Episode 6 兄弟
深夜の学園校舎敷地内。その中でも特に異彩を放っているのが南に位置する職員棟と生徒会執行部校舎であった。
特に前者は窓の一つとして存在しないコンクリートの巨大な塊であり、屋上に見える全天球型レーダー兼偽装映像展開装置が一般的な校舎とは思えぬ印象を与えていただろう。
この偽装映像展開装置とはその名の通り、国立富士宮学園全体をカモフラージュ映像で包み込み、周囲や上空からは何もない山林に見せる為の装置である。
いわば光の偏光周波を操作して擬似映像を見せているのだった。
その特性は合成開口レーダーとハイパースペクトル画像処理を用いたスパイ衛星の目さえ欺くことを可能としていた。
故に、国立富士宮学園の所在は人の知るところにあらず、なのであった。
更にその屋上の両翼にはMK41、垂直発射システム(VLS)のセルが埋め込まれており、数種類のミサイル、極超音速ミサイルなどが収容されていた。
果てはレールガンまでもが設置されているのだからその本気度が窺い知れる。。
ここまでくれば要塞と呼べただろうが、まさに陸上のイージスシステムであった。
かつて計画されていたイージスアショア構想が頓挫してからというもの、運用形態を変え防衛戦略上の必要性からこの国立富士宮学園敷地内に極秘裏に建造された経緯がある。
そして教員棟と呼ばれてはいるものの、この構造物の中には護衛艦で言うところの戦闘指揮所(CIC)が存在しており、これは外敵との戦闘を想定し対応を求められた結果であっただろう。
またこの建造物の中には当然ながら教諭室があっただろうが、一般的に見られるような各学年の教諭が集まっているような場所ではなかった。
各学年主任(一等陸佐)を筆頭に、その部下で構成される部署が四つ。
一年から三年の部、そしてSクラスの部である。
これらが独立して各階に振り分けられているのだ。
そしてこの建造物の地下階に、先ほど触れた戦闘指揮所(CIC)と今は無人の学長室があるのだった。
教員校舎と比較して隣の生徒会執行部校舎は一般的によく見られる造りであっただろう。
ただし、何故生徒会執行部の為に校舎まるまる一棟が与えられているのであろうか。
それは神童に関わる情報統括部や研究開発部が含まれている為であり、かつての京子が所属していた特務課情報工作隊もこの情報統括部の一部所に過ぎなかった。
また神童達の実験や研究に関わる部所もこの校舎の中に設けられていた。
生徒会執行部とは、それらの部所と生徒達の橋渡し役として学園から数々の特権を与えられているのだった。
その見返りとして、学園の意にそぐわない人物や神童達を処分するのも、彼ら生徒会執行部に課せられた辛い役目の一つであっただろう。
草木も眠るという闇深き時間、この二つの校舎の中の限られた部所だけは眠る事を知らなかった。
二十四時間外部からの侵入者と脱走者の監視に余念のない学園中のカメラと監視員達。
神童達から提供された細胞組織を電子顕微鏡で眺めながら、寝る間も惜しみ研究に勤しむ研究者達。
そうした生徒会執行部校舎の中にあって、生徒会執務室の椅子に掛けたまま鼾をかいている男が一人。
レザージャケットに革手袋、卓上に乗せ組んだ足にはカウボーイブーツ。
現生徒会長、押井皇仁より不在の間の生徒会執行部を託されたのが彼、前生徒会長である鬼蘢星礼実という二十歳の青年であった。
彼の右手の指に挟まれた煙草から、連なる灰がポトリと床へ落ちたと同時に、甲高い罵声が浴びせられるのである。
「ちょっと何やってんですか! 皇仁会長の神聖な席で煙草なんか吸って……。いくら会長代行とはいえこの私が許しませんよ!」
小柄な身体には紺のブレザーとミニスカートから覗くニーハイとの隙間を埋める絶対領域。二本のおさげ髪と黒縁眼鏡。優等生を絵に描いたような女生徒が青年の前に立っていた。
「なんだポップちゃんかよ……ひとが良い気持ちで寝てんのに起こす馬鹿がいるかよ。いま何時だと思ってやがる。夜中の三時前だぜ、ったくよぉ」
「その呼び方は止めて下さいって言いましたよね。も、と、会長さん」
「あらら、そうだったっけ」
腕時計の針を見ながら、鬼蘢星は怪訝な視線を彼女に向けるのだった。なんでお前がこんな夜中に此処に居るんだよ、と。
そもそもお前もなんで、と突っ込みを入れたいところではあるが其処は触れないでおこう。
生徒会執行部の中で書記を務める池井日向は学園行事すべてに関わる神童達の記録と管理を任されていた。
ポップとは彼女の名とその大衆的な見た目、そして彼女が隠しているもう一つの人格から付けられた愛称であったが、当の本人は気に入らない様子であった。
祭りを目前に控えたこの時期、数多くの参加が見込まれるチームを、先ずは一次選考の書類審査で篩にかけるべく過去の戦歴データと問題行動について調べていたのである。
気付けばこの時間になっていた為、データベースへのアクセスを閉じようとしていたまさにその時であった。
書記である池井にしか許されていないはずの生徒会執行部専用データベースに、外部から何者かが不正にアクセスし侵入してきたのである。
閲覧された情報は、過去に実施された神童達の『処分』についてであり、その詳細項目は例え書記である池井であっても情報の開示は許されていなかった。
だが、モニター上に開かれた項目の検索欄に一人の人物名が入力されると、システムは強制的に遮断されるのである。
日向は考える。生徒達が知ってはならない禁忌のデータにアクセス出来る人物とはいったい何者なのか。
物理的に衛星、地上共に通信網が完全に遮断されている為、学園外からのアクセスでないことは確かであった。
ならば内部の関係者、特にその権限を有する学年主任以上の教職者、或いは、現職の生徒会長に的は絞られた。
学園に潜入している国外勢力とも考えはしたが、直ぐに身元がバレるようなヘマは流石にしないであろうし、プロであれば尚更だと考える。
日向はデータ管理室を後にし、この生徒会執務室へと足を運んだのであった。
「煙草の件は後できっちり謝ってもらいますからね。それより、私の方こそ会長代行にお訊きしたいことがあります……。此処で、いったい何をしていらしたんですか?」
鬼蘢星もこの女には隠しても無駄だと腹を括ったのか、机から足を下ろすなり指に挟んでいた吸殻を掌で擦り合わせ卓上にばら撒くのであった。
そして彼の口は開かれる。
「まいったねぇ日向ちゃん。こんな夜遅くまで執行部校舎に残ってるとは思わなかったよ。俺としたことがとんだ下手をうっちまったぜ」
「やはり貴方なんですね、過去の記録に不正アクセスしてきたのは……。名前が表示されていた彼は何者で、どのような秘密が? 貴方は何を調べようとしていたんですか?」
机に押し迫り追及する日向に対して、鬼蘢星は顔を突き出し口角を上げるのだった。
「ホントに知りたいのかい日向ちゃん? 学園にとってみれば揉み消したい過去の失態のひとつに過ぎないが……それを知るってことは、つまり学園、いや、この日本って国を敵にまわすかも知れないんだぜ。つまり命の保証は無いってことだ。それでもいいのか?」
意地悪な問い掛けで池井の返答を待つ鬼蘢星であったが、逆に日向から投げかけられた問いに対して言葉を詰まらせてしまうのだった。
日向の、的確な問いに。
「それを言うなら貴方こそ、今すぐ此処から逃げ出さないと拘束されちゃいますよ。不正アクセスを察知されたからこそ強制的にシャットダウンが行われたのでしょうし、あの鬼の子も黙る特務課情報工作隊の手にかかればこの場所も直ぐに嗅ぎつけられるんじゃないかしら?」
「うぅっ、言ってくれるねぇ日向ちゃん。まぁ、普通に考えたならそうなるが、まだ奴らは不正アクセスに気付いちゃいないだろうよ」
「何故言い切れるんですか?」
「シャットダウンしたのがこの俺だからだよ。誰かが、同じ画面を見ている。そう感じたから強制的に落としたのさ。まさかポップ……いや、日向ちゃんだとは思わなかったけどな」
「嘘、信じらんない……。だったら尚更教えて欲しいです。そこまでして隠そうとする彼とは、いったい何者なんですか? 私の記憶にある歴代神童達のリストに、彼の名はありませんでした。例え処分対象となった神童であったとしも、リストには残っている筈ですよね……」
腰を上げ身を乗り出していた鬼蘢星は椅子に深々と着座するなり再び脚を組み新しい煙草に火を付ける。
天井に向かって長い煙を吐き出した後に、彼は独り言のように語り出すのだった。
視線は天井に向けられたままであった。
「いま、此処には俺しか居ないから声に出しても構わないだろう。もうあれから何年になるかな……。俺が三期目の生徒会長時代、国立富士宮学園と呼称が変わってから初の卒業生となった先輩達は、この学園敷地外の国内国外を問わず素性を隠しエージェントとして活動していたんだが、その中の一人が日本国に対していきなり反旗を翻しやがった。いや、かなり前から計画だけは練っていたんだろうな」
日向は鬼蘢星の独り言に介入するつもりはなかったが、学園史の授業で習ったとある事変を思い出しつい口から漏らすのだった。
「第一次富士宮学園襲撃事変……」
鬼蘢星は日向にチラリと視線を向けるのだが直ぐに天井を睨み二口目の煙を吐き出すのだった。
燻る煙草の先からポトリと灰が床へと落ちる。
「そいつは神童計画そのものを潰す目的で他国に機密情報を流し、敵国部隊の一員としてこの学園に攻撃を仕掛けてきやがった。だが学長の爺さんが事前にその計画を掴んでいたようでよ、俺も奴らを迎え撃つべく待ち構えていたってわけだ。裏切り者の神童を、処分する為にな。神童を倒すには神童……それが生徒会執行部に課せられた使命でもあったからだ」
日向の生唾を呑み込む音が静まり返った室内に響く。日向の習った事変の内容とは一部喰違いが見られ、それは神童の裏切りは教えられていなかったからである。
日向は次の言葉を待つのであった。
「敵部隊の攻勢は確かに激しかったが事前情報を握っていた防衛隊はこれを尽く打破したのさ。そして俺は、裏切り者となった神童と対峙し彼に引導を渡したってわけさ。だがな、その後暫くして彼の遺体はおろか、彼の存在記録そのものが消されていたんだよ。だから学園史の授業でも真実は伏せられたまま教えられている。おかしな話さ……。俺は奴が生きているんじゃないかと思っててね、ここ何年も彼の行方を追っているんだが、未だにその尻尾が掴めてないのさ」
「既に調べ上げた筈の執行部データベースに、何故不正アクセスしてまで再調査しようとしたんです?」
誰に対してのものでもない独り言に対し、問い掛ける日向であった。何年も調べて足跡を辿れないのであれば、データベースを調べたところで何も出ないだろうと思ったからである。
「ほんと良いのか? 俺の独り言に首を突っ込んできてよ。これ以上聞けば、後には引けなくなるぜ」
「覚悟は出来てます。それに……会長代行は始めから私が居ること知っててわざと此処に呼んだでしょ。それって、私に協力して欲しいからじゃないんですか?」
「あらら、バレちまってたか。まぁいい、日向ちゃんの言う通りだよ。実は最近、彼が気になる事を口にしていたのを思い出してね……弟だけには、未来ある世界を残してやりたい……ってね。その当時は特に気にもとめてなかったんだけど、考えたよ。ひょっとして、この学園の中に血を分けた兄弟が居るんじゃないかってね。そう、神童である弟がね」
「つまり、その弟さんを探し出して兄の生存を確かめたいってことね。いいわよ、協力してあげる」
鬼蘢星は満足そうに笑みを浮かべ日向に向き合うのだった。神童達のデータ管理を任されている彼女の手助けがあれば、対象者の特定までに時間は掛からないだろうと考える。
「助かるよ。だいたい目星はついているんだが、やはり確証が欲しくてね。モニタ上でもう目にしたとは思うが、裏切り者の名は甲斐、甲斐貴行といい、卒業一期生である石原、工藤、西田に名を連ねる存在を消された神童の一人だよ」
日向の眉がピクリと動く。一度目にしただけで確信は持てなかったが、改めてその名を聞くと憶えのある人物が思い浮かぶのであった。
あまりに強大な能力ゆえに自らの手でその能力を封印した男。
彼は男性とは思えない綺麗な顔立ちで女生徒達からの絶大な支持を受けている。
まさに日が沈んで間なしに提出された祭りへの参加申請書類。
チーム名、Future World。
チームリーダー、甲斐繁成。
彼の名を知らない者はいなかったが、彼に兄がいたなど聞いたことがない。
日向は会長の机に回り込み端末を操作する。モニターに表示された甲斐繁成の情報に隈無く目を通しながら、ある一点で視線は釘付けとなるのだった。
鬼蘢星もまた、日向に並びモニターを凝視するのだが「やはりそうくるか」、と呟き確証を得るのであった。
そこには選択された生徒の家族構成図が表示されていたのだが、甲斐繁成には制度上の家族も親類も、養護者でさえ存在していなかったのである。
そしてこの富士宮学園に入る以前の記録も一切無いのだ。
これはいわば情報の封鎖であった。
つまり、触れられてはならないブラックボックスのようなものである。
二人は彼こそが、甲斐貴行の弟で間違いないと確信するのだった。
甲斐兄弟の秘密やいかに
また祭りを通じて執行部との関わりはどうなっていくのでしょうか。
祭りに向け更に進んで参ります。




