Episode 12 Keyperson
Aブロック一回戦第二試合は接戦を極めた。二年の部それぞれの組から集い結成されたチーム、Lay It Downer対、一年の部A組の生徒達で結成されたチーム、白獅子。
先鋒戦から副将戦までの闘いすべてが両者戦闘継続困難とみなされ引き分けというとんでもない試合展開を見せるのである。
そしてついにチームリーダー同士による大将戦を迎えることになるのだが、観客席の皆がその試合に注視する中、一人の教師だけはまるで彫刻家ロダン作、考える人よろしく興味は別のところへと向いていた。
昨夜遅く新隣二はハードロックBAR、Girls Girls Girlsの店舗裏路地にて女性と待ち合わせをしていた。
勿論その相手とは店のマスターであるヴィッキィこと元NSA(米國国家安全保障局)所属、ヴィクトリア・ニーア・ライトである。
新は仕立てたばかりの真新しいスーツを着飾り、手にしたナイフ型の櫛で頭髪の乱れを整えていた。
腕時計の針で時間を確かめながら、スーツの袖口を鼻へと運ぶ。
「うーん、やっぱ煙草臭いかなぁ? いやいや待て待て。別にデートって訳じゃないんだからさ、気にすることじゃないよな……」
新が職員宿舎をひっそりと抜け出そうとしてしていた時、彼を呼び止めたのは妹の京子であった。
その京子が何やら怪しげな行動をしている兄の新を見て、彼の行動心理を解き明かそうとしたのはやはり元特務課情報工作隊のエースたる観察眼によるところであっただろう。
「あら兄さん、こんな夜遅くにめかし込んじゃって何処行くつもり? まさかお忍びデートとか止めてよね」
「なんだ京子か……脅かすなよ。俺が何処に出掛けようと俺の勝手だろう。それにデートなんかじゃなくて仕事だよ仕事」
「あらそう。私にはそうは見えなかったけど、あながち、嘘、でもなさそうね。学園側には内緒で何を嗅ぎ廻ってるのかしら?」
「我が妹ながら鋭い指摘だねぇ……。でもね、今はまだ何も話せないんだよね。学長の爺さんが瞑想状態の今しか、自由には動けないもんだからさ」
「兄さん……まさか柴田直平の真の狙いを……」
「馬鹿言ってもらっちゃ困るなぁ。俺はこれでも学園のいち教師だぜ。組織を裏切るような真似なんかするもんかよ。口を慎みな、口を」
「それならいいけど……ヒロトを危険な目にだけは巻き込まないと約束してよね」
「言われなくても分かってるさ。ヒロトが大事なのは俺だって同じだ。なんせ彼女が大切にしていた忘れ形見なんだからよ」
「それを聞いて安心したわ……。きっと、いおりさんも喜ぶことでしょう。くれぐれも軽率な行動だけは控えてね、兄さん……」
「あぁ、分かってるって」
ハードロックBAR、Girls Girls Girlsの勝手口灯から灯が落ち、店が閉店したことを知らせる。
それを確認しながら物陰に身を潜めていた新は、先ほど京子と交わした約束を思い出し「すまんな」、と呟くのであった。
店の勝手口から若い従業員の女の子達が揃って出てくる。ショルダーポーチひとつだけを肩から下げた者、ブランド物のデカいバッグにコスメ類を山程詰め込み抱えている者、へそを出した丈の短いティーシャツにホットパンツ姿のグラマラスな女性。
彼女らは屋内に居る女店主に「おつかれしたー」と手を振りながら「ラーメン食べに行こっか」、とその場を後にするのだった。
そうした彼女達を見送り、店主のヴィッキィは手招きで新を店内へと迎え入れるのである。
「待たせちゃってごめんなさいね、先生。どうぞ中に入って下さいな」
ヴィッキィは明かりを落とした店内のカウンター席に新を座らせると、グラスにアイスボールを落としバーボンを注ぐ。
新に渡すものとばかり思っていると、そのまま自分の口へと運ぶヴィッキィであった。
グラスを受取ろうと手を伸ばしていた新はバツが悪そうにその手を頭に運ぶのだった。
ぐい、と飲み干すヴィッキィの喉元を見て生唾を呑み込む新。
「そりゃないぜヴィクトリアちゃんよぉ。俺にも何か飲みも……」
まだ新が話している途中であったが、ヴィッキィは足元の冷蔵室からキンキンに冷えた瓶ビールを取り出すと、指で栓を抜くなりカウンターの上に叩きつけるのだった。
飲み口から泡が溢れカウンターに流れ落ちる。
「俺にはBudweiserで十分、ってか? なに怒ってんのよヴィクトリアちゃん」
ヴィッキィの視線には殺意すら感じられたが、新にはその理由について心当たりがなかった。
彼女との接点は良く通う店の店主と客の間柄でしかなかったし、新からしてみれば情報屋として利用しているに過ぎなかった。
まぁ、多少なりの下心はあったかも知れないしそれは否定できない。
しかしながらこれ程の敵意剥き出しの感情をあてられたとあってはたまったものではないだろう。
しかしその理由は直ぐに判明することとなる。
「先生……私、知ってしまいましたの。貴方の正体……コードネーム、フル・ライオット。世界が畏れる多国籍傭兵団円卓の騎士の元団長であり、十三年前の厄災戦で魔神の封印に貢献した人物。そして……魔神の情報を収集していた我らがチームの仲間達を、死に追いやった男。間違いありませんよね」
口に運ぼうとしていたビールをカウンターに下ろし、新は苦笑いを浮かべこのように答えるのだった。
「あぁ、間違いない。フル・ライオットとは俺のことだが、現在の俺は学園教師であり単なるイケオジの新隣二に過ぎないよ。仲間達の仇を討ちたいのなら相手になってやってもいいが、そもそも相手が違う。その仇である魔神ももうこの世にはいないしな。神童について嗅ぎ廻っていたアンタのことだ、当然知ってるよなヴィクトリア」
「知ってる。けど、この何処にも向けられない怒りをどうすればいいのか私には分からない……」
「分かるよ」
「嘘! 傭兵として人殺しを何とも思わず請け負ってきた貴方なんかに分かるわけがない!」
「いや、分かる。俺だって、愛していた女性を失っちまったんだ。世界の平穏と引き換えにな。その喪失感から俺はどん底にまで落ちちまった。激しい戦場に身を置き、このまま死んでしまえたらと思ったことも一度や二度じゃない。だが、生き延びちまった。死ねなかったのさ。だから現在の俺があるのは、我が子の未来を託し逝っちまった彼女の願いを叶える為に、教師ってやつをやってんだろうよ」
ヴィッキィは言葉を発せなかった。仲間を失い、祖国からも命を狙われ、機密情報と引き換えにあろうことか調査対象国である筈の日本に保護を願い出た自分と、そうする生き方しか出来なかった彼と何か違いがあるのだろうか、と。
頭では分かっていたのだ。
恨むべきは魔神であって、彼ではないのだと。
だが親しくしていた客が仲間達の死に関与した傭兵団の元団長だと知ったからには、黙ってなどいられなかったのである。
「……何故、貴方の正体に辿り着いたのか聞きたいんじゃない? きっかけは私の元に飛び込んで来た匿名の情報だった。それは祭りの期間中を狙い襲撃が行われるという内容の告発だったの。勿論、学園側には正直に報告したし、学園側もその情報から内通者の炙り出しに動き出すこととなったわ。でも未だその尻尾を掴めていないのが現状よ。ここまでは、先生もご存知よね」
「耳にはしているさ。だが俺にも分からないのよね。内通者についてはともかく、襲撃計画を企てた首謀者の正体ってやつをさ」
「あら、その言い回しだと奴らの狙いと内通者について、なにか心当たりがあるみたいな口ぶりね」
「さぁ、どうだろうね……」
「まぁいいわ。そもそも首謀者についての情報を掴んだきっかけは、その匿名の電話相手からなの。秘匿性の高い情報を一般電話回線を利用して告げている時点で信憑性には欠けるんだけど、受話器を取ったその電話は公衆電話ボックスを模した単なるインテリアであって回線は繋いでいなかったの。でも、電話は鳴った。受話器から発せられた内容は、襲撃が予定されている暫定日時のみ。それを教える見返りに条件を突き付けられたわ。それが、元円卓の騎士歴代団長について調べろ、だった……。そしてこの件は口外するなとも。調べればいずれ首謀者の正体に辿り着き、自分の告げたことが嘘偽りでないと証明されるだろうとね」
新は咳払いの後でカウンターに置かれたままのビールに手を伸ばし口に運ぼうとするのだが、ヴィッキィは半ば強引に奪いとるなり瓶の中身をシンクに流し捨ててしまうのだった。
「何してくれんだよ。あぁあ、勿体な」
「悪いわね。でも口にしなくて本当に良かった。もしひと口でも飲んでいたら……ただでは済まなかったでしょうね」
「ただ(無償)では済まないって、つまり飲んだ酒の代金を払わないとでも思ったのか? 俺がそんなケチ臭いことするわけないでしょうよ。ただで飲もうなんてこれっぽっちも考えたことないぜ。それとも何か? 口をつけた途端料金をぼったくるつもりだったのかい?」
「貴方馬鹿? 先生って、馬鹿なの?」
「何がだよ。君がただじゃ済まないって言うから……って。まさか、酒に毒でも……」
ヴィッキィは封を切っていない真新しいバーボンを瓶ごと新に差し出し、このように答える。
「ある意味では毒とも言えるわね。ビールの中に睡眠導入剤を混入させていたの。酩酊状態になったところで、先生が隠してる情報を訊き出そうと思ってね。でも、その必要がなさそうだったから下げさせてもらったわ。ごめんなさい」
「勘弁してくれよヴィクトリアちゃん。NSAの常套手段かどうだか知らないけどさぁ、常連客の俺にそれはないだろうよ」
「だから謝ってるじゃない。それよりも、先生が掴んでいる内通者の正体って誰なのかしら? それと、襲撃の目的……」
新はバーボンの栓を開けそのまま口に運ぶと、一気に喉奥に流し込み瓶を空にしてしまうのだった。
「うっぷ……それを知りたいなら、お前さんが掴んだ首謀者の名を明かすのが先じゃないのかい。元円卓の騎士、歴代団長の中の誰かが、そうなんだろ?」
「交換条件、ってことね。いいわ、教えて差し上げましょう。首謀者と思しき人物の名は……貴方の師であり盟友でもあった男。コードネーム、ゲールース・ムーアこと本名、ロバート・ウィリアムズ。ベルファスト生まれの短剣を持たせたなら右に出る者はいないと言わしめた元殺人犯であり、その腕を買われ創設初期たる円卓の騎士の団長を任された人物。まさか忘れたなんて言わないでしょうね」
新の顔に驚きの色は無い。円卓の騎士元団長と聞き及んだ時点で、その名が挙がることは容易に予想出来たからだ。否、もうこの世には存在していないと思っていた彼が、生きていたのだと知り疑念が確信へと変わった瞬間であった。
「やっぱ生きてやがったか、あの野郎……」
「団長でありながらその仲間達を次々と手にかけた人物であり、貴方の手によって最終的に粛清された人物……いいえ、怪物……そうよね?」
「奴は、あの頃から狙ってやがったのさ。魔神封印に駆り出された俺達の邪魔をし、作戦遂行の核心とも呼べる最重要人物の強奪を企んでやがった。奴のせいで、俺の大事な……。だが奴が生きているのだとすれば、当然学園への襲撃目的は彼の強奪、といったところだろうよ」
「つまり先生には分かってたのね。奴らの目的が……」
「いや、俺だけじゃ確証は得られなかった。だが首謀者が奴だとするならば、まず間違いないだろう。狙いは、ヒロトだ」
新は空になったバーボンの瓶を握り潰す。それは奴、ゲールース・ムーアに対する憎しみと怒りの現れであったかも知れない。
ヴィッキィは真新しいオシボリを手渡し粉砕された瓶を片付けると、もう一つの情報について尋ねるのだった。
「先生……内通者についても心当たりがあるんじゃなくって?」
「君に隠し立て出来ないことくらい承知しているさ。内通者が何者なのか、目星はついてる。だが何処に潜んでやがるのかさっぱりでねぇ」
「何故学園側と情報を共有して捜索にあたらないの?」
「こう言っちゃなんだが、俺は信用してないのよね」
「学園組織を?」
「いいや……圧倒的支配力を持つ、老いぼれ爺さんの腹の内ってやつをさ。だから俺は俺なりに目を光らせてるってわけ」
「呆れたひとね。組織の協力無しに内通者の炙り出しは不可能よ……それとも、何が策でもあるのかしら?」
新は手を拭ったオシボリを丸めるとヴィッキィの目の前で一気に広げて見せるのだった。
広げられたオシボリをカウンターに下ろすと、新の手の中には栓の抜かれていないバーボンの瓶が握られていた。
まるで手品であった。
目を丸くするヴィッキィの前で、新は栓を抜き二本目のバーボンを空にする。まるで水でも飲んでいるかのように喉仏はリズム良く上下に動いていた。
「それなんだけどさぁ。もう目を付けてあるんだよねぇ。ある生徒の動向を追っていれば、必ず内通者と接触するだろうってね。それに、襲撃者達からKeypersonを護ることも出来ちゃうしね」
「その人物が誰なのか、教えてくれないんですか?」
「バーボン二本分の情報ならもう提供したと思うぜ、ヴィクトリアちゃん」
「ええっ、それって酷くないですかぁ先生……でしたら、バーボン二本で二十万円ということで」
「やっぱボッタクリじゃねえかよ!」
新の思考は昨夜の回想から競技場の観覧席へと戻る。その視線の先には、Aブロック二回戦を制したチーム白獅子、リーダーである尾藤斑隆の腕が高らかと上げられるところであった。
尾藤という生徒は一年の中でも能力に対する評価はさほど高くなかった。それが昨年度準々決勝まで勝ち進んだ強豪チームLay It Downerを、接戦ではあるが降したのである。
彼にいったいどのような変化が生じたのであろうか。
確かに確率的に能力が進化することは証明されている。
ただしそれには生命の危機的状況が前提条件と思われていた。
彼だけではない。
いまや生命の危機的状況に至らずとも、進化を見せる生徒が次々と現れ始めたのである。
新は考える。このような状況が始まったのはいつからだろうか、と。そして気付くのであった。
それは、ヒロトが転入してきてからではなかろうか、と。
そして魔神を倒す為に協力してくれた神童、潤布豊満もまた、ヒロトと直接関わったことにより、能力の進化を促されたのではなかろうか、とも。
祭りはついにBブロック一回戦へと駒を進める。新が冬のボーナス全額を賭けてまで注目するチーム。ヒロトが属するチームFuture Worldである。
対するは四天王の一人、濔部率いるチームHanger 18。
因縁の対戦であっただろう。
盛大な歓声を受け登場するHanger 18の面々とは対照的に、甲斐以外のメンバーには罵声が浴びせられFuture Worldが姿を見せるのだった。
新は先頭を歩く甲斐に視線を向けるのだが、その眼光は鋭く何処か思慮を巡らせているようであった。
かたや最後尾にて踊り飛び跳ねながらこれから始まる闘いに歓喜しているヒロトの姿を見て、視線を落とし「駄目だこりゃ」、と頭を掻きむしる新であった。
果たして神童としての能力を持たぬヒロトの闘いが、ついに皆の目の前で晒されるのであった。
強大であり狂悪なる魔神の力は今や無い。
だが異能者、神童達と闘うことに不安はおろか楽しみでしかないヒロトであった。




