 忌み子




