Episode 10 トラウマ
一回戦第一試合の先鋒戦を勝利で飾ったレディ・フォードは、次なる中堅戦、副将戦をも秒で勝ち取るのだった。
それは持ち前の超高速能力による攻撃ではなく、意図しない不可抗力によるものであった。
中堅を任された不欄選手も副将である武南天選手も、共に三年の部A組であったがお互い神童としての異能を出すことなく、試合開始早々には大量出血と肉体の一部分のみが極度な硬質化に苛まれ試合を棄権してしまったのである。
その理由とは会場内すべての観客達の中でも、特に男性達の鼻の下を伸ばした締りのない表情を見れば納得出来たであろう。
初戦で相まみえた寺王院選手の強酸性粘液の影響を少なからず受けていたと思われ、レディ・フォード選手のボンテージ衣装の数カ所が溶けており彼女の白い柔肌が露わとなっていたのである。
おそらくではあるが、寺王院が最後の一撃を受ける直前に強酸性の汗を空中へと散布していたものと思われ、亜光速で突き進む彼女の、特にボリュームがあり突き出た箇所に付着したものと考えられる。
彼女は鏡の前に立っている訳ではなかったから自分の身に何が起こっているかなど知る由もなかった。
チーム悩殺爆弾のリーダーが試合の即時中断を大会運営委員に進言するのだが、白兎は首を縦には振らない。
試合に出ている選手自らが中断、或いは棄権を宣言しない限りは試合継続とみなされ、レディ・フォードもそれを望んだからであった。
会場内の女性達から大ブーイングが起こるのとは対照的に、男性達からは拍手喝采が浴びせられた。
いざ次なる対戦相手の不欄選手がセンターサークルへと歩み寄ったその直後、レディ・フォード選手のその悩ましい姿を前に鼻腔から大量の血液を噴出してしまい貧血を起こしてしまうのだ。
その場に倒れてしまい戦意喪失とみなされた不欄選手は敗退となり、副将である武南天選手も「いやいやいや、そんな爆弾見せられたとあっちゃ男なら動けなくなって当たり前だろ。だがな……目を閉じていればどうということはないのたよ。フハハハハッ、ぶふっ!」、とその悩ましい姿を視界に入れないことで無効化しようとしたのだが、それがかえって良からぬ妄想を掻き立ててしまい大量出血に至るのであった。
ここでようやくレディ・フォードは自らの異変に気が付いたようであり胸元と下腹部を手で覆い隠すと、「いや~ん、◯◯◯チング」、と昭和漫画のお決まり台詞を吐き出しながら自らも試合を棄権するのであった。
恥ずかしそうに亜光速で控え室へと逃げ込むレディ・フォード選手に代わり、チーム悩殺爆弾の中堅として登場したのはブラッディ・メアリー(偽名)選手である。
本来はチームリーダーとして大将枠であるはずが、彼女は二番手として登録していた。
黒い衣装に手には鞭。
鋭いピンヒールが高身長の彼女を更に背高く見せる。
かつての血塗られた英国女王から拝借したのか、はたまた米国伝承の都市伝説から由来する名であったか、その名が紹介されるや否や会場中がにわかにどよめき始めるのだった。
「アイツ……二年のショーンだろ」
「馬鹿、例え渾名であっても名前出してんじゃねえよ。確かに女であの身長はアイツしか考えられねぇが、半殺しにされてぇのかよ……血染めの詩音に」
「お前こそ本名出してんじゃねえかよ。ってか俺、アイツに金巻き上げられたかんな。ぜってぇ許さねえ。こうなったら須郷先輩を全力で応援するっきゃねえぜ」
「須郷先輩が負けるわけねえだろ。あの泣く子も黙る須郷都夷亜だぜ。同じ三年の頭敷先輩とタメを張る四天王の一人だ。間違っても負けるもんかよ」
「ったりめぇよ。あの女がボコボコにされんのが楽しみでならねえぜ」
観客席のこの二人。確かに何処かで見た顔だがそれはどうでもよい。彼らだけではなく、会場中の生徒達や教師ですら彼女の正体に勘付いていたのだから。
白兎が対戦相手となるチームAnswer Xの大将、須郷都夷亜の名を叫んだ直後であった。
「ブラッディ・メアリーとかふざけた名前つけやがってよ。いつものメイド服ならウサギの召使いであるメアリーアンってとこだろうがよ。それともなにか? メイドだけに冥途の案内人ってとこか」
リングに登場した須郷は下衆な笑みを浮かべセンターサークルへと歩み寄る。
彼を迎えることブラッディ・メアリー選手も、赤羅様な挑発に乗ることなく笑みで返すのだった。
「なに調子に乗ってんの、須郷君。俺が本来の異能を出してたら貴方、三年への進級は無かったはずだわよね。忘れちゃったのかしら?」
「うっせぇぞ男女。俺は強くなったんだよ。もうあの頃の俺とは次元が違ぇんだよ」
「あら、それは失礼。甲斐君に泣きついてたあの頃の弱虫須郷君は何処に行ったんでしょうね」
「ほざいてろ。この後で後悔させてやんよ、俺様を馬鹿にしたことをな……覚悟しな糞女」
「勿論受けて立つわ。どうせこの(俺)が勝つだろうけどね」
この会話のやりとりからも二人の間に何かしらの因縁めいたものが感じ取れたが、学園四天王に対して一切動じない辺りからも、ブラッディ・メアリー選手が絶対の自信を抱いている様子が窺えた。
彼女はいったい何者なのか。
そして自分のことを「俺」と呼ぶ彼女の実力とは如何に。
進行役の白兎が白熱する互いの選手に口頭注意を行うと、ブラッディ・メアリー選手の耳元でこのように囁くのだった。
『待ってたんだぜ、僕のメアリーアン。いつになったら祭りに参加してくれるのかってな。やっと本気を出す気になってくれたんだね』
ブラッディ・メアリー選手も同じく、白兎の頬に向かって囁き返すのだった。
『勘違いしないで。アンタのメアリーアンになったつもりはないわ。ただ、ある新入生に出会ってから触発されたんでしょうね。俺にもまだ、出来ることがあるんじゃないかって、ね』
白兎の衣装の下の表情は読み取れないが、とても満足そうに『良かった』、とだけ返し試合の開始を告げるのであった。
ゴングと同時に対戦する二人は後方へと飛び距離をとると、その足が地を踏んだ瞬間にはその足元の地盤が芝ごと割れ砂塵が舞うのだった。
須郷の手刀が放つ斬撃が空気を裂き地面を叩き崩すと、ブラッディ・メアリーも同様に手にしていた鞭を振るい須郷へと叩きつけたのだ。
ほぼ同時の攻撃であったが互いに見切り躱していた。
足場が不安定となったそのタイミングで体勢を崩しながらも次撃を放つ須郷。
砂塵の中にあって相手の位置が掴めない状況であったが、十文字に放った斬撃はその砂塵ごと吹き飛ばしブラッディ・メアリーに迫るのだった。
鞭の放つ衝撃の速度は音速を超える。故に数ある武器の中でも最強の部類に入っていただろう。
その鞭によって生じたソニックブームは手刀の斬撃を見事に相殺し、砂塵により閉ざされていた視界も取り戻すのであった。
刹那、ブラッディ・メアリー選手は殺気を感じ腕を交差するなり防御の体勢に入った直後である。
彼女の頭とほぼ同程度の大きさに誇張されて見える巨大な須郷の拳が、目の前に迫っていたのだ。
それも四十八もの残像を伴う強烈な連打であった。
腕でガードはしていたものの身体中の骨という骨は粉砕されブラッディ・メアリーの身体はリング外周の壁まで吹き飛ばされ背中から打ち付けられるのであった。
血反吐を吐きながらも膝を着くことなく堪えるブラッディ・メアリーであったが、警戒を解いてはいなかった。
これだけの同時連打が撃てるということは、当然例の斬撃も同等規模で放てると考えて間違いないだろう、と。
「まじかよ……ってかさ、これって現実なの?」
深刻なダメージを受けていながら彼女の思考は冷静であった。相手は隙なく更に強力な斬撃を仕掛けてくるに違いないと。しかしながら両腕に力は入らずだらりと垂れ下がるのだった。
予測通り須郷は間髪入れず四十八発の斬撃を同時に放つのだが、彼女は避けることはおろか防ごうともしないのである。
両腕の骨が粉砕骨折しているのだから防げなくて当然ではあっただろうが、どうもそれだけではなかったようだ。
彼女の不敵な笑みが核心に迫る。須郷の攻撃は物理攻撃などではなく、精神に影響を及ぼし幻覚を見させているだけだと考えるのだった。それもこの競技場にいる全員を対象としてである。
「これも君の異能なんでしょ、須郷君。確か君の精神に影響を及ぼす異能、Mad Houseだっけ? 桁違いにパワーアップしてんじゃないのさ」
次の瞬間、総ての斬撃が彼女の身体を捉え細切れの肉片へと変えてしまうのだが、地面へと落下する頭部は勝ち誇った表情の須郷から視線を外すことはなかった。
進行役の白兎は手にしていたメガホンを地に落とし生唾を呑み込むのだった。それもそうだろう。我が下僕と勝手に決めていたお気に入りの生徒が細切れにされたのだ。その実力を確かめるまでもなく瞬殺されたとあっては失意のどん底に落とされたも同然であった。
実況を中断し見入っていたが、それは観客達も同じであった。
地面に転がるブラッディ・メアリーの頭部に対し須郷は語り掛ける。その彼の目の前で無数の肉塊は頭部周囲に集まり肉体の再構築を開始するのだった。
「現実と幻想の狭間に取り込まれなかっただけ褒めてやろうじゃないか。だがな、例えそれが分かったところで俺からの精神攻撃は防ぎようがないぜ。俺からの攻撃は、脳がイメージした時点で現実同様に痛みを生じダメージを喰らっちまうのさ。つまり、心身症による心因性疼痛ってとこだ。火傷したと思い込むことで実際に皮膚が炎症を起こしちまうのと原理は同じだよ」
地面から伸び上がり蘇生したブラッディ・メアリーの口が、笑いを漏らしこのように告げるのだった。
「ウフフ。ご丁寧に種明かしまでしてくれちゃってさ……だからなんなの? 身体を切り刻まれたくらいの痛みで俺が泣き喚くとでも思ったのかしら。そんなだからいつまで経っても頭敷君を超えられないのよ」
「吐かしやがる。でもよ、俺の得意はなにも身体へのダメージだけじゃないんだぜ」
「御託はいいからさっさと掛かってきな、須郷」
「まだ分かんねぇのか詩音? テメェはとっくの前から俺の術中に嵌ってんだよ」
「何処がだよバーカ。そんな訳あるわけ……」
ブラッディ・メアリーの視界は一瞬にして暗闇に包まれる。突然頭上から暗幕が降りてきたようであったが実はそうではない。
試合開始のゴングの後、須郷は精神攻撃によりブラッディ・メアリーの意識を精神世界に閉じ込めていたのである。
本人は現実世界で闘っているつもりなのだが、総ては脳内意識下での電気信号が見せている幻想なのであった。
だが先に述べたように、攻撃を受けたと認識した部位には傷か生じており、これはスティグマ現象と同じであったと思われる。
更に、この暗転後の攻撃は予想外のものであった。
それは彼女の過去、トラウマとなっている辛い経験を追体験させるものであり、それによって精神崩壊を引き起こそうとしていたのである。
ブラッディ・メアリーこと、瀬戸詩音の耳に、暗闇の奥から幼い女児の声で呼び掛けてくるのであった。
「苦し……い……お、ねいちん、助け、て…………ママが、ママおね、が……い……」
ブラッディ・メアリーは暗闇の先に手を伸ばすのだが、その手が小さな幼子のものであることに気がついたと同時に、意識は完全に過去の自分へと遡るのだった。
幕が上がり明かりを取り戻すと、其処は狭いアパートの一室であり、小さな角テーブルの上に置かれ切り分けられたケーキには灯の消えた小さな蝋燭が四本。
並べられた皿は三枚。
二つの皿にはケーキを食べた跡と、使い古された可愛らしいキャラクターのフォークが乗っており、残る一枚には使われた形跡のないプラスチックフォークが一つ。
プラスチックコップの一つは倒れ、注がれていたオレンジジュースがテーブルを濡らし畳の上に滴り落ちていた。
その横には、散乱している大量の錠剤。
「エリ……エリ、どこ? ママ、ママーっ!」
幼い詩音は妹と母を探そうと立ち上がるのだが、何故だか脚に力が入らない。それでも物音がする浴室へと必死に這っていくのだが、扉が開いたままの浴室に視線を向けたその瞬間、彼女は我が目を疑い声を張り上げるのだった。
ただ一言、「やめてっ!」、と。




