Episode 4 覗いてんじゃねえよ!
放課後の学園敷地内。校舎に囲まれた憩いの場に隣接する学生寮は高層リゾートホテルのような外観をしていた。
高く聳え立つ円柱形状のタワーは建ち並ぶ校舎陣を眼下に見下ろしていた。
其処で生活する学生の総数は二百三十名あまり。各学年を通じて選ばれた者だけが集められるのが最高位であるSクラスであり、在籍する者は僅か十二名たらずであった。それらを除く三年の部は二クラス、二年の部は三クラス、一年の部が最多の四クラスで構成されていた。
しかも各クラスの定員は決められてはおらず、学年が上がれば上がるほどクラスの在籍数は減少を見せる。
即ち、彼ら彼女らの持つ能力によってクラスのランク分けがされており、それらの影響力はピラミッド図形によって表すことが出来た。
ヒロト達一年の部D組の生徒達はその最下層に位置づけられており、例え学生寮の中であってもその扱いはぞんざいなものであっただろう。
寮の高層階はランクの高い三年の部生徒達が個室を与えられるのに対して、中層階では二年の部生徒達が二人一部屋の相部屋となり、一年の部に至っては四人一部屋の大部屋となっていた。
Sクラスに至っては最上階のスイートルームが与えられていたが、それは決して好待遇とはほど遠いものであった。
何故ならば、様々な実験とそれによって得られたデータの収集と検証、既に卒業済みである先輩神童達との実戦形式での戦闘訓練。
それら以外の時間はこのスイートルームから一歩として出ることを禁じられていたからだ。
しかもS級能力者達には卒業が認められていなかった。
即ち、門外不出の国家最高機密であり、世に知られてはならない戦略兵器として扱われている神童達の中にあって、特にコンバートメンタライズな情報(SCI)として扱われているのが彼らS級クラスを与えられた神童達なのである。
学生寮最上階を占めるスイートルームの中にあって更に厳重な造りとなっているロイヤルスイートの窓辺に、人影が一つ。
その目は嵌殺しの分厚い防弾硝子越しに、陰りを帯びた憩いの場を見下ろしていた。
その視線の先にあるのは、放課後クラスメート達とふざけ合いながら校舎エリア外にある繁華街へと向かう、とある生徒の背中であった。
その生徒とは、短髪赤髪小柄で粗暴な宇童ヒロトであっただろう。
山林に囲まれた学園エリアから徒歩十五分ほど歩いたところで視界は開け、其処には河川敷を含め対岸まで五十メートルの距離を跨ぐアーチ橋が架かっていた。
橋の車道は幅が広く取られており、その路面はアスファルトではなくコンクリートで出来ていたが、概ね学園敷地内の主要道路はそのように敷設されていた。
理由としては戦車など重量車両の運用を想定していたからであり、これは学園敷地内での激しい戦闘を意識してのものであっただろう。
橋を渡ると直ぐ目の前にアーケード商店街を有する繁華街が姿を見せる。
その繁華街にはスーパーマーケットやコンビニ、居酒屋であったり小洒落たレストラン、規模は小さいながらも映画館やゲームセンター、ボーリング場の入った遊興施設までもが揃っており、見た目だけは地方の自治体となんら遜色の無い充実ぶりであった。
ただし、この学園を主体とし運営されるすべてのものが防衛庁の管轄下に置かれており、これらの町すべてに対する呼称が「国立富士宮学園」なのである。
アーケード商店街の入り口手前に小さな喫茶店がある。道路べりのバス停を前に、喫茶bound to blakeの店内は窓越しにも分かるくらいの賑わいを見せていた。
「リタちゃーん、コーラおかわり宜しくぅ」
茶髪ロン毛のウェイトレスに向かい、ある男子学生が手を振り上げ催促すると、店内を埋め尽くす他の男子学生達も同じく手を上げ追加注文をするのだった。まだテーブル上の飲み物に口をつけてもいないにも関わらず、である。
俺が先だ僕が先だと頭を押さえつけ上げた手の降ろし合い。皆の目的は同じであり魅力的なウェイトレスの娘と会話がしたいだけだと誰の目にも明らかであった。
「はいコーラお待ち。ところでさぁアンタ達。幾らリタに会いたいからって、店内で暴れるならこの俺が摘み出しちゃうからね。わ・か・り・ま・し・た・か!」
リタとは違い黒髪ショートで背の高いウェイトレスがコーラの入ったグラスをテーブルに叩きつけると脅すように声を張り上げる。
騒がしかった店内は一瞬にして静まりかえり身を縮める男子生徒達であった。
「ちっ、詩音先輩に目を付けられたとあっちゃこのコーラも飲めたもんじゃねえぜ、ったくよぉ」
愚痴をこぼしながらグラスを口に運ぶ男子生徒の身体が、突然宙に浮くのであった。周囲の男子達からは「あの馬鹿口を滑らせやがって」、「はいご愁傷さま」などと囁き声が漏れ聞こえてくるのだった。
「いまなんつったよ糞坊主。なに? お前何年何組よ」
「す、すいません! そんなつもりで言ったんじゃ……」
「だぁかぁらぁ、何年何組かって訊いてんだよ!」
「い、一年C組ですううぅ」
「ちっ、なんだ一年坊の糞ガキかよ。同じ二年ならぶちくらわしてやるつもりだったのによ」
詩音と呼ばれるウェイトレスは掴んでいた男子生徒の首根っこを離し解放してやるのだった。
二年の部B組、瀬戸詩音。同じクラスの浅瀬リタ同様にこの喫茶bound to blakeでウェイトレスのバイトをしている俺っ娘である。
何を隠そうこの二人は店の看板娘であったが、リカが学生からの人気を集める一方で、大人達から人気を集めているのが詩音であった。
詩音はそのままカウンターへと向かうと両手でトレンチの端を掴み顔を隠しているリカに話し掛けるのだった。
「リタが甘やかすから一年坊の奴ら図に乗るんだよ。少しはガツンと言ってやりな」
「えー、そっかなぁ。でもお金落としてくれんだから私としては悪い気しないんだよねぇ」
「相変わらず金に目がない女だな」
「あたりまえじゃん。だってお金は嘘をつかないでしょ?」
「まったくどんな幼少期を過ごしてきたんだか、俺は一人の友人としてとても悲しいよ」
カウンターの中から老齢の男性がグラスを拭きながら二人に声を掛けてくる。長い白髪を後ろで束ね、薄い茶色のサングラスを掛けたこの男性。
喫茶店のマスター、坂本敬三である。
国立富士宮学園学長、柴田直平と同じく国の研究機関によって造り出された人間兵器、その最初期の成功被検体の一人であった。
ただし、それを知る者は僅かである。
「まぁまぁ二人とも、例え誰であろうと注文を受けた時点でお客様に変わりはないのですから、決して粗相のないよう接客しなくてはいけませんよ」
ウェイトレスの二人が揃って「はーい」、と心のこもっていない返事で応えたその時であった。喫茶店入り口のドアベルがカランッと音を上げ来客を知らせるのだ。
ドアを開けたのは甲斐であり、それに続いて巳華流、豊満、ヒロトの準に店内へと入ってくるのだった。
店内を見回した甲斐が「なんだ満席じゃん」、とボヤきながら振り返ろうとしたそのとき、「おーい、こっちこっち」と奥のテーブル席から手招きしてくる集団があった。
同じ一年の部D組の男子生徒達であり、甲斐達を誘ったのは彼らであったようだ。
隣接するテーブル席の二年男子達は「急ぎの用事思い出したから俺らもう帰るわ。此処よかったら座りな」、と甲斐達に席を譲りレジへと向かう。
勿論急ぎの用事など無いことは誰の目にも明らかであった。
そうでなければ推しの娘にわざわざ会いになど来る訳がない。
二年男子はレジに立つリタを直視出来ず顔を赤らめていた。伝えられた料金を財布から取り出そうとあたふたしていると、隣に詩音が寄って来て財布を取り上げるのである。
財布から一万円札を抜き取るなり「迷惑料と消費税併せまして丁度一万円頂戴致しまぁす。またのご来店をお待ちしておりまぁす。ありがとう御座いまぁしぃたぁ〜」、と上から睨み付けるのであった。
無理矢理代金をせしめ取られた男子生徒は財布を奪い返すなり「覚えてろよ詩音。この借りはいつか倍にして返してやるからな」、と捨て台詞を吐き捨て取り巻き共々店を出て行くのだった。
直後、詩音はマスターにこっぴどく絞られるのだが、その場を逃げるように甲斐達が着いた席の片付けへと向かうのだった。
詩音は中身が残ったままのグラスを引きテーブルを拭くと、甲斐と同じテーブルに着く面子を見ながら嬉しそうに微笑むのだった。
「甲斐センパ……君、珍しいわね。うちの店に顔出すなんて何年ぶりかしら。でも何だか私、安心しちゃった。友達、出来たんだね」
「友達なのかなぁ。僕にはピンと来ないんだけどね。それよりさぁ、相変わらずだね詩音ちゃんは」
頬を紅潮させた詩音はグラスを乗せたトレンチを抱えそそくさとカウンターの中へと逃げ帰るのであった。
一人称が俺の詩音が私と言っていたあたり、甲斐に対して特別な感情を抱いているのだろう。
詩音がカウンターの中に身を潜めた直後、手から滑り落としたのかグラスの割れる音が店内に鳴り響くのだった。
大きく溜息をつくマスターは二人のウェイトレスに「今日はもう上がっていいよ。どうせ女の子目当ての客なんだし、君達がいないと分かれば帰るんじゃないかな。あとはわたし一人でなんとかなるでしょ」、と詩音とリカに退勤を勧めるのであった。
二人もマスターにそう言われては従うしかあるまいと渋々更衣室へと向かうのである。
ヒロトはレトロ調の店内を見回しながら考える。この喫茶店の何が面白いのか、と。甲斐に誘われついて来たはよいものの、肝心の用件については聞かされておらず、面白い話がある、とだけしか聞かされていなかった。
「何だあの女。甲斐の知り合いなのか?」
「昔馴染み、ってところかな」
「あっ、そ。ところでさ、この喫茶店の何が面白いわけよ。なんか面白い料理でも出てくんのか?」
甲斐は三人の頭をテーブルの中央に寄せると小声で囁くのだった。
「いいかい。これから話す内容は僕達男子生徒にとって夢のような話なのさ。その鍵となるのが隣のテーブルに座ってる村木って奴の能力なんだけど、これがまたとんでもない能力でね」
ゴクリと生唾を呑み込むヒロトと、「なんたか怖いよ甲斐君」、と耳を塞ぐ巳華流。豊満に至って早く話せとばかりに睨みつけていただろう。
「彼の持つ能力はずはり透視。最近まではせいぜい封書の中の文面を読み解くのがやっと、それも正解率は三割に過ぎなかったんだけど、それが最近進化をみせたようでね。きっかけは君、ヒロト君に後頭部をど突かれたからって言ってたけど本当かどうかは僕には分からない」
ヒロトは話の続きが気になって仕方ないようであり、それでそれでと続きを催促するのであった。巳華流は耳を塞いだままであり、豊満は話の文脈から何を企んでいるのか察したようで腕を組むなり「くだらん」、とふんぞり返るのだった。
甲斐がある程度の説明を終えたところで隣の席から村木が急に割り込んで来る。
「やぁやぁやぁ、僕ちゃん達よく来てくれたね。甲斐が説明してくれた通り、これから俺様が面白いもん見せてやるよ。ヒロトだっけ? お前のおかげでよ、俺様はとんでもねぇ能力を手に入れちまったわけよ。そこでとある計画を思いついたんだが、僕ちゃん達にも協力して欲しくてさぁ。先ずは俺様の能力を知って貰おうと思って此処に呼んだ訳よ」
一年の部D組、村木朗逸。清潔感が無く凶暴な見た目をした男であり、言葉の節々からも素行の悪さが窺えた。
股間に電気ノコギリでも付いているのか、と想像させるような下品極まりない男であっただろう。
彼自身は伏せてはいるが、実は既に年齢が三十を超えており、学園に数名のみ存在する毎年進級出来ずに一年を繰り返している生徒の一人であった。
ヒロトが「そんなにスゲェ能力なら早く見せてくれよ」、と煽るように催促するのだが、その表情はどこか小馬鹿にしているように見えた。
村木はその台詞に腹を立てたのか「こっちに来な」、と席を立つなり何もない壁に向き合うのだった。
その頃にはもう店内には空席が目立っており、目当てだったリカが見えなくなったことで退席したものと思われる。
マスターが一人でレジ対応しているのを確認してから、村木は静かに、と口元に人差し指をあて仲間内の学生と甲斐達に手招きをするのだ。
皆が同じように壁の前に立ち並んだところで、村木は声を殺し指示を出すのであった。
「そろそろいい頃合いだろう……。いいか、これから俺様の言う通りにするんだぞ。心の準備が出来たら、隣の奴の肩に手を乗せな。何が見えても、絶対に大声出すんじゃねえぞ」
横並びに並んだ皆が小さく頷く中、とりわけ背の低い巳華流は列の端に放置され、その意図を汲み取っている豊満は一人後に立っていた。
村木が「じゃあいくぜ」、と両目を見開き息を停める。その直後であった。何もない壁面の表面が水面の波紋のように揺らめいた後、その壁一面の色素が抜け透けてくると、壁の反対側の風景が浮かび上がってくるのだった。
皆の生唾を呑み込む音と心音が共に高鳴る。
巳華流と豊満だけが、壁の奥の風景を見てはいなかったが、彼らの興奮している様子から何を見ているかは容易に想像出来た。
壁の反対側は店のバックヤードになっており、丁度彼らの目の前は更衣室となっていた。
まさに今、ロッカーの前ではフレンチメイド服を脱ぎ捨て更衣している二人の姿が其処にあっただろう。
リタのふくよかで柔らかそうな白い肌と、ピンクのランジェリー。
詩音の背が高く鍛え上げられた肉体を持つ褐色の肌と、黒いランジェリー。
まさか男子生徒達から赤裸々な姿を見られていようなど知る由もない。
お互い前屈みとなりガーターストッキングを脱ぎ始めたところで、ヒロトが思わず声を出してしまうのだった。
「あぁ神様、ありがとうございます。天国……は確かにありました。学園がつまらないとか言ってごめんなさい」
「おいヒロト、覗いてんじゃねえよ!」
直後、ヒロトの頭上に豊満の拳が落とされる。漢である豊満にとって更衣中の女性を覗くなど赦されない行為であり、そのようなヒロトに鉄槌を下したのであった。
村木は能力の発動条件として呼吸を停め極限まで集中していたのだが、このような状況となっては我慢の限界となり思い切り息を吐き出し呼吸を再開するのだった。
当然、壁は一瞬にして元の姿を取り戻すのであった。
この後、事情を察した喫茶店マスターの坂本にこっぴどく絞られたのは言うまでもない。
当事者全員、この後一週間タダ働きを強いられるのであった。
しかしながら村木の計画は着々と進められることになるのだが、それはもう暫く先の話となるだろう。
恐ろしきかな、村木朗逸。
別の意味で危険極まりない能力者、村木朗逸。
しかしながら本当に能力の進化を促したのがヒロトであったのか。
豊満が新たな能力の進化を得たのと同じように、やはりヒロトの秘められた力が関与しているのかも知れない。
またその力の秘密もおいおい語られることとなるだろう。




