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神童 ー学園内抗争編ー  作者: Alice Lee


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11/11

Episode 11 parenticide






 温泉観光で賑わう歓楽街では、朝から降り続いていた雨が夜になっても止む気配はなく、酒や色を求める客足は遠く離れていただろう。


日が落ちて早々に暖簾を取り込み店じまいする居酒屋や、立看板の灯を落とすスナックやバー。


辛うじて営業していた昭和時代から続く老舗のストリップ劇場でさえ、たった一人の客が劇場を後にした直後に閉店準備に取り掛かるのだった。


 シャッターの降りたストリップ劇場の裏口で、一人の女性が支配人と思われる初老の男性相手に膝を着き頭を下げていた。



「今日は娘の誕生日なんです。後生ですからどうか今日のギャラだけでも頂けないでしょうか」


「勘弁しとくれよ。アンタさぁ……今日のギャラっつったって舞台に上がったのはたったの一回だけだろ? しかも客からの花券も無いってんじゃ、渡せたとしても数千円が限度だよ。うちだってねぇ、正直経営が厳しいわけよ。売れっ子ダンサーでもないアンタを置いてやってるだけでも感謝してもらいたいくらいさ」


「それで構いません! どうかお願いします!」


「しようがないねぇ……アンタの娘さん、何歳になったんだい?」


「四歳、です……」


「確か、もう一人娘さんがいなかったかい?」


「はい……上に六歳になる娘がいます……」


「そうかい……」



 劇場の支配人は懐から長財布を取り出すなり皺だらけの五千円札を一度手にするのだが、瞼を閉じた後で大きな溜息をつき、その五千円札を財布に戻すと代わりに壱萬円札二枚を抜き出し女の手に握らせるのだった。



「勘違いするんじゃないよ。この金は、アンタにやるんじゃない。娘さん二人に美味しいもんでも食わしてやりたいから渡すんだ。悪いことは言わない。ダンサーなんかやってないで地に足の着いた仕事でも探すこった。どうせウチも年内には潰れてるだろうしよ。役所に行って相談でもした方が身のためだと思うぜ」



 女は立ち上がるなり大事そうに紙幣を胸元へと抱え込むと、深々と頭を下げその場を足早に去るのだった。


その足取りから、向かった先は商店街の中にあるケーキ屋に間違いないと支配人は確信した。そして彼女の背中に向かってこう呟くのだ。



「頼むから、そういうのだけはやめとくれよ……」



 商店街の中にあるケーキ屋はまだ営業時間内であった。閉店時間は午後七時と入り口ドアに記載されていたが、店内の時計ではその時刻まで十五分ほどの猶予があっただろう。


 自動ドアが開き店内に女性が入ってくる。走ってきた為か肩を揺らし息切れをしていた。



「こんばんは。あ、あの……すみません、まだ大丈夫でしょうか……」



 ケーキの並んだショーケースの後ろから、女店主の顔が覗く。ふくよかな顔には愛想の良い笑顔が浮かび、気さくに挨拶を返してくるのだった。



「こんばんはいらっしゃい。どのケーキがご要望かしら? って言ってもこの時間だからあまり種類は残ってないけどね」



 困ったような表情で女性は口を開く。予約はしていないが、誕生日ケーキを頂けないだろうか、と。



「あら、それは困ったわね。生憎とホールのケーキは残ってないんだけど……」


「そうですよね。ご無理を言って申し訳ありませんでした。でしたら、そこの苺のショートを……」


「待って。いいこと思い付いたわ。少しだけ時間を頂けないかしら」



 女店主はそう言うなりショーケースから苺のショートケーキが並んだトレーを取り出し店の奥へと姿を消してしまうのだった。


時間にして十五分弱。


閉店時間は過ぎてしまったが、女性は店主が現れるのを待ち続けた。



「お待たせしました。こちらで如何かしら?」



 店主は箱の中を見せて確認を求める。そのケーキは、売れ残っていた苺のショートケーキ八つを繋ぎクリームでコーティングし直したものであり、上面には沢山の苺とメッセージ用のチョコプレートが乗せられていた。



「なんとメッセージを書いたら良いかしら?」



 客の女性は涙を浮かべていた。それは無理かと思っていた誕生日ケーキが差し出されたからでは決してない。大切なこの日に、一生の思い出となるケーキを愛する娘達に食べさせてやれる。


それに相応しい愛情と真心のこもった誕生日ケーキだと心の底から思えたからこそ流れた涙であった。



「四歳のお誕生日おめでとう。愛する恵里ちゃん、でお願いします」


「あらあら、そんなに泣かなくっても。どうせ残っても捨てちゃうだけだしさ。お代も勉強させて貰って二千円でどうかしら」


「重ね重ね有難う御座います」


「いいっていいって。じゃあチョチョイと書いちゃうから少し待ってね」



 女店主がプレートにメッセージを書いている間に、女性は代金をレジ横のトレーに乗せるのだった。


プレートの文字を確認した後、女店主は四本の蝋燭もサービスだと言い彼女にケーキの箱を手渡すのだった。


それからレジに向かいトレーに乗せられたお札を手に取った時、女店主は慌てるのである。


何度確認しても、その手にしている札は壱萬円札であり、それが二枚あるのだ。


 女店主が、「ちょっとこれお札間違えてるわよ」、と顔を上げた時には、女性の姿は既に其処にはなかった。


後を追って店の外へと駆け出すのだが、その背中を見つけることは出来なかった。




 小さな川沿いの道を登っていくと、古い二階建てのアパートが二棟並んでおり、その北側のアパートの錆びついた階段を登った角部屋にだけ灯りが灯っていた。


観光地再開発計画の為に寂れて久しいモルタル造りのアパートは軒並み立ち退き勧告が出されており、女性が住むその古いアパートもその対象であった。


他の住人達は既に退去済みであっただろう。


 女性はドアノブを掴んだところで動きを止める。部屋の中から、幼い子供達が誕生日ソングを歌っているのが聴こえたからだ。


俯き足元に向けられた瞳からは、一滴の涙が頬を伝い落ちるのだった。


 ドアを開け「我が家」に戻った女性の顔は、白い歯を覗かせ満面の笑みで娘達の名前を呼ぶのである。



「おかえりなさいママ!」


「おかーりさいママ」



 狭い居間の中を走り玄関に立ったまま両腕を広げる母親の胸に飛び込んでくる二人の娘達。手にしているケーキの箱などお構いなしに飛び込んでくるのだった。



「二人ともいい子でお留守番してた?」



 上の娘が自慢気に答える。



「うん! お部屋から一歩も出てないよ。エリちゃんとお歌を歌ってたんだぁ。偉いでしょ? だってね、詩音、お姉ちゃんだもん」



 女性は姉を抱きしめ優しく頭を撫でる。そのもう一方の手に下げられた箱を指差し妹は「それなぁに?」、と尋ねるのだった。



「あぁ、これね。そう、今日は恵里ちゃんの誕生日でしょ? だからね、ママ、ケーキを買ってきたの。皆んなでお祝いしましょうね」



 嬉しそうに「やったぁー」、と飛び跳ねる二人の姉妹を見て、母親はまたまた涙を流すのだった。


 姉妹は朝に出されたバナナを一本づつ食べたきり何も食べてはいなかった。テレビの無い部屋で、落書きだらけの古い絵本を繰り返し読み続け、気晴らしに歌を歌いながら空腹を誤魔化し母親の帰宅を待っていたのである。


 テーブルの前に座り「おっなかすいた、おっなかすいた、お腹と背中がぺっちゃんこー」、といつも歌っているのであろう姉妹にとってはお決まりのオリジナルソングを歌い料理が運ばれてくるのを待つのだった。


 台所から「遅くなってゴメンね。今夜はね、二人の好きなオムライスにしたんだぁ」、と母親が両手に皿を持ちテーブルに運んでくるのだった。


 二人の娘達は大喜びでハイタッチしていたのだが、姉の詩音はあることに気が付き尋ねるのだ。



「ねぇ、ママのは?」



 娘二人分のオムライスとコップを並べながら、母親は苦し紛れの言い訳をするしかなかった。もう既に米櫃は空であり、冷蔵庫の中には今夜の為にとっておいたオレンジジュースしか入っていなかった。



「ママね、仕事先で食べてきたからお腹いっぱいなの。でもケーキだけは一緒に食べちゃおうかな。なんてったって甘い物は別腹だからね」


「べつばらってなぁに?」



 幼い恵里は知らない単語に興味津々であったが、姉の詩音が「やめな」、と睨みつけるのだった。


妹の恵里は訳も分からないまま「ごめんなさい」と謝り視線を落としてしまう。


姉の詩音は分かっていた。家に食べ物が無いことも、食べ物を買うお金が無いことも。


 母親が留守の間、借金の取り立てが何度となくドアを叩き、大きな声で怒鳴り浴びせてくるのだが、詩音は幼い恵里の耳を塞ぎ声を出さぬよう抱きしめるだった。


以前は月に一度程度であったが、ここ最近は連日連夜と頻回となっていた。


詩音は怖いながらも沈黙を守り抜く。


だからこそ空腹にも我慢が出来たのだが、流石に妹の恵里には酷な話であることは分かっていた。


詩音が恵里を睨みつけたとき、心の中ではごめんと呟いていた。



「さぁさぁ二人とも、ママのことはいいからさ、早くご飯食べてお誕生日をお祝いしましょ」



 幼い子供達が美味しい、を連呼しながらオムライスを頬張る姿に口角を緩めながら、母親は薬の入った瓶の蓋を開け掌に流し出す。


それを一気に口へと放り込み、ジュースで胃へと流し込むのであった。



「ママどうしたん? 病気なん?」



 心配する詩音であったが、母親は平静を装い何事もなかったかのように答えるのだった。



「うん。ちょっと風邪気味だからお薬出してもらっただけよ」


「良かったぁ。ママの風邪は詩音がやっつけてあげるね」


「エリ、やっつけたげる!」


「まぁ嬉しい。二人ともだーい好き」


「詩音もママのことだぁーい好き!」


「エリもだーいだーいだぁーい好き!」



 微笑ましい家族団欒の一場面であったが、誕生日ケーキを選り分け子供達が食べ終えた直後に、その悲劇は突然襲い掛かるのであった。


 母親は空いた子供達のコップにジュースを注ぎながら、とびきりの笑顔で娘達に話し掛けるのだった。



「あのね……実は二人に報告したいことがあるんだぁ」



 目を丸くして母親の顔を見上げる二人。その胸に期待と不安が過ぎる。そして恐る恐る詩音が尋ねるのだ。



「なぁにママ……この家を出ていかなくてよくなったの?」


「そうじゃないんだけど、そうかもね」


「それじゃ分かんないよ」


「わっかないよ」



 母親は僅かな小銭だけが入った自分の財布から、何やら大事そうに畳んでいた紙切れを取り出しテーブルの上に広げるのだった。



「ママね、今のお仕事辞めて三人で何処か遠くの町へ引っ越そうと思うの」



 すかさず詩音が心配そうに尋ねる。それとは正反対に妹の恵里は目を輝かせていただろう。



「でもママ、お家にお金無いんでしょ? 今日も金返せって男の人が外で怒鳴ってたよ……大丈夫なの?」



 母親は二人を両腕で抱きしめ泣きながら説明するのだった。今まで辛い思いをさせてすまなかった、これからは好きな物食べさせてあげるし、洋服だって、新しい靴だって買ってあげる、と。



「先週ね、最後の望みを掛けて宝くじを買ってたの。いままで買ったことも無かったんだけど藁をもすがる思いでね。それがさ、当たってたのよ。それも一等が。もうこれからは、我慢しなくたっていいんだよ。今日の誕生日には間に合わなかったけど、明日には銀行に行ってくるから皆んなでご馳走食べに行こうね」



 幼い二人に宝くじと言っても理解出来なかったであろうが、もう我慢する生活をしなくて良いのだと聞いて涙が溢れてくるのだった。


特に詩音は母親に暴力を振るい、多額の借金を押し付け出て行った父親の記憶が残っていた。


何も知らない妹の恵里が、これが普通の生活だと思っていることが不憫でならなかった。


だからこそ自分は空腹であっても泣きごとは言わず、妹を楽しませてやろうと明るく努めていた。


六歳の、幼女がである。



「ホントに、もう我慢しなくていいの?」



 母親も嗚咽しながら娘達に謝るのであった。ごめんね、我慢ばかりさせちゃって、と。


 貧しいながらも愛に溢れたこの家族に、幸せが訪れた瞬間であったが、その輝かしい未来は見事なまでに打ち砕かれるのだった。



「やっと見つけたと思ったらよ、思いもよらず景気のいい話にありつけたってもんだぜ。そのクジ券、俺に寄越しな」



 母親はその聞き覚えのある声に我が耳を疑った。そして後悔するのだ。


帰宅した時に、鍵を掛け忘れていたことを。



「なんでアンタが……出て行って! もうこれ以上わたし達を苦しめるのは止めてっ!」



 ドアの前に立っていたのは、彼女らを捨て出て行った父親であった。母親は彼との関係を断ち切ろうと住処を転々とし、所在がバレぬように名を偽りダンサーとして働いていたのである。


ところが、今日という新な人生のスタートを切ろうかというこのタイミングで、鬼畜のような夫が現れたのだ。


それも、顔さえ覚えていない次女の誕生日に、である。



「そっか、今日は恵里の誕生日だったな。幾つになんたんだっけ?」



 母親は娘達を護ろうと細い腕を掴み自分の背中へと二人を下げる。



「我が娘の年齢も分からないような奴が父親を名乗るんじゃないよ! さっさと出て行って! じゃないと警察を呼ぶわよっ!」


「酷い言われようだなぁ、ったく。俺だってよ、血を分けた父親だぜぇ。まぁ、良しとするか。 その代わりに、手切れ金としてそのクジ券は貰ってくぜ」


「駄目っ! それには手を出さないで!」


「知るかよ!」



 テーブルの上に置かれたクジ券を巡り、二人は取っ組み合いとなる。最初に手に掴んだのは母親であったが、彼女の髪を掴み父親は強引に引き倒すのだった。


そしてクジ券を強く握り締め離そうとしない彼女に向かって、父親はケーキを切り分けたのであろう包丁を掴むと、何の躊躇いもなく彼女の背中目掛け振り下ろすのである。


だが包丁が彼女の背中に刺さることはなかった。彼女を護ろうと飛び出した長女の詩音が、身を呈して防いだからだ。



「なに邪魔してやがる、詩音。こうなっちまったらよ、仕方ないが全員あの世行きだなぁ」



 これが血を分けた実の父親であっただろうか。親の愛情を与える代わりに、激しい憎悪を植え付け、そのうえ幼い命まで奪おうというのだ。


 状況を察した母親が「止めてっ! お金ならあげるからその娘から離れて!」、と泣きながら懇願するのだが、鬼畜の手は更に力を込め深々と包丁を沈めるのであった。



「マ……マ……に、げて……」



 詩音が消え入りそうな声で母親に訴える。妹の恵里を連れて、この悪魔のような男から出来るだけ遠くへ、二度と見つからないよう、世界の果てまで逃げて、と。


 閉じてゆく詩音の視界が見た光景は、母親の手から当選したと偽ったクジ券を奪い取り、妹の恵里を抱え逃げようとする母親の髪を掴み、浴室へと引き摺ってゆく悪魔の姿だった。


この悪魔は、母親が生活苦を理由に無理心中を計ったように見せかけ、家族全員を殺害しようと考えたのである。


 慎ましい暮らしの中にあって、海よりも深い愛情に満ち溢れた親子の尊い命は、突然の嵐のように現れた災厄によって奪われてしまうのだった。


母親の助けを求める悲痛な叫び声も、この空き家となった古いアパートでは誰の耳にも届く事はなかったのである。


しかしながらその古いアパートの一室から、男が出て来ることはなかった。


開いたドアから姿を現したのは、背中に包丁が刺さったままの、血染めのワンピースを着た長女の詩音であった。


まさにこの時の死を境に、詩音は神童としての能力を開花させたのである。





 詩音の意識は急速に幻想世界から現実世界へと引き戻される。それは対戦相手である須郷の意図したところではなく、詩音自らが精神攻撃の呪縛を打ち破ったものと思われる。



「須郷よぉ……お前、いま何をしたか分かってんだろぉな。俺の精神崩壊を狙ったつもりだろうが、生憎と俺の精神は一度ズタボロに壊れちまってんだよ。この落とし前……きっちりつけて貰うぜ!」



 試合会場では観客達がただ黙ってことの成り行きを静観していた。試合開始のゴングと共に両者は互いに睨み合い、数分間微動だにしなかったからである。


しかしながら棒立ちとなっていただけのブラッディ・メアリー選手の口から、このように告げられた途端に、闘技場内では激しい戦闘が繰り広げられるのであった。


 始めに一歩を踏み出したブラッディ・メアリーの鞭は只の一振りで地面に数十本の爪痕を刻み、その攻撃を躱す須郷の背後に周り込むなりピンヒールによる蹴りが連打で浴びせられる。


だがそれらの蹴りは一撃も入らない。


何故ならば須郷からの精神攻撃はまだ続いており、彼女から正しい距離感を奪っていたからである。



「どうやって俺の幻想世界から戻ってきたかは知らないが、物理攻撃で俺に勝てると思うなよ。俺だってよ、鍛えてきたのは異能だけじゃないんだよ!」



 彼は近接格闘に特化して訓練を続けてきた。しかも相手からは距離感を奪っているのだから間合いを見切り一打を浴びせる事くらい容易かったであろう。


 ブラッディ・メアリーは何故自分の攻撃が当たらず、相手からの攻撃をまともに受けてしまうのか、見当はついていたものの防ぎようがなかった。


激しい打撃の応酬は続く。


距離を詰めては離れてを繰り返す須郷の攻撃は確実にブラッディ・メアリーにダメージを与え続けた。


両上腕に二発、腹部と右太腿に一発づつの重い蹴りを受け、ついには片膝を着いてしまうのだ。


動きの止まった彼女に向かい、須郷は試合を決めるべく最後の一撃として渾身の正拳突きを繰り出すのだった。


ところがである。


彼は突き出した拳を途中で止め、後方へと跳び退けるのだった。


その額に、浅くはあったが裂傷が生じ血が流れる。



(何故俺は下がった? 今の殺気はなんなんだ……間合いは見切っていたはずなのに、下がってなけりゃ俺が殺られてただと?)



 額から流れ出る血を腕で拭いながら、須郷は考えていた。僅かな時間であったがブラッディ・メアリーはその隙を逃す事なく鞭を振るうのだ。



「お前には近くに見えてんだろうが、鞭の間合いにゃ入ってないんだ。当たるはずが……!」



 再度、間合いを見切っているはずの須郷に鞭の一撃が入るのだった。咄嗟にガードした右腕は肉が抉れ、血が滲む。



(ありえねぇ……奴に本当の距離感は掴めてないはずだ。まさか……俺の方が幻想の中に迷い込んだってことなのか?)



 鞭による攻撃の次は、ブラッディ・メアリーの拳が目の前にまで迫っていた。しかも、その拳の大きさはサッカーボールほどの大きさであった。



(やはり俺も幻想の中に囚われちまったってことかよ! いや、違う! マジでデカくなってやがんだ!)



 ブラッディ・メアリーの拳が須郷の顔面に直撃する頃には、その拳の大きさは更に巨大化していた。


彼は後方に転がりながら設置されている防壁に叩きつけられるのだった。


 観客達も驚きを隠せなかった。何故ならばブラッディ・メアリー選手の身長が、登場時からは二倍以上に大きくなっていたからである。



「距離感が分かんなくたってねぇ、当たるまでデカくなりゃ問題ないでしょ、須郷君?」



 意識が朦朧としている須郷の腫れた顔を見下ろしながら、ブラッディ・メアリーこと瀬戸詩音は語り掛けるのだった。


そしてこうも続ける。



他人(ひと)の過去を掘り起こした罰だ。お前の命をもって償うがいい」



 詩音の身体は更に巨大化するのだった。それは巨人と呼べたであろう。その高さ、実に十八メートルに達していた。


 高くに上げられた右足のピンヒールが、須郷の頭上目掛け下ろされる。


恐怖におののく須郷。


彼は失禁し芝の上を濡らしてしまう。



「ま、参った……」



 ピンヒールの先は、頭の上わずか一寸先で止められる。試合は須郷選手の棄権となり、チーム悩殺爆弾がAブロック第一試合の勝者となるのであった。





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